童貞魔王と第四皇女:その6…追随する小国
シルフィアとマシドナが親交と筋肉を太くした事は、魔王国内にも広く知られる事となる。そしてドワギアの保健体躯に注目が集まり、その基礎が義務教育化されて健康増進、魔王国内の医療環境が大きく改善された。人々は健康の有難さと異文化交流の大切さを知る事となる。
これまでシルフィアが担ってきた夫人同士の橋渡しも鍛錬場での交流に取って代わり、シルフィアとしても育児に没頭する時間を得られるのは喜ばしい事であった。
三つ子の成長は日々目を見張る物があり、それを体感できるのがシルフィアにとって最上の喜びであった。離乳期に差し掛かる頃にはデモイラのお腹も大きくなり、正妃の懐妊に魔王国中が歓喜に沸いた。
デモイラは母として先輩にあたるシルフィアの部屋を頻繁に訪れ、妊娠中の不安を聞いてもらっていた。そして少しずつマクシムに似てくる三つ子を見ては、幸せそうに破顔する。
エフィリはエルフの生理周期が年1回と長い為に懐妊には至らず、ロノリーもいまだ懐妊していない。体型からしてまだ生理を迎えていないのではないかと噂されたが、本人はそれを強く否定していた。
マシドナもマクシムと交合するようになったが、それは愛の行為というより何かの運動のような雰囲気で、寝室から出る時は二人とも大量の汗を掻いていた。そして二人で握手して分かれるという、何とも清々しい雰囲気であった。
ちなみにロノリーの母マチュリは特に男子禁制の規制に引っ掛からない為に市井に住み、幾多の男を再起不能にしているという噂があった。そうしている内に魔王国の片隅で『性道館』なる道場を開き、老若男女問わずに多くの門下生を率いるようになる。その理念は『明るく楽しく子孫繁栄』であり、これが後に魔王国の少子化問題で多大に貢献をする事になるのだが、それはまた別の話である。
こうした魔王国の夫人の良好な関係は外交にも影響し、各国は魔王国を中心として対話が交わされるようになる。大ゴウディン魔王国と強大なエルスペル首長国連合、そして技術大国のドワギア中央連盟、貿易の要であるマーマジネス海洋共和国により長大な交易路が形成され、各国は好景気に沸いた。
ただし人間第一主義の神聖キールホルツ帝国はこの輪には及び腰であり、その恩恵は限定的な物となった。焦った帝国は北部にあるオーガの北オガバレス連邦と交流を結び、小規模ながら経済圏を共有した。
このように世界が二分化される中、国力の弱い小国は選択を迫られる事となる。
「ここの所、輿入れの話が連続してな」
「それはたいへんでちゅね~、パパはお仕事、たいへんみたいでちゅよ~」
「キャッキャッキャッ!」
シルフィアは膝の上に載せた子供の脇をくすぐった。くすぐられた長兄のカリオンは苦悶しながらも可愛らしい声を上げる。それまで表情を硬くしていたマクシムも、その光景に破顔した。
「可愛いなぁ…やはりシルフィアとの子供は無条件で可愛い…」
「あら、カリオンはパパ似よ?この凛々しい目元と、おでこの角の位置なんてソックリよね」
カリオンのおでこには、もう角が生えていた。最初は生えていなかったのだが、1歳頃からおでこが膨らみ始め、ある日にヒョコっと頭を出したのだ。ちなみに次兄のキリオスはまだ膨らみ始めたばかりで、長女のアリアドネはまだ兆候すら見られない。
「あ~も~公務なんて辞めて、ずっとここに居たい…もうカリオンに王位を譲って、引退しようかな…」
「それは止めてね?子供に問題を先送りするような男だったら、別れて私一人で育てるから」
「じょ、冗談に決まっておろう!…そうだな、俺の代で…できるだけ問題を解決せねばな…」
マクシムの真剣な横顔に、シルフィアは小さく溜息を吐く。
「それで、今度の輿入れは何か問題あるの?」
「き、聞いてくれるのか?」
「当たり前でしょ、貴方の問題は2人の問題…もちろん協力するわよ?」
「ありがたい!実はだな…」
マクシムは現在抱えている問題を語り出した。
