第85話 本来なら真っ先に思いつく可能性
私はUD本部内にある執務室で、雑務に追われていた。
お兄さんをUDに引き入れた余波は、三ヶ月以上が経った今でも去らず、アマンダさんは世界中を飛び回っていた。
「ふぅ」
私は一息つく。
世話になるだけだと心苦しいから、なにか手伝えないかと申し出たのがきっかけだ。
なんやかんやあって、アマンダさんの秘書というかマネージャーのような仕事を任されるようになった。
今やこんな立派な部屋まで与えられている。
(いや、秘書はよく言い過ぎか。やってることはただの雑用だし……)
でも不満はなかった。
こういう作業は嫌いじゃないし、誰かのサポートをするのはむしろ好きだ。
特に私がしていることは、お兄さんのためにもなっているのだから。
お兄さんが周囲に煩わされることなく、キャンプを楽しめるように。
とはいえ少し疲れが溜まっていた。
ここ数日、睡眠時間をろくに確保できていないのだ。
理由は、お兄さんの配信。
オランダの特殊ダンジョンに対する、お兄さんの考察が波紋を呼び、世界中で大騒ぎになっているのだ。
お兄さんの人気や知名度は、主にネット世界を中心としていた。
それが世界中の国営放送にまで取り上げられてしまったのだ。
結果、UD本部に問い合わせが殺到している。
その対応でてんやわんやだ。
その事実を知らないのは、お兄さん本人だけ。
お兄さんは未だに、数十人程度の視聴者に向けて配信を行っていると思っている。
私は時計を見た。
「……少し寝よう」
ソファに移動する。
端末のタイマーを三十分でセットして、サイドテーブルに置く。
日本からわざわざ個人輸入している、蒸気でホットアイマスクのラベンダーの香りを装着する。
そしてソファに両手両足を投げ出し、横になった。
寝付きの良さと寝起きの良さが、私の一番の強みだ。
ものの三十秒で意識を手放す。
時を飛ばしたように三十分が経ち、ピピッという電子音で目を覚ます。
「んぉおおお〜」
出来の悪いウシの鳴き真似のような声を出しながら、海老反りになる。
そしてアイマスクをむしり取り、
「オラァ!」
とゴミ箱に放った。
アイマスクは軽いから、これまでゴミ箱に入った試しがない。
結局、拾って捨てるから二度手間になるのだが、それを含めてルーティンだった。
でも初めて、私が投げたアイマスクが、ゴミ箱に入ることになる。
ただし直接というわけではない。
ゴミ箱の脇に立っていた人が、アイマスクをキャッチし、そっとゴミ箱に捨てたのだ。
「……え? お、お兄さん?」
「おはよう、春奈ちゃん」
「なんで……」
「ちょっと用事があって」
起こせや!
なんで見守っとんねん!
……と叫びたかったが、ギリギリで堪えた。
これ以上、女子力を下げるわけには行かない。
「ごめんね。タイマーに残り一分ってあったから……」
「…………」
確かに、起こすにしても一旦退出するにしても、微妙な時間だ。
なんと間の悪い……。
「なんか、みんなすごく騒々しいね。なにかあったの?」
「ええ、色々と……」
「へぇ。大変だね」
騒ぎを起こした張本人のくせに、完全に他人事だ。
「それで、どうしたんですか?」
そう尋ねてから、お兄さんが思いつめた顔をしていることに気づく。
「ちょっと相談があって」
「はい」
私は居住まいを正した。
「アマンダは、いないんだよね」
「そうですね。ちょうど、ドイツに着いた頃だと思います」
私は頭の中で、時差を計算しながら答えた。
「……特殊ダンジョンについてですか?」
お兄さんがダンジョンに潜ったのは、ほんの数日前のことだ。
きっと配信を終えてから、一人でずっと考え続けていたのだろう。
そしてこうして、すぐに地上に戻ってきた。
お兄さんは重々しく頷く。
「そうだね。ほら、オランダにはUDの拠点がないけど、でもアマンダなら交渉できるんじゃないかって」
私は唾を飲み込んだ。
「ユリスさんたちの、仇を取るんですね」
「いや、そういうわけじゃないけど」
「え? じゃあ……」
「ユリスやユリスの仲間たちを、あのままにしておくのは忍びなくて……。遺体や、それが無理でも遺品の回収とかできないかなって」
「ああ」
あくまで弔いがメインで、仇はついでということか。
お兄さんらしいなと、納得しかけたんだけど……。
「ほら、扉が閉まるまでに数分の猶予があったでしょ? だからその間に、遺体や遺品を持ち帰って、それを何度も繰り返したら、なんとかなるんじゃないかなって」
「……どうして、そんな面倒なことを?」
「どういう意味?」
「そんなやり方しなくても、ボスを倒しちゃえば……」
お兄さんは苦笑する。
「それができればいいんだけどね」
「できないなんですか?」
「うん」
「どうして?」
「どうしてって?」
なんだか、会話が噛み合わなかった。
ボスを倒しちゃいけない理由なんて、なにがあるのだろう?
