第52話 頼りになる先輩
そしてあっという間に週末になる。
憎いほどに空が晴れた日だった。
私とアンリは早起きして、もてなしの準備をした。
建前だったとしても、親睦会なのだ。
海外のホームパーティーがどういうものか、調べすらした。
そうやって万全の準備を整えたんだけど……。
(本当に、これでよかったのかな……)
私は落ち着きなく、家の中をうろうろと歩き回る。
(次はもう、ミスできない……ちゃんとしないと……ちゃんと……)
私がなんとかしなきゃいけないのだ。
でもそう思えば思うほど、悪い想像が膨らんでいく。
そんな私の手を、アンリがぎゅっと握った。
「わっ、冷た」
「……アンリ?」
大切なものを扱うように、アンリは私の手を両手でそっと包み込んだ。
じんわりとした温かさが、指先から全身に広がっていく。
「春奈の悪いところだよ」
「え?」
「なんでも一人で背負い込もうとする。大丈夫だよ。この間は怒りで我を忘れちゃったけど、でももう平気。私がなんとかするから」
「でも……」
「でもじゃない」
アンリが手の力を強める。
「私って、そんなに頼りない?」
真摯な目で見つめてくる。
「アンリ……」
そうだ。
アンリの言う通りだ。
私はなんで、一人で思いつめていたのだろう。
こんなに頼りになる人が、すぐそばにいるというのに……。
UDのサーバーを独断でハッキングしたのだってそうだ。
最初からアンリに相談してさえいれば、こんなことにはなっていなかったかもしれないのに。
「とにかく、気を抜かないように」
「……うん」
「それから、気を許さないようにも。あのアマンダって人だけじゃなく、ギンに対してもね。悪い子じゃないのはわかってるけど、でも相手側の人間だってことは、絶対に忘れちゃダメ」
「……わかった」
ギンに関しては、少しだけ言いたいことがあった。
誤解したまま、二人の関係が拗れるのが嫌だったからだ。
でもなにも言わなかった。
全部アンリに任せよう、アンリを頼ろうと、そう思ったからだ。
そして、約束の時間になる。
「やぁ。ご招きいただき、恐縮の限りだね」
家に上がったアマンダさんが、慇懃無礼に言う。
続いてギンも入ってきた。
キャスパーさんはいない。
今日は二人だけだ。
ブチギレられたっきりだから、ちょっと安心してしまう。
でも相手は、UDのボスと最年少のS級冒険者だ。
それだけでプレッシャーがすごかった。
(でも、大丈夫……)
こっちには、頼りになる先輩がいるのだから。
玄関口で、ギンがアンリに向かって頭を下げた。
「お邪魔します、姉御」
「姉御?」
アンリは後ろを振り返ったけれど、もちろん誰もいない。
「……え? 姉御って私のこと?」
「はい。アンリの姉御」
「なに、急に……」
アマンダさんが声をあげて笑った。
「ギンに認められたみたいだね」
「認められた?」
「ギンは格上だと判断した相手に、礼儀正しくなる癖があって」
「なにその癖……普通に接してほしいんだけど」
「無理無理。私が何度言っても、治らなかったからね。ギンはその辺、頑固だから」
「えぇ……姉御って、なんか物々しい……」
アンリがギンに目配せする。
いっさい揺らぎのない視線で、ギンはアンリを見つめ返す。
それでなにを言っても無駄だと察したのだろう。
「う〜ん、アンリの姉御……」
腕を組んでしばらく悩んでから、
「せめて、アンリお姉ちゃんとかにならない?」
「アンリお姉ちゃん」
ズガーン! と、アンリの全身を電撃が貫くのが見えた。
「この子、可愛い〜!」
ギンを抱き寄せ、頭をなでなでする。
身長差があるから、ギンは前屈みになってされるがままだ。
私はアンリの首根っこを掴んで、ギンから無理やり引き離した。
「お前、さっきの話はなんやってん」
「ご、ごめん。つい……」
「なにがついや。遊びちゃうんやぞ」
「ごめんってっ。そんなに怒んないでっ」
アンリが泣きべそをかき、早くも戦線離脱してしまった。
