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第66話 真っ暗

(ここがいつもの家だったらな……)


 アンリと春奈ちゃんしかいなかったら、俺は迷わず、洗いざらい打ち明けていただろう。

 二人が信じるか信じないかは別にして、それで嫌われたり敬遠されたりすることはないと、断言できるから。


(まあ、頭がおかしくなったとは思われそうだけど……)


 でもその程度なら問題ない。

 二人には最初から、頭がおかしいと思われている節があるから。

 今更ドン引きの一つや二つ、屁でもなかった。


(そんなにダンジョンキャンプっておかしいのかな……)


 まあキャンプそのものが、女子高生からしたら理解不能な趣味なのだろう。

 俺は大人だ。

 未成年の不寛容さには、寛容であらなければ。

 だから二人が俺を『おかしい人』扱いしても、軽く受け流してあげていた。


(うんうん。常識的な大人として、当然の対応だよな)


 でもこの場には、出会ったばかりのアマンダさんやキャスパーさんもいるのだ。

 キャスパーさんは最初、子供だと思ったけれど、驚いたことに俺とほぼ同世代らしい。

 しかも著名な研究者だというから驚きだ。

 言われてみると、名前を聞いたことがあるようなないような……。


 とにかく出会ったばかりの人に、あの体験をそのまま打ち明けるのは、なかなかハードルが高かった。

 普通に気持ち悪がられて距離を置かれてしまいそうだ。

 それはさすがに傷つく。


 極め付けは……。

 ギンの存在だった。


 昔のことがあるし、なにより彼女は今でも、俺を慕ってくれている。

 そんな彼女に、失望されたくない。

 しっかり者で頼りになる大人だと思われていたい。


(まあ、そんなふうに考えてる時点で、相当ダサいけど……)


 でも俺がそんなふうに思うのは、仕方のない話なのだ。

 俺はアンリと春奈ちゃんから、不当に『おかしい奴』扱いを受けているのだから。


(話すのは、証拠を集めてからでも遅くはないよな)


 今すぐ打ち明けなければならない話でもないのだ。

 危険は一先(ひとま)ず去ったのだから。

 証拠もなく荒唐無稽な話をして、狂人扱いされたら本末転倒だ。

 それでダンジョンへの立ち入りを禁止されたら、目も当てられない。


(……あれ? もしかして、それが本音?)


 俺は自問自答する。

 自分に言い訳するように、ぐだぐだ考えてきたけれど……。

 結局のところ、長年恋焦がれてきた海外ダンジョンへの、立ち入りを禁じられるのが嫌なだけなんじゃ……。


(いやいやいやいやいや、そんなわけない。常識的な大人として、そんな自分勝手な理由なわけが……)


 俺はぶんぶんと頭を振り、馬鹿馬鹿しい考えを打ち払った。


「どうしたんだい?」


 アマンダさんが顔を覗き込んでくる。

 綺麗な顔が至近距離にあって、俺はぎょっと仰け反った。


「いや、別に」

「そう? 悩みがあるなら聞くよ」

「いえ、大丈夫です。……あれ?」


 いつの間にか広間には、俺たち以外、誰もいなくなっていた。

 考えに耽っていたせいで、気づかなかったみたいだ。


「みんなは?」

「さて。どこに行ったんだろうね」

「…………」


 なんだか落ち着かない気持ちになる。

 妹がいるおかげか、俺は別段、女性が苦手というわけではない。


 でもアマンダさんは、ちょっと度がすぎるレベルの美人だ。

 少なくとも、俺がこれまで出会ってきた人の中では、一番の。

 それに女性が苦手じゃなくても、そもそも人間が苦手なので、気詰まりなことに変わりはなかった。


(どこ行ったんだよ、アンリ、春奈ちゃん……。友達の友達を、二人きりにしちゃいけないって、義務教育で習っただろ……)


