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第45話 世界一の女

 対面に座るアマンダさんが、食事をする私に尋ねてくる。


「どう? 口に合うかな」

「……美味しいです」

「それはよかった」


 食べながら喋るのは気が引けた。

 でも私だけが食事している状況が気詰まりで、私は質問を投げかけることにした。


「本当に、敵対する気はないんですか?」

「ああ、神に誓って」

「…………」


 無神論者の私が思うより、その言葉は重い意味を持つのだろう。


「最初はね、こんな荒っぽいことをする気はなかったんだ。ギンに君たちを紹介してもらうつもりだったからね」

「だったら、どうして……」

「君がサーバーをクラックしたりするから」

「それは……すみません。でも本当に、機密情報に触れたりはしてないですから……」

「そんなことはどうでもいい」

「え? どうでもいいって……」

「美少女を合法的に拉致監禁するチャンスだよ? 無駄になんてできっこないじゃないか」

「…………」


 頭を引っ叩いてやりたい。

 ツッコミじゃなくてガチの方で。


「……それで、目的はなんなんですか?」

「UDのサーバーを覗いたんだ。聞かなくても知ってるんじゃないのかい」

「お兄さんを狙ってるんですよね」

「そうだね」


 でも「狙っている」なんて言葉は、色んな解釈ができる。

 味方に引き入れようとしているのか、それとも首を狙っているのか。

 仮に友好的だったとしても、お兄さんの対応次第では、敵に回る可能性は十二分にあるのだ。


 私は緊張感を持って続きを待った。


「私は、ジローが欲しいんだ」

「…………」


 私はふっと息をついた。


(その言葉だって、手放しに信用はできないけど……)


「……それで?」

「ん? それでとは?」

「目的ですよ。なにをする気なんですか」

「今言ったじゃないか。ジローが欲しいって」

「だから、そのジローを——お兄さんを味方に引き入れて、なにをする気なんですか」


 富、名声、力——この世のすべてを手に入れた女性なのだ。


 その上、お兄さんまで手中(しゅちゅう)に収めようだなんて……。

 世界征服を目論(もくろ)んでいるとかじゃないと、辻褄(つじつま)が合わない。


(まさか、本当に世界征服しようとしてるんじゃ……)


 国際ギルドなんてものを作る時点で、常人の発想ではないのだ。

 それくらい(だい)それたことを考えていても、私は驚かない。


 私はごくりと唾を飲む。

 そんな私とは対照的に、アマンダさんはきょとんとした顔をしていた。


「……どうしたんですか?」

「ああ、そういうことか」


 アマンダさんが、ポンと手を打つ。


「君は、私に大きな野望があって、その手段としてジローを手に入れようとしていると、そう考えているんだね」

「……違うんですか?」

「違う違う。ジローが目的なんだ」

「え?」

「私はジローが欲しい。それだけだよ」


 彼女の微笑みに、色が乗る。


 その言葉の意味を理解して、全身の毛が逆立つような衝撃を受ける。

 同時に、感情が波立つ。


「……それって、つまり」

「私は彼と、愛し愛される関係になりたいんだ」

「なんで……」

「なんでって?」

「だって、お兄さんの人となりとか、なにも知らないじゃないですか。それなのに……」

「確かに、彼とは喋ったこともないけどね」

「だったら……」

「簡単な話さ」


 彼女は片肘をつき、日向(ひなた)微睡(まどろ)むような顔になる。


「世界一の男に釣り合うのは、世界一の女だけだとは思わないかい?」


 そう言い切ってしまえる自信に、私は戦慄(せんりつ)した。


(私にはそんなこと、逆立ちしたって言えない……)


 畏怖と焦燥。

 羨望と苛立ち。


「……本当に、それが目的なんですか?」

「そうだよ。他になにがあるっていうんだい?」

「例えば、世界征服なんて……」


 口にしてから、少し恥ずかしくなる。

 自覚している以上に混乱しているようだ。

 私は言い訳するように続けた。


「あなたとお兄さんが手を組めば、絵空事(えそらごと)でもないでしょ?」

「興味がないね。そもそも私は、ジローほどじゃないけど、自由気ままに生きるのが性に合ってるんだ。世界征服なんて、そんな面倒なこと、頼まれたってごめんさ」

「だったらなんでUDなんて作ったんですか……」

「色々と事情があるんだよ」


 アマンダさんは苦笑を漏らした。


「…………」


 私の中で、苛立ちが膨らんでいく。


「……まあ、あなたがお兄さんを襲うつもりじゃないってわかって、安心しましたよ」


 口ではそう言いながら、感情は真逆のことを思う。


 ——この人が恋敵になるくらいなら、お兄さんの敵であって欲しかった。


 そんなふうに考えてしまう自分が嫌だった。


 私は親友の手前、お兄さんへの気持ちを押し殺して生活してきた。

 そんな状況に、甘い自己憐憫(じこれんびん)すら感じて。

 でも……。


(どうしてこんなに苛立っているんだろう……)


