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鉄仮面令嬢は完全無欠の若き公爵閣下に溺愛される  作者: 松うみか


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4 逃げ出した『鉄仮面令嬢』

 ――これは夢だ。それか何かの間違いだ。そうでないのなら、この状況は一体何だというのだろう。


 社交界一の人気者公爵、ハルトヴィヒ・アルベルトによる突然の公開プロポーズ。そのお相手は、あろうことか『悪名』の付いた伯爵令嬢エリシア・リヴェール。

 世界がひっくり返ったとしても釣り合いの取れない組み合わせに、祝福の声など上がるはずもない。むしろエリシアが反応するよりも先に、周りから甲高い叫び声がいくつも上がった。信じたくない者が大半で、しかし目の前で繰り広げられた求婚劇に、泣き崩れてしまう者やそのままふらりと倒れてしまう者、それから――――わなわなと怒りに震える者までも。


「どうして……! どうして『鉄仮面令嬢』ですの!?」


 一人の令嬢が声を震わせながら悲痛な叫びを上げ、エリシアの肩が微かに揺れた。


(……私だって、そう思ってるわ)


 『鉄仮面令嬢』――――それがエリシアに付けられた悪名だった。

 エリシアは喜んでいても、怒っていても、悲しくても、楽しんでいても――ちっとも表情が変わらない。何をし、何を感じても、周りから見れば無表情のままなのだという。

 どんなことがあっても一切表情を変えず、何を考えているのか分からないがゆえ気味が悪い。まるで鉄仮面のようだ――とある時を境に、そう呼ばれるようになった。

 不名誉極まりないあだ名ではあるが、エリシアは反論することも撤回を求めることもしてこなかった。言いえて妙だと、エリシア自身が納得していたからだ。


 だからこそよく考えて欲しい。あの完全無欠のアルベルト公爵が、『鉄仮面令嬢』のエリシアなんぞにプロポーズなんかするはずもないのだということを。

 これは悪い冗談だ。友人の妹をからかっただけの戯れにすぎない。まあ、冗談ならば相当悪い趣味の持ち主だと思うし、上昇していた好感度は下降して、これからは軽蔑の眼差しで見てしまうだろうけれど。それは致し方あるまい。


(そうよ、冗談に決まってる。『鉄仮面』の私なんかにプロポーズする物好きなんているはずないもの)


 そう己に言い聞かせると、早まっていた鼓動は次第に落ち着きを取り戻していった。

 そして冷静になったところで次にやることといえば、事態の収集である。


「……冗談はおやめください」


 久しぶりの舞踏会で余計な神経を使う羽目になったのだ。ただでさえ「冷たい」と評される灰色の瞳が冷ややかになるのは許して欲しい。

 氷のような視線でハルトヴィヒを見れば、彼の見たこともない表情に思わず息を呑む。


 新聞の印象でも常に好印象な青年であり、今日の舞踏会でもその美しい顔に笑みを絶やしていなかった。だが、今はその顔から笑みが消えている。唇を歪め、まるで心外だと言わんばかりの顔をしている。


「僕はからかったり、冗談でプロポーズするほど軽薄な人間じゃない。もちろん、お情けや義理でプロポーズもしない――――本気だよ」


 そう言うとハルトヴィヒは、エリシアの左の指先に唇を落とした。


「――――――――っ!」


 これにはさすがのエリシアも一瞬で体温が上がり、心臓が飛び跳ねた。とっさに手を引っ込めると、意外にも今回はすんなりと開放された。すぐさまもう片方の手で、ハルトヴィヒの唇が触れた指先を包み隠す。左の指先は熱を持っており、胸の鼓動は激しく鳴っている。

 何ということをしてくれたのだと、目の前の美しい男を見る。騒動の元凶は周りの声などどうでもいいと言わんばかりに、その美しい青の瞳でエリシアだけを見つめていた。

 ハルトヴィヒのこの瞳は魔眼の類なのではないかと思ってしまう。エリシアは何を考えているか分からないがゆえに『鉄仮面令嬢』という悪名がついた。それなのに、ハルトヴィヒはまるでエリシアの心を読んでいるかのように、エリシアが胸の内で思ったことを的確に言ってくる。


 近くでばたり、と鈍い音がした。衝撃的な光景に耐えられなかったのだろう。一人、また一人と令嬢が倒れていき、ざわめきが次第に大きくなる。幸いにも床に叩きつけられる前に支えられているようだが、会場はまさに阿鼻叫喚の光景だった。


(あぁ、私もこのまま倒れてしまいたい。頭を打ってこの記憶だけなくしてしまいたい)


 針の筵状態のエリシアは表情を崩すことなく、しかし内心頭を抱えた。


 どうしてこんなことになったのか、思い返そうとしても何がなんだがよく分からない。

 ただでさえ引きこもりで、社交界も人付き合いも苦手なのに、この短時間でイレギュラーが多すぎた。どうすれば良いのか考えても、うまく頭が回らない。


 もう、エリシアは限界だった。ゆえに――――。


「――――し、失礼します」


 エリシアはドレスの裾を摘み頭を下げると、ハルトヴィヒと目を合わせることなくそのまま踵を返した。エリシアの勢いに気圧されるように、ギャラリーと化していた人々が道を開けていく。早足に歩みを進め、出口へと向かった。


 つまるところ、エリシアは返事もせずにその場から逃げ出したのだ。



 だから――――気がつかなかった。

 マルコがエリシアをずっと鋭く睨みつけていたことも――。

 『鉄仮面令嬢』と叫んだ令嬢が、マルコの隣で拳を握り締め、憎悪に目を光らせたままわなわなと震えていたことも――。

 兄がいつの間にか会場に戻ってきており、この騒動を静観していたことも――。

 ハルトヴィヒが含みのある笑みを浮かべたまま、エリシアの後ろ姿を見つめていたことも――――。



 エリシアは少しも気づいていなかったのだ。

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