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第88話 ヘンドリック

 プライベートジェットでオランダまでひとっ飛びする。

 その道中、機内はとても静かだった。

 会話がほとんどなかったのだ。


 交わされたとしても、ヒソヒソとしたものだった。

 ジェットエンジンの音で満たされているから、必然的に耳元に口を寄せて喋る形になる。

 まるで悪巧みでもしているような雰囲気だ。


 なぜそんなことをしていたのか。

 その場にいた全員が、無意識のうちにお兄さんに気を遣っていたのだ。


 お兄さんは隅の座席で、静かにデバイスを眺めていた。

 画面には特殊ダンジョン攻略配信の映像が映し出されていた。

 音も出さず、繰り返し繰り返し——


 お兄さんの表情はとても穏やかだ。

 まるで無感動にショート動画を眺めているような。


 でも私はわかっている。

 お兄さんは感情的になっている時ほど、表面上はとても穏やかに見えるのだ。


 しゃり、しゃり——

 お兄さんの内側で、なにかが鋭く()がれていっているような……。

 そんな想像が頭に浮かぶ。

 アンリは当然のこと、アマンダさんにもギンにも、それは伝わるのだろう。


 オランダに着いたのは、夜も明けきらない朝方だった。

 空港を出ると、送迎車が私たちを待っていた。

 護衛の車に囲まれながら高速を走り、二時間ほどで特殊ダンジョンのあるヴェルクホーフに着く。


 その時には、夜も明けていた。

 雲ひとつない快晴だった。


「お待ちしておりました」


 私たちを出迎えたのは、ひどくやつれた男性だった。

 オランダ訛りのある英語で言う。

 遠目に見た時は初老の男性かと思ったけれど、そうじゃなかった。


 四十代前半か、もしかしたらまだ三十代かもしれない。

 落ち窪んだ目は、死人のような隈に縁取られている。

 男性はヘンドリックと名乗った。


「この度は、遠路はるばるお越しいただき、誠にありがとうございます。わが国を代表し、心より深い感謝の意を表させていただきます」

「いえいえ、お気になさらず」


 アマンダさんが答える。


「こういう時に動いてこその国際ギルドですから。それに、聞いてますよ。二の足をふむ管理局を、あなたが説得してくれたと」

「……その程度のことしか、私にはできませんから」


 彼は手を差し出した。


「どうかユリスくんを、円卓の守護者の皆様を、よろしくお願いいたします」


 彼の手は、酷く傷ついていた。

 爪は剥げ、おそらく骨も折れている。

 それなのに、まるで痛みを感じていないように……。

 いや、まるで自らを罰っしでもするみたいに、一人一人の手を力強く握っていった。


「どうか……」


 それから私たちは、ゲートのある牧草地にまで案内された。

 なだらかな丘の中腹に、世界の亀裂が見えた。

 そこから百メートルほど離れた平地に、拠点が作られていた。


「急遽設置したので、ご不便かもしれませんが」


 そうは言うものの、平屋のかなり立派な建物だ。

 ゲートから離れているのは、斜面に設置するのが難しかったからなのか、それとも私たちの精神面を(おもんぱか)ってか。

 ゲートがすぐそばにあったら、気も休まらない。

 それが特殊ダンジョンともなると、なおさらだ。


「ガスと電気は問題なくお使いいただけます。水道は通っておりませんので、ウォーターサーバーをお使いください。シャワーは、少し距離がありますが、近くの民家のものを借りられるように話を通しております」


 ヘンドリックさんは、平屋から三十メートルほど離れた地点を手で示した。

 そこには私たちの拠点に比べ、かなり粗雑なテントが並んでいる。


「私や管理局の職員は、あちらに常駐しております。なにかありましたら、いつでもお声掛けください」


 それでは、と立ち去りかけたヘンドリックさんが、ふと動きを止めた。

 その視線は、お兄さんに注がれている。


「どうかしましたか?」


 お兄さんが英語で尋ねた。


「いえ、その……」


 短い逡巡の後、ヘンドリックさんは言った。


「ユリスくんは、あなたをお慕いしておりました」

「……彼は、俺のことを覚えていたんですか?」

「本人から聞いたわけではありません。でも、おそらく」

「そうですか……」


 ヘンドリックさんは一礼し、去っていった。

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