第31話 ミボランテ その1
田辺がギルド長室に駆け込んでくる。
その顔にはまるで血の気がなく、死人のように真っ青だった。
「三星さん……仙台支部が……」
言葉はそれ以上続かなかった。
田辺は喘ぐように、口をパクパクとさせるだけだ。
それでも十分に内容を察せたけれど、俺は一抹の可能性に賭けるように、続きを促した。
「仙台支部が、なんだって?」
「……潰されました」
覚悟していたはずなのに、衝撃はひとしおだった。
(これでとうとう……とうとう、全ての支部が潰された……)
残るのは、この東京本部だけだ。
なんでこんなことになってしまったのだろう。
全てがうまくいっていたはずなのに……。
俺は和歌山のど田舎の生まれだった。
実家は椎茸農家で、一人っ子の俺は後を継ぐことを期待されて育った。
俺は勉強も運動も人並みで、これといった特技もなければ、打ち込めるような趣味もなかった。
学校では不良の真似事をしていたけれど、腕っぷしが強いわけでもなく、ただただ怖い先輩にいいように使われていた。
凡人だ。
どうしようもないほどに。
そんな俺にとって、家業があるのはとても幸運なことだった。
でもだからこそ、それを認めたくなくて、高校を中退して大阪に出た。
でもそれも、今思えば、ただ逃げただけだったのだろう。
不良の上下関係から、両親のプレッシャーから、決められた未来から、田舎の面倒な人間関係から。
夢を持つわけでもない、上京するほどの胆力もない。
俺は大阪で、いっそう惨めな毎日を送ることになった。
親の期待を裏切ったくせに、仕送りがなければ生活していくことすらできない。
不安と自己嫌悪だけの日々。
本当に、ただそれだけだった。
そんな俺に突然、転機が訪れる。
ダンジョンが出現したのだ。
日本初のダンジョンは、兵庫の佐用町に現れた。
比較的近場で、しかも暇を持て余していた俺は、考えもなしにダンジョンに潜った。
そこは刺激的な場所だった。
恐ろしい魔物、地上では手に入らない宝。
なにより、こんな俺でも物語の主人公のような気持ちを味わえた。
魔物と出会す度に逃げ回っていたけれど、俺は生まれて初めて、生を実感することができた。
でもそんな生活は、一週間と続かなかった。
ダンジョンの旨味に気づいたヤクザや半グレが、出張ってくるようになったのだ。
当時のダンジョンは、治外法権だった。
暴力を生業とする彼らにとっては、楽園だったに違いない。
でも彼らの天下だったのかというと、そうじゃない。
ある日、事件が起きた。
好き放題に振る舞うヤクザたちに抗議する男が現れ——その男が、リンチの末に殺されてしまったのだ。
でもそれは、ただのきっかけにすぎなかった。
殺人が起きたその直後、ダンジョンが牙を剥いたのだ。
後にダンジョンエラーと呼ばれる現象だ。
上層階の比較的大人しい魔物が大挙して押し寄せ、結果的に、殺された男も含めて九人が命を落とした。
怪我人の数は、その数倍にも及ぶ。
ダンジョン内では殺人が御法度なのだ。
法とか倫理の話ではなく、それがダンジョンのルールだった。
とにかくそれ以来、ヤクザも半グレも暴力沙汰を避けるようになった。
勢い余って殺してしまったら、まず生きてダンジョンから出られないからだ。
それをわかっているから、ヤクザや半グレ相手にも強気に出る人が多かった。
そもそもダンジョンに潜ろうなんて考える連中なのだから、最初から度胸があって、命知らずの馬鹿ばかりだったのだろう。
でも俺は違う。
度胸なんてこれっぽっちもない。
殺されないとわかっていても、怖いものは怖かった。
力が弱まったとはいえ、ヤクザや半グレの影響力は依然、大きいままだったから。
俺はヤクザや半グレにヘコヘコとして、媚を売った。
分け前を渡して、なんとかダンジョンでの活動を容認してもらう。
これまでもずっと、そうやって生きてきたのだ。
周りからは蔑みの目で見られたけれど、それにも慣れていた。
そうやって俺は、ダンジョン内で、ある種の特権的立場を得ていた。
でもふと思う。
(こんなことが、いつまでも続くわけがない……)
ダンジョンでは、警察も無力だ。
殺人は御法度というルールがあるものの、暴力で実質的に支配されていた。
でもすぐに国が介入してくる。
そうなれば、俺はヤクザや半グレ側の人間と見なされて、排除されてしまうだろう。
その時の俺は、不思議と冴えていた。
ダンジョンから持ち帰ったアイテムの大半を、役所に送りつける。
それからダンジョン内の情報を全て包み隠さず報告した。
魔物や地形、ダンジョンに潜っている連中のプロフィールや力関係。
そうやって俺は、尻尾を振る相手を変えた。
佐用町にダンジョンが現れてから四十二日後、国は暫定的なダンジョン法を発布した。
さすが政治家、仕事が早い。
自分たちの利益に繋がる場合に限っては、の話だが。
とにかく、ダンジョン法によって一般人のダンジョンへの立ち入りは固く禁じられた。
——ただし、一部の例外を除いて。
国の役人どもは、俺をガイドとして登用したのだ。
実際はただのていのいい小間使いだったけれど。
とにかくそこからは、とんとん拍子だった。
ダンジョンで得たものを、右から左に権力者たちに流していく。
そうやってさらに特権を得て、気づいた時には、俺も権力者の仲間入りを果たしていた。
ダンジョンビジネスを実質的に牛耳り、最も影響力のある次世代のカリスマにも選出された。
選考委員に金を積んだのは、ここだけの秘密だけど。
汚いことは全部やった。
プライドもかなぐり捨てた。
振り返ってみると、得たものよりも失ったものの方が多い気がする。
それでも俺は、ここまで上り詰めたのだ。
今ではヤクザも半グレも、俺に首を垂れる。
(それが、なんでこんなことに……)
わかっている。
自問するまでもない。
俺は喧嘩を売っちゃいけない相手に、喧嘩を売ってしまったのだ。




