第152話 ボス
「ああ、通りで……」
俺は小さく呟く。
モンスターだって生き物だ。
ゲームのようにコピーアンドペーストで生み出されるわけじゃない。
動物と同じく個体差があって、性格の違いのようなものを感じることもある。
ダンジョン内の生存競争に敗れ、種そのものが滅ぶケースも何度も見てきた。
そんな存在が群れをなしているのだ。
社会性があるのは当然として、もう一つ。
モンスターの群れには必ずと言っていいほど統率者が——ボスが存在するのだ。
十階層ごとに待ち構えているボスではなくて、原義の意味での群れのボスが。
そして往々にして、群れの規模とボスの強さは比例関係にある。
「やけに消極的だな、とは思ってたんだ……」
俺がガイアたちが集結するまで待っていたように、ガイアたちもガイアたちで時間を稼いでいたのだ。
ボスが駆けつけるまでの時間を。
(そういや『ボス』って元々オランダ語だっけ……)
そんなことを現実逃避のように考える。
ビリビリと、肌に電流が走るような感覚がある。
俺の視線の先、四階の回廊に、一際大きなモンスターの姿があった。
ただでさえガイアたちは二メートルを超える巨体なのに、そいつは三メートル近い巨躯を誇っていた。
いや、一番の特徴はそこじゃない。
その個体は——腕が四本生えていたのだ。
「……そんなんありか」
”なんかやばそうなんが出てきた……”
”デカすぎやろ。腕も四本あるし”
”ガイアの上位種とか?”
”だとしたら一緒に行動してるの変だと思うけど……”
人間にも個体差はある。
身体能力の差や知能の差なんかが歴然と。
でもそれらはあくまで「人間という枠の中」での差異に過ぎない。
翼が生えた人間や、エラ呼吸ができる人間がいないように、種の枠組みを逸脱することはまずない。
それはモンスターも同じはずだ。
いくら群れのボスとはいえ、あの様相は自然の摂理に反している。
(突然変異、なんて言葉で説明できるレベルじゃないしな……)
もしかしてガイアとは別の種で、共存関係にあるだけだろうか。
その可能性もなくはないけれど、見た目の印象があまりにも近すぎる。
共存関係にあるだけの別種とは考えづらい。
「となると、あれかな。元になった伝承が、多分そういうものなんだろうな」
腕が四本ある絶大な王と、それに付き従う騎士たち。
そんな逸話が、きっと別世界にはあるのだ。
ガイアという種は最初から、女王蟻や女王蜂のような特殊な個体の存在が前提にあって——
「ミスったなぁ……」
別世界のダンジョンの一番の厄介さは、そこかもしれない。
モンスターの元になった逸話を何も知らないこと。
もし別世界人だったら、ガイアの姿を目にした時点で、腕が四本あるボスの存在を想定できていただろう。
なら立ち回りも方針も大きく変わってくる。
少なくとも俺のように、ガイアたちをもっと誘き寄せてから逃走を図ろうなんて、そんな選択はしなかったはずだ。
思いつきすらしないかもしれない。
(まあ俺も、薄々勘づいてたんだけど……)
ガイアたちの様子から、何かがあると。
でもその直感に耳を傾けるタイミングを逃してしまった。
(今からでも逃げ出すか……)
そんなことを考えたけれど、周囲にはたくさんのガイアたちがいる。
この包囲網を突破するのは容易なことではない。
俺が望んだ状況のはずなのに——自分で自分の首を絞めるとは、まさにこのことだ。
「我ながら、馬鹿みたいだな」
自嘲的な笑みが溢れる。
ボスガイアは呑気に自由落下する。
最初の一体の時みたいに、ドロップキックをお見舞いしたかったが、一歩踏み出したところで足が止まる。
そんな不用意な攻撃が通じる相手ではない。
俺がいるフロアに着地し、床が砕けて砂塵が舞う。
縦にも横にも一・五倍くらいのサイズだから、体重はざっと三倍ほどだろうか。
腕が四本あることを考慮すれば、それ以上かもしれない。
その手にはそれぞれ、バリエーション豊かな武器が握られていた。
剣、槍、斧——
武器の形状が行き着く先は、別世界でも似たようなものらしい。
ただ最後の一つだけが、見慣れない武器だった。
おそらくハンマーに近い打撃武器なのだが、棒に槌頭を取り付けているのではなく、杖を湾曲させたような形状なのだ。
強いていうなら、それは……。
「……バールのようなもの」
”すご、どこからどう見ても『バールのようなもの』だ”
”あれが数多のシャッターや金庫をこじ開けてきた伝説の……”
”いやバールではないやろ。形が似てるだけで、釘抜きもついてないし”
”だからこそ『バールのようなもの』なんやろが。釘抜きがついてたらそれはもうただのバールや”
”異世界の武器だったのか。通りで誰も実物を見たことないわけや”
”ちょっとだけ異世界の存在を信じてもいい気がしてきた”
”俺も”