 自問なんてしなくても、わかりきっている。

 これは焦りだ。


 恋愛は単純なものではないとわかっている。

 世界一の女だからって、世界中の人から愛されるわけじゃない。

 現にアマンダさんには、味方と同じくらい、敵が大勢いるのだから。

 アマンダさんが言い寄ったからって、お兄さんがなびくとは限らない。


 でも……。

 私は本能的に感じ取っているのだ。

 この人には敵わないと。


 世界一の女。


 それがジョークでも誇張でも自惚(うぬぼ)れでもなく、事実だと私も認めてしまっている。

 女として、私はこの人の足元にも及ばない。


「……でも、悔しくないんですか?」


 感情のままに、私はそんなことを口走っていた。


「悔しい?」

「最強論争の話は、あなたも知っているでしょ」

「もちろん」

「あなたはUDのトップなんですよ?」


 こんなこと言うべきじゃないと理性が告げる。

 でもどうしても我慢できなかった。


「それが一人の配信者と同列に扱われて……なんとも思わないんですか?」


 言ってしまってから、強烈な自己嫌悪が襲ってきた。


(私はもっと、理性的な人間だと思ってたのに……)


 恋愛が絡んだ途端に、これだ。


(なんてみっともないんだろう……)


 取り乱す私と違って、アマンダさんはどこまでも鷹揚(おうよう)としていた。


「そんな見る目のない連中の戯言(ざれごと)には興味がないよ」

「戯言、ですか」

「ああ。私とジローのどちらが強いかだって? そんなの、ジローに決まってるじゃないか」


 私は目を丸くする。


「……お兄さんの方が、強いんですか?」

「当然さ。人間の能力を数値化したとするだろう? 私の強さ、美貌、地位、経済力、影響力。その全てを足したところで、ジローの強さには届かない。それほどの差がある」

「そんなに……」


 私からすると、どちらも人間離れしたバケモノだ。

 そこに、それほどの差があるとは感じないけれど……。


 体重計で測れるのは百キロまでだ。

 常人の物差しも、同じということか。


「じゃあ……」


 口元が引き攣る。

 私は今、酷く醜悪な顔をしているはずだ。


「全然釣り合ってないじゃないですか。世界一の女だなんて、豪語しておきながら」


 渾身の皮肉のつもりだったけれど、やっぱり彼女には届かなかった。


「そうだね。でも私の価値は、他にもあるから」

「……なんですか?」


 彼女が妖艶(ようえん)に笑う。


処女(バージン)

「……は?」

「どうかな。同性の君から見て、私のバージンには、どれほどの価値があるだろう」


 顔から火が出るかと思った。


「あ、バージンって言っても、男性経験がないってだけで、女性経験はごりごりにあるけどね」

「聞いてません!」

「昨日も経験人数が一人増えたところだし」

「寝てる私になにをしたぁ!」


 アマンダさんが声をあげて笑った。

 からかわれていることに、遅れて気づく。


「冗談だよ。意識のない女の子に、酷いことなんてしないさ」

「……縛って一晩中くすぐったくせに」

「あれは刺激的な夜だったね。どうだい? 今からでも続きを……」

「もう帰ります!」

「あら、残念」


 大して残念そうでもなさそうに、アマンダさんは肩をすくめる。


 私は立ち上がって、ダイニングを出て行こうとした。

 扉の前で立ち止まって、アマンダさんを振り返る。


「あと、逆ですから」

「逆?」

「『世界一の女に釣り合うのは、世界一の男だけ』って言った方が、ニュアンスとして正しいですよ」

「なるほど、覚えておくよ」


 言ってしまってから、捨て台詞にもなっていないことに気がついた。

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― 新着の感想 ―
そもそもジローが相手にしないだろう キャンプが恋人なのに
天使ちゃんには頑張って欲しい ぽっと出の女には負けないで
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