第28話 異邦人、別れ
不思議な話なんだけど、名前を与えられてから少女は——ギンは急速に人間らしさを会得していった。
あれだけ拒絶していた村人ともコミュニケーションを取るようになり、見向きもしなかった文明に関心を持ち始める。
俺たちはキャンプ生活をやめて、村で暮らし始めた。
ギンは新しい生活に、驚くほど早く慣れていった。
子供と大人では、順応力がまるで違う。
特に言語の習得速度が段違いだ。
ギンはあっという間に、俺の現地語のスキルを追い抜いて行った。
むしろ俺がギンから言葉を教えてもらう始末だ。
(まあ、大人とか子供とか関係なく、元の頭の出来もあるだろうけど……)
悲しくなるから深くは考えないことにする。
村人もギンによくしてくれて、ギンもその好意を甘んじて受け入れていた。
全てがうまく行っている——
表面上は、そう見えた。
でも……。
表からは見えないほど根深い問題が、そこにはあった。
ただ世話になるだけでは申し訳ないから、俺は村人の仕事を手伝おうとした。
でも断られてしまう。
恩人を働かせるわけにはいかない、と。
キャンプとは違い、村での生活は便利すぎて、俺は暇を持て余すようになる。
日がな一日、隠居した老人みたいにぼーっとして過ごした。
ギンは常に、そんな俺と一緒にいた。
同年代の子供達と一緒に遊ぶことよりも、ただ俺の近くでゴロゴロしていることを、ギンは好んだのだ。
ギンを家族として迎え入れたいと言ってくれた村人もいたんだけど、ギンは頑なに俺の側から離れなかった。
「俺、ここ、いる。ギン、遊ぶ」
カタコトの現地語で、俺はギンにそう言った。
ギンは躊躇いつつも、子供たちの輪に入って行く。
俺は公園のベンチに座り、その様子を眺めていた。
村の子供たちは、ギンを温かく仲間に入れてくれる。
でも、どこかよそよそしい。
ギンに気を遣っているのが、傍目にもよくわかった。
大人たちから何かを言い含められている——わけではきっとないのだろう。
ただ村全体に蔓延した「彼らのことは丁重に扱わなければいけない」という空気を、子供なりに感じ取っているのだ。
ギンもどこか、居心地悪そうにしていた。
遊びに集中せず、チラチラと、こちらに視線を向けてくる。
俺が手を振ると、嬉しそうに手を振り返してきた。
その笑顔を見ると、胸がギュッと苦しくなった。
ギンは俺を慕ってくれている。
俺のそばにいることを望んでくれている。
それは素直に嬉しい。
でも……。
俺の存在が、必ずしもギンのためになっているわけではないのだ。
この村では、俺は異邦人だ。
そんな俺と一緒にいる限り、ギンはいつまで経っても、村の一員にはなれない。
ずっと、余所者のお客様のままだ。
(ああ、そうか……)
ギンと一緒に料理をしている時、少し離れたところから俺たちを見守っていた狼の姿が、頭に浮かんだ。
(彼女も、こんな気持ちだったんだな……)
何度も何度も、日本に連れ帰ることや、一緒に旅をすることを検討した。
でもやっぱり、現実的じゃない。
なにより、ギンのためになるとは思えなかった。
彼女がそれを、望んでくれたとしても。
(……馬鹿のふりをして、日本語を教えておけばよかった)
そうしたら、それが一つの大義名分になったのに。
でも、もう手遅れだった。
ギンはすでに、現地の言葉に習熟している。
ギンが学んだ日本語は、俺とあなたの二つだけだ。
それもきっと、すぐに忘れてしまうだろうけど。
俺は村長に、どうか仕事を手伝わせて欲しいと申し出た。
恩人を働かせるなんて、村の恥だという気持ちはわかる。
それが彼らの矜持であり、文化だ。
その気持ちは尊重したいし、ありがたいとも思う。
でもだからこそ、俺を助けると思ってと、頭を下げて頼み込んだ。
そうやって、どうにか仕事を手伝わせてもらえるようになった。
言葉が不自由だから、できるのは力仕事が主だ。
農作物の積み込みや、土木作業の手伝いをする。
ギンは仕事中も、俺のそばにいたがった。
でも聡明なギンは、その時には常識をすでに学んでいた。
子供は大人の仕事の邪魔をしてはいけない。
自然と、ギンは村人と過ごす時間が増えた。
外で仕事を持つ村人に同行して、街にまで出向くようにもなる。
こんなことでギンを傷つけたくないから、仕事のためという名目は崩さない。
街に泊まることもあって、その間は、ギンを家族として迎え入れたいと言ってくれた夫婦にギンを預かってもらった。
その日数が、一日から三日に、三日から一週間に増えていく。
そうやって時間をかけて、少しずつ、少しずつ、ギンは村に溶け込んでいく。
ギンの中で、俺の比重が相対的に薄まっていく。
それを悲しくも思ったけれど、必要なことだった。
いつしか、ギンは村の一員になっていた。
異邦人は、この村で俺一人だけ。
それを見届けてから、俺は村を——ギンの元を去った。
最後にやり残したこととして——
俺は狼の親子と出会った山に舞い戻った。
そして密猟者をふん縛って、密猟の証拠とともにその辺に放り出しておいた。
本当はもっと早くそうするつもりだったんだけど、狼にギンを託されたことで、どうしても後回しにせざるを得なかった。
(こっちを優先したら、狼に怒られるもんな……)
芋蔓式に、仲介組織まで逮捕されたようだ。
かなり脅かしておいたから、新しくこの山を荒らそうとする者は、そうそう現れないだろう。
俺のその行いが、正しいとは思わない。
俺だって獣を狩ることはあるのだから。
俺には正義も、彼らを責める資格もない。
確かに彼らは密猟という罪を犯していたかもしれない。
でもそんなものは、しょせん人間が決めたルールだ。
俺はただ、あの狼を傷つけようとする連中が許せなかっただけだ。
酷く独善的で、恥ずべき行為だとすら思う。
もし仮に向こうに正しさがあって、俺が悪人として糾弾されることになっても、迷わず同じことをしたと断言できるから。
俺は野営しながら、山に仕掛けられた罠を外していった。
あの聡明な狼が、こんなもの引っ掛かるとも思えないけれど、気がかりを残したくはなかった。
「よくもまぁ、こんなに……」
積み上げられ、ちょっとした山を成した罠の残骸を眺めながら、人の業について少し考えた。
(これをどう処分すればいいんだろう……)
まあ、そのうち誰かが見つけて、適切に処理してくれるだろう。
そこまで面倒は見切れない。
これでお役御免だと、山から立ち去ろうとした。
その時、ふと視線を感じて、後ろを振り返る。
少し離れた丘の上——
月を背後に、凛と佇む気高い狼の姿が。
俺と狼は、しばらく見つめ合った。
それだけで、十分だった。
どちらともなく顔を背けると、俺たちはそれぞれ別の方向に向かって歩き出す。
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