聞けば経済圏が二分化された事により、権威を借りたい小国が魔王国に次々と輿入れの申し入れをし出したのだ。特に単独では国として成り立たない少数種族などからの申し入れが多いのだという。
「この3か月の間にリーユウノ砂漠北部地方の竜人種族、ビースピド連峰地方の獣人種族、ハーピーのハピスカイ民国、南アラクヨワ連邦のアラクネ種族の申込があった。こちらとしては受け入れるのは問題ないのだが…」
「それなら受け入れればいいじゃない?」
「事はそう簡単にはいかんのだ。竜人と獣人はその地方の一部族の申し入れであり、これを受け入れると魔王国がその部族の後ろ盾となる。するとその一部族がその地方の代表となる為に、反発した部族との紛争が起こる可能性があるのだ。ハピスカイ民国は地理的にも歴史的にも帝国に近く、これを受け入れると帝国から『内政干渉だ』と抗議が上がるだろう」
「あ~、ハピスカイ民国かぁ…微妙だなぁ…」
ハピスカイ民国は以前、エルスペル首長国連合と神聖キールホルツ帝国の代理戦争として国を2分した事があった。30年ほど前に統一されるまで政治形態からして分断されていたのだ。それが帝国の代理をしていた北の政権が後継者問題で瓦解し、連合の代理だったハピスカイ民国に吸収される事となった。
そういった歴史がある為に、帝国はいまだにハピスカイ民国を属国として考えている節がある。実際には連合側の文化を色濃く受け入れているので、帝国の勝手な宣言だったりする。その為に各国とも全く信じていない。
「そして一番の問題なのが南アラクヨワ連邦のアラクネ種族だ。現在は戦争の危機に瀕している」
「え?どうして?」
「帝国と北オガバレス連邦が経済圏を共有した事により、オーガ種族の力が増した。これにより隣接するアラクネの領土に侵攻を開始したのだ」
「え?侵攻しちゃったの!?それじゃ戦争状態じゃないの!」
「ところがオーガ側は『南アラクヨワ連邦の東部は元々は我らの土地だ。この土地の住人より救援要請があり、特別作戦を実施した』とか馬鹿げた主張をしたのだ」
「…聞いてるだけで頭が痛くなるわね…」
「戦争とはそういう物だ。勝った者が歴史を作る。南アラクヨワ連邦が崩壊すれば、北オガバレス連邦の主張が歴史に記される事だろう」
マクシムの言い分も判らないわけではない。どの地方でも小競り合いは起こっているし、それを止められる大国も存在しない。元から言ってしまえば300年も過去に遡ればどこだって侵略に晒されていない地域など存在しないのだ。
「現在、南アラクヨワ連邦はエルスペル首長国連合、そしてドワギア中央連盟の物資援助を受けて対抗している。国境付近の小競り合いで済んでいる状態なので、全面的な援助にも出れない状態なのだ。ここで魔王国が南アラクヨワ連邦の輿入れを受け入れれば……」
「……魔王国は南アラクヨワ連邦への援助、そして夫人の母国を守る為に派兵も視野に入ってくる…」
「そうだ、そうなれば戦域は一気に拡大し、どちらかが無くなるまで終わらないだろう…」
「…それならば北オガバレス連邦を弱体化させれば…」
シルフィアが考えを口にすると、マクシムは頭を横に振る。
「現在は各国で物流や交流を制限しているが、どうにも足並みが揃わない。特に帝国は北オガバレス連邦寄りの行動を取っている。まぁ、これまでよりも価格を吊り上げて利益を得ているので、帝国としても戦争が長引いた方が良いらしい」
「北オガバレス連邦は馬鹿か!?国力を削りつつ戦争をして、帝国にも搾取されてる…こりゃ先が見えてるわ…」
「あぁ、最近では税率も上がり、国民も疲弊しているらしい…まぁ、魔王国の知った所ではないが…」
「北オガバレス連邦とは国境を接していませんでしたね?」
「そうだ。間にはホホツク海があり、海産物の小規模な交流しかしていない」
「………それだったら、良い案が浮かんだけど…こちらも救助要請を受けて特別作戦を行えば良いじゃない?そうだ、御夫人方にはそれとなく話してみるわ!」