 アマンダさんが立ち上がる。


「そうだ、ジロー。君に見せたいものがあるんだ。ちょっと付いてきてくれるかい」

「あ、はい。わかりました」


 話題もなく二人きりでいるより、そっちの方が助かる。

 アマンダさんに追いていき、俺は広間を出た。


 こうして内部を歩くと、別荘の凄さがよりわかる。

 建築資材を持ち込むだけでも、相当な労力だったはずだ。

 ここまでして、ダンジョン内に別荘を建てるなんて……。


(でも、それだけの価値はあるよな……)


 俺は窓の外を眺めながら思う。

 鉱石の煌めきが、透き通った湖に反射していた。

 色んなダンジョンを巡ってきたけれど、これほどの絶景はそうそうない。

 しかも低階層だから、魔物の活動もそれほど活発ではないし。


(ここになら、住んでもいいな……)


 俺はキャンプが好きだけど、野宿が好きかと聞かれたら、意外とそんなこともなかった。

 ただ大自然の中に、人の住む建物が存在しないだけだ。

 世界中を旅して、絶景を目にするたびに、よく思ったものだ。

 ここに小さなコテージを建てて、大自然の一部として生きられたらどんなに素敵か、と。


 まあ、コテージを建てた時点で大自然でもなんでもないんだけど……。

 でもそこはエゴの出番だ。

 自分の住処(すみか)ならセーフ、というガバガバ判定が発動する。


(こんな豪邸じゃなくて、もっとこじんまりとした方が好みだけど。あと木造の方がいいな……)


 そんな夢想に耽っていると、


「この部屋の中」


 とアマンダさんが扉を開ける。

 促されるまま、部屋の中に入った。

 アマンダさんも続いて部屋に入ってきて、パタンと扉を閉める。


 すると——

 部屋の中が、真っ暗になった。


 ダンジョンは基本的に薄暗い。

 でもそれは逆説的に、常にほんのりと明るいことを意味する。


 身体能力が上がるのと同じ理屈で、視力も向上しているのだろう。

 不便に思うどころか、俺はもう薄暗いとすら感じない。

 でも初めてダンジョンに潜る人なんかは、その暗さに面を食らうって話を聞いたことがあった。


(俺も、最初はそうだったのかな?)


 今ではもう、思い出すこともできないけど。


(密室なら、ダンジョンでも真っ暗になるんだな……)


 新しい発見だった。

 ダンジョンパークの建物は、基本的に露天のような造りだ。

 強いて言えば、ボス部屋が密室と言えなくもないけれど……。

 でも明るさは、他と変わらない。


(面白いな。どういう理屈なんだろう?)


 ダンジョンの外壁が、微かに発光しているとか?

 でもそれなら、広い空間だと、中心の方が薄暗くなるはずだ。

 今まで、そんなふうに感じたことはない。


(じゃあ空気が特別だったり……。いやそれなら密室でも、こんなふうに真っ暗にはならないか)


 UDはそういう研究もしているのだろうか。

 あとでキャスパーさんに……。


(いや、ラストに聞けばいいのか)


 なんて呑気に考えていたんだけど……。

 そんな場合ではなかった。


 あの真っ白い空間と、対比するような真っ暗い部屋。

 あの空間には、ラストがいた。


 そして、この部屋には——


 ぞわりと、臓腑が浮くような感覚。

 全身の毛が逆立つ。


 ——懐かしい。


 最初に浮かんだのは、そんな思いだった。

 久しく、感じたことのない感覚——


 山奥で熊と遭遇した時。

 土砂崩れに巻き込まれた時。

 雪山で遭難した時。

 青眼の白龍に襲われた時。


 自分の身に、脅威が迫った時の——


(喰われる——)


 パッと振り返る。

 まだ暗闇に目が慣れていなくて……。

 ぼんやりと、シルエットしかわからなかった。


 確かに、人の形をしている。

 それは間違いない。

 なのに……。


 これまで遭遇してきた、どのモンスターよりも——


「ふふっ」


 その微笑みと共に——


 UDのボス。

 アマンダ・D・ホプキンスが、襲いかかってきた。

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― 新着の感想 ―
性的に!?
あー!ジローが喰べられるぅww
やっぱりぶつかる事になったか、ジローとアマンダ…。
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