そうそうに二対一だ。
でもまあいい。
『真に恐れるべきは有能な敵ではなく無能な味方』って言葉もある。
アンリが無力化したことで、状況は好転したと考えよう。
「…………」
そんな私たちのやり取りを見ていたギンが、私に向かって、
「姉——」
睨みつけると、ギンがさっと視線を逸らした。
「あはは! ギンを黙らせるなんて、大したものだねぇ」
アマンダさんだけが、この状況を心底楽しんでいる。
(他人事だと思って……)
そうだった。
どうして私が、一人でなんでも背負い込むようになったのか。
そこにはちゃんとした理由があるのだ。
アンリもお兄さんも、生粋のトラブルメーカーなのだ。
二人が関わると、指数関数的に問題がややこしくなる。
その苦い経験を何度もしてきたから、できる限り秘密裏に対処しようと、そう考える癖ができてしまったのだ。
(そもそも、なんでこんな卑屈になってるんだろ……)
確かに私はUDの対応で、やらかしてしまった。
事を荒立て、色々な人に迷惑をかけた。
私だけじゃなく、アンリまでUDに弱みを握られてしまった。
そこのことを思うと、今でも心が痛む。
でも考えてみたらアンリなんて、私がいなかったらとっくの昔に豚箱の中だ。
これまで何度、暴走するアンリを制御してきたことか……。
お兄さんにしたってそうだ。
敵を作りすぎないように、神格化されすぎないように、必死にバランスを保ってきた。
お兄さんがなんの気兼ねもなくソロキャンプを楽しめるようにと、その一心で。
そのことを誇る気はない。
恩着せがましいことを言うつもりもない。
好きでやっていることだ。
好きな二人のためにやっていることだ。
でもこれまで私が、あの鈴木兄妹のお目付け役として、これ以上ない働きをしてきたのは事実のはずだ。
私がいなかったら、とっくの昔に戦争だ。
もし誰か、私のことをどこかから見ている人がいたら、きっと悪感情を持つ人もいるだろう。
優柔不断で考えなしで能天気で恋愛脳で危機感が足りなくて……。
その気持ちはわかる。
私自身、そう思うからだ。
でもだったらオメーが私の立場だったとして、もっと上手く立ち回れたんかっつー話で。
批判するならまず代替案もってこいや。
こちとら有能な敵と無能な味方の板挟みで頑張っとんやぞ。
(……なんか、吹っ切れた)
アンリもお兄さんもぶっ飛んでいるから、私がちゃんとしなきゃいけないと、自分に言い聞かせてきた。
まともで、真面目で、常識人で、普通で、良識があって、お人好しで、ツッコミで、止める役で——なにより善良で。
そうでなければならないと、強迫観念に近い思いに囚われていた。
実際それで、これまでは上手くやってきたのだ。
でももう、それでどうこうできるフェーズにはない。
相手はあのUDなのだ。
負い目があるとか、恩があるとか、相手には相手の事情があるとか、もう知らない。
結果的に取り越し苦労で、前回の騒動以上にややこしい事態になったって別にいい。
馬鹿だ間抜けだ恩知らずだ、好きに罵ればいい。
私にとって大切なのは、アンリと、お兄さんと、今のこの平穏な生活だけだ。
相手にどんな事情や目的があったって、私たちの今の生活を壊そうとしていることには変わりはないのだ。
仮にそれが高潔な目的だったとしても、仮に万人が認めるような正義が相手にあったとしても——私の敵だ。
(目的を探るとか、真意が知りたいとか、なにぬるいこと言っとんねん……)
お兄さんに危害を加える可能性がほんの少しでもあった時点で、全力で排除するべきだったのだ。
私の持てる力を、全て使って。
本当に、私はどこまで危機感が足りないのだろう。
こんな状況になるまで、覚悟一つ決められないなんて。
でも今からだって、遅くは——
目。
アマンダさんの、私を見る目。
絶賛風邪をこじらせております。
でも多少良くなってきたので、また毎日更新を頑張っていこうと思います。