シルフィアは三つ子をマクシムと乳母に託すと、鍛錬場へと走っていった。
鍛錬場で密約を交わした夫人達は、早速本国へと使いを出す。
翌月、ホホツク海で不運にも操舵不能となった北オガバレス連邦の漁船がマーマン達の助力で大ゴウディン魔王国へ漂着する。人道的立場から救助した魔王国は、乗組員から北オガバレス連邦の重税と食料事情の悪化を知り、エルスペル首長国連合・ドワギア中央連盟・マーマジネス海洋共和国と緊急会議が開かれた。
これにより人道的支援を目的とした4か国共同運営の非武装団体『平和保健機関』が設立され、北オガバレス連邦の西部へ平和的な援助が行われる事となる。
そうして半年が過ぎた頃、潤沢な物資と人道的な人権保護を求めて北オガバレス連邦全域から西部へと国民が移動し始めるのだが、これを北オガバレス連邦の軍部が規制し、ついには兵士による国民への暴力が平和保健機関に偶然にも目撃され、4か国は早急に平和維持連合軍を結成し、治安維持の為に北オガバレス連邦へと駐在させる事となる。
北オガバレス連邦は不当な侵略と主張する一方、連合軍はあくまで人権保護を目的とした特別作戦というお題目を掲げ、北オガバレス連邦の反論は弱々しい口調となる。この頃になると北オガバレス連邦は南アラクヨワ連邦への特別作戦を継続できなくなり、東部に集中させていた軍を西部へと向かわせる。
連合軍の駐留が1年を過ぎた頃、北オガバレス連邦の西半分に存在した重鎮達30名が不運にも流行病で急死し、これを機に西半分が独立を宣言して『新オガバレス自治区』が設立。同時に連合4か国と神聖キールホルツ帝国を合わせた5か国が国交を樹立した。
北オガバレス連邦は各国に新オガバレス自治区の不当を説いて回ったが、賛同する国は何処にも無かった。こうして北オガバレス連邦は緩やかに衰退する事になる。
御夫人達の密約から3年、夫人達は円卓を囲んで紅茶を楽しんでいた。周りではシルフィアとデモイラの子供が駆け回り、夫人達がそれを見て破顔する。見ればシルフィア・エフィリ・ロノリー・マシドナは大きなお腹をしていた。
円卓にはその他にもリーユウノ砂漠北部地方の族長五女ドゴラ・クーリーライ・ムーサチェ、ビースピド連峰地方族長三女ウルフィ・フェレイラ、ハピスカイ民国翁主ハネラ・ハジュン・ハピスカイ、南アラクヨワ連邦首相第十二女クモア・アラクヨワ、そして新オガバレス自治区代表の妹であるログネダ・オガバレスが座っていた。
ログネダは北オガバレス連邦の大統領の次女だったが、長女と共にエルスペル首長国連合へ一時亡命し、後に長女が新オガバレス自治区代表に就任、そして次女のログネダが輿入れしたのだ。これにより新オガバレス自治区は魔王国と親しい関係となり、その自治に文句を言う国も無くなった。
竜人と獣人の部族だが、輿入れしたもののマクシムの手付きにはなっていない。この輿入れも形式的なものであり、3年周期で別の部族から別の女性が輿入れしてくるのだ。これにより魔王国とは血縁は結べなくても親族関係を築く事になり、部族間の不公平感を緩和する事に成功した。
ハピスカイ民国に関しては側室の娘であり継承権を持たない為、両国の関係は限定的だ。不可侵と貿易のみであり、政治的介入は行っていない。ただし貿易の収入に関しては完全にハピスカイ民国に帰属させており、神聖キールホルツ帝国が口出ししないように釘を刺しておいた。
マクシムは歓談する御夫人達を、柱の陰から見守っていた。邪魔をしたくないのではない、近寄れないのだ。
今回の世界情勢の激動に、マクシムは一切関わっていない。気付けば各国の事務官が魔王国の事務官と調整に入っており、マクシムの耳に入ってくるのは調印式の日程が決まってからなのだ。魔王としての威厳がどうなのか気になるところではあるが、世界平和に比べたら小さいものである。
マクシムは、このまま御夫人達の尻に敷かれるのも悪くない、と思えるようになっていた。




