第86話 女王の帰還
「ただいま!」
絶世の美女が勢いよく執務室に飛び込んでくる。
「お帰りなさい、アマンダさん」
「やぁ、春菜。今日も可愛いね」
抱きついてきて、頰にキスをされる。
この激しいスキンシップにも、もう慣れてしまった。
アマンダさんの距離感は絶妙で、こちらが不快に感じないギリギリを攻めてくる。
そして気づい時には、チークキスを受け入れるまでになっていた。
「ジローは?」
「そろそろ来るころだと思います」
アマンダさんが帰ってくる時間は伝えてあった。
「というか、本当によかったんですか?」
「いいに決まってるじゃないか。ジローより優先すべきことなんて、この世にないんだから」
そう言い切ってしまえるのが、この人の強さだ。
実際、ドイツ首相との会食を蹴って、こうして駆けつけてきたのだから。
(まぁ、後始末に追われるのは私なんだけど……)
私は心の中でため息をつく。
「オランダ政府との交渉ですけど、どのように進めますか?」
「ああ、それなら終わった」
「え?」
「フライト中、暇だったからね。細かい取り決めはこれからだけど」
「……だったら、わざわざアメリカに戻って来なくても」
「ジローとのお出かけだ。どうせなら道中も楽しみたいじゃないか」
当たり前のように着いていこうとしていた。
「まあ政治的にも、ドイツから直接行くより、アメリカを経由した方が摩擦が少ないからね」
むしろそっちの方が理由として大きいだろう。
あまりにも有能すぎて、なにが本音でなにが建前なのか分かりづらい。
私が一を考えているうちに、五も十も思考を巡らせている人なのだ。
(もしかしたら、これを機にオランダ進出を狙っていたりして……)
あの国は管理局の存在がネックで、UDも入り込めていないのだ。
(いやでも、それはないか)
アマンダさんが自分で言っていた通り、お兄さん第一の人だ。
そこだけは、揺るがない。
そこだけは、信用できる。
お兄さんとの接近を果たしたのだから、今更UDの勢力を伸ばす必要がないのだ。
だからこそ、オランダ政府との交渉も、スムーズに進んだのだろう。
「……あの、アマンダさん」
「なんだい?」
「お兄さんが言ってたこと、どう思いますか?」
「……『俺じゃとても倒せない』?」
アマンダさんの声が、一気に冷えこむ。
私はごくりと唾を飲んだ。
「はい」
「どうなんだろう。ニュアンスもよくわからないし」
「アマンダさんから見て、どうなんですか? あのボスは……」
「戦いたくはないね。とても勝てそうにないから。そこはジローと同じ印象だ。……いや、本音を言えば、思い出したくもない。配信を観たことを、後悔してるよ。夢に出てくるんだ、あの異形の神が。夢の中で弄ばれ殺されるのは、ユリスたちではなく——私自身だ」
「そんなに……」
「でも私は、ジローの本気を見たことがないからね。どちらも私より数段強いのは確かだ。でもどっちが強いかと聞かれると……」
アマンダさんは、しばらく考え込んでしまう。
それからふるふると首を振った。
「正直、わからない。……でもジロー本人がそう感じたなら、きっと正しいんだと思う」
アマンダさんは、とても真面目な顔になる。
「だから、一人では行かせられないんだ。なにをおいてもね」
「……あの異形の神と戦うことになっても?」
「もちろん」
アマンダさんの返答に迷いはなかった。
アマンダさんはニッと笑う。
「なにをおいても、と言っただろ?」
そこにはきっと、自分の命も含まれているのだろう。
愚問だったな、と私は思った。
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