オランダ政府に気を遣っているとか?
確かに部外者のお兄さんが、ボスをあっさりと倒してしまったら、相手の面目は丸潰れだ。
でもそんなことを気にしていられる状況ではない。
それにきっとオランダ政府だって、喜んで攻略依頼を出すはずだ。
(あ、そっか。ボスと戦闘になったら、遺体や遺品が傷つくから……。だから戦闘を避ける方法を……)
そう考えてから、他にもっとシンプルな理由があることに思い当たった。
本来なら、それを真っ先に思い付かなければいけないはずなのに。
でも私は、その可能性を当然のように排除し、検討すらしていなかった。
「……え? ま、まさか……。あの魔物って、お兄さんよりも……」
「うん」
驚愕する私をよそに、お兄さんはなんでもないことのように頷く。
「俺じゃ、とても倒せないから」
【創作裏話】
ジローは積極的に行動するタイプではないので、動かそうと思うと、どうしても周囲で問題を起こす必要があります。
妹たちとUDのトラブルしかり。
ぶっちゃけ、ダンジョン深階層でソロキャンプするキャラって、マジで書くことがないんですよね。
あくまでキャンプが目的だから、積極的に攻略しないしモンスターとも戦わない、アイテムにも興味を持たない。
それどころか、他の冒険者と交流すらしないですから。
自分で考えた設定ですけど、なにを書けっちゅーねん。
悩みに悩んだ結果、苦肉の策として生まれたのが、妹たちが地上でトラブってるところに『過去配信の切り抜き』を挟むという形式だったりするわけです。
当たり前といえば当たり前なのですが、明確な目的を持って能動的に行動する主人公の方が、物語を作りやすいよなと。
でもそんなジローが嫌いじゃないから困ったものです。
とはいえオランダ編をここまで深掘りする必要は、正直ありませんでした。
国ごとにダンジョンの制度が違うこととか、それによってどんな問題が起きているのかとか、ほとんどの人は興味ないでしょうし。
肝はジローの考察配信ですからね。
USAドタバタコメディ編とまではいかなくても、ダイジェストっぽく片付けてしまうこともできました。
「オランダに変なダンジョンが出現して、現地の冒険者が挑んだけど全員返り討ちにあった! なんだこのダンジョンは!?」くらいのノリで。
ジローが登場しない話を長々と書いたせいで、散々批判されたわけですから、むしろそうするのが正解だったとすら思います。
とはいえ、そういうのが嫌いな人は、たぶんとっくの昔に脱落してるでしょうから、「今更やな!!!!!」と思って、書きたいように書くことにしました。
なんなら「ここでさらに振り落としてくれるわ! ガッハッハ!」くらいに考えてました。
なんでこんな厄介な性格になってしまったのか。
でもそんな自分が嫌いじゃないから困ったものです。




