第82話 支え
特殊ダンジョン攻略配信は、最大同時接続が千六百万を超える。
オランダ政府が広報に力を入れていたのもあるし、純粋に世界的な注目度が高かったことも大きい。
でも……。
視聴者の数はみるみるうちに減っていき、五分の一以下の三百万を下回る。
その原因は……。
あまりにも残酷だったせいだ。
もともとダンジョン配信は刺激が強い。
魔物だって生き物だ。
血も内臓も飛び散る。
場合によっては、冒険者が大怪我を負ったり、命を落とす瞬間が映されることだってある。
だから現代人は、残酷なものにある程度、耐性がある人が多かった。
それでも、見るに耐えなかったのだ。
もしそれが、まともな戦いであったら、たとえ残酷でも拒絶反応を示す人はもっと少なかっただろう。
でも違った。
それは戦いなんて呼べるものではなかった。
異形の神は、ふらふらと逃げ回り、弱い者から順番に襲っていったのだ。
ある意味では、生物として正しいのかもしれない。
弱い個体から狙われるのは、自然の摂理とすら言える。
だけど……。
異形の神は、ただ弄んでいるだけだった。
簡単には命を奪わず、神殿の中は阿鼻叫喚で満たされていた。
それこそ、神に捧げられた供物のように——
これまでのダンジョン攻略で培ったノウハウが、まるで役に立たなかった。
ただただ振り回されて、ただただ掻き乱されて、連携を取ることすらままならなかったのだ。
相手が単純に強いだけなら、ここまでの惨劇にはならなかっただろう。
パーティーはあっさりと瓦解する。
大半が、もうまともに立ち上がることすらできない。
その中で、一番軽傷なのがユリスだった。
力量だけが理由じゃない。
異形の神はわかっているのだ。
この中で、誰が最も上等な玩具なのか。
そのユリスも、仲間をかばって左腕を失っていた。
もう誰の目にも、終わりが近いのは明らかだった。
「ユリス……」
ヤンが潰れた声で言う。
「頼む、ユリス……」
あまりにも血を流しすぎている。
動けば動くだけ、死期を早めてしまうだろう。
それでも彼は、必死に這いずって、ユリスに近づいていった。
「お前だけでも、生き残ってくれ……」
「……ヤン」
やれることは、全てやった。
逃げるふりをして、異形の神を扉の前にまで誘い、貫手を使わせた。
それをギリギリで躱し、扉を攻撃させた。
人間の力ではびくともしなくても、異形の神の力なら——
ユリスは、そう目論んだのだ。
銅鑼を穿つような轟音が神殿内に鳴り響き——
でも結局は、傷一つつかなかった。
「わかってるだろ。脱出は無理だ。きっと、一度戦闘が始まると、決着がつくまで不可侵なんだ」
「まだわかんないだろ。内側からは開けられなくても、外側からなら、開けられるかもしれない。配信を見て、きっと助けが……。それまで、なんとか耐えてくれ……」
ユリスはゆるゆると首を振る。
「……もうずいぶん時間が経った。なのに誰も来ないってことは……」
「管理局は、いつだって仕事が遅くて、ノロマだろ。だから……」
「そうだな。だからきっと、腰の重い管理局に焦れて、ヘンドリックさんが単身で乗り込んで来てるんじゃないかな。もしかしたら今も、扉を開けようと必死にもがいてるところかもしれない」
「……あの人、そんな熱血なタイプか?」
「うん。ヘンドリックさんは、そういう人だよ」
「……そうか。お前がそう言うんなら、きっとそうなんだろうな」
ヤンは目を伏せる。
「じゃあ、もう……」
「ああ、そうだ」
左腕の止血を終え、ユリスは立ち上がった。
「あいつを倒す以外に、道はない」
「……は?」
「奴は致命傷を与えずに遊んでやがる。治療すれば、きっとまだ助かる」
ユリスはヤンを振り返った。
「あんたも、あんまり動くな。それ以上血を流すと、マジで死ぬぞ」
「ま、待てよ。お前、正気か? 本気で、あいつに勝てるなんて——」
「わかってるよ」
ユリスは遮るように言う。
「……わかってる」
それでもユリスは、立ち向かうのだ。
「そうか……。ユリス」
その背に、ヤンは声をかけた。
「ありがとな、色々と。……俺だけじゃない。エスターも、トーマスのおっさんも、本当にお前に感謝してんだ」
ユリスは鼻を鳴らした。
「早いよ。これからだろ」
「……そうだな」
二人は一瞬だけ視線を交わし、笑いあった。
でも現実は、どこまでも非情だ。
絶体絶命の状況で、当然力に目覚める、なんてことは起こり得ない。
痛ぶられて、弄ばれて、なぶられて——
いっそ一思いに……。
どれだけの人が、そう願っただろう。
左目は潰れ、右目ももうほとんど見えない。
体で怪我を追っていない箇所が、一つとしてなかった。
脇腹の傷は、内臓にまで届いていて……。
(これは、もう助からないな……)
地面に転がりながら、ユリスは思う。
「でも、まだだ……」
ユリスは体を起こした。
激痛が全身に走る。
ぼやけていた頭には、ちょうどいい。
「まだ、俺は戦える……」
ユリスは刀を支えにして、立ちあがろうとして——
ガクンと、階段を踏み外しでもしたように、体勢が崩れた。
ユリスはまた、地面に倒れ伏した。
一瞬、なにが起きたのか分からなかった。
地面が抜け落ちでもしたのか。
本気でそう思ったほどだ。
でも、そうじゃなかった。
支えにしようとした刀が、半ばから折れていたのだ。
「…………」
ユリスは折れた日本刀をしばらく見つめ、それから——
ふっと、全身の力を抜いた。
周りに意識をやる。
とても静かだ。
もう誰の呻き声も、息遣いも聞こえない。
ひたひたと、異形の神が歩み寄ってくる。
死力を尽くしても、結局かすり傷をいくつか与えただけだった。
いや、それを傷と言っていいのかも怪しいものだ。
与えた傷は、全てギョロリとした目に変わってしまったのだから。
異形の神は、今や二十を超える目で、ユリスを見下ろしていた。
もう終わりなのかと、問いかけるように。
「……あぁ」
ユリスの口から、吐息が漏れる。
激闘の最中に、ドローンはとっくに墜落していた。
でもかろうじて、映像だけは送り届けていて——
「ジローさん……」
ユリスの最後の言葉は、誰の耳に届くこともなく——
Sランク冒険者ユリス・クルーマンを含む、攻略隊十三名全員が、命を落とした。




