第147話 芍口
「う〜ん、どうしたらいいんだろうなぁ」
通路を歩きながら、俺は首を捻る。
「実はこの配信って、自発的なものじゃなくて、オランダ政府から指示されてのものなんですよね。なんか俺が特殊ダンジョンのアイテムを着服するんじゃないかって思ってるみたいで。だからどんなふうに振る舞えばいいのか……」
”オランダの管理局は腐ってるって有名だからなぁ”
”日本のダンジョン省も負けてないけどな”
”ジローのおかげでかなりまともになったやん”
”全盛期のダンジョン省はマジでやばかった。オランダの管理局なんて足元にも及ばんレベルで”
”そういや熊野って今どこで何やってんだろ”
”懐かしいな、売国デブ。生きてんのかな”
「あれですかねー。ほら、海外のダイヤモンド採掘場みたいな。こう、何も取ってないことを証明するために逐一、監視カメラに向かって手を見せなきゃいけないんですよ。それと同じように、ドローンに向かって手を見せればいいのかな? こんな感じ? あはは。あ、間違えた。『特殊ダンジョンの内情を公平に世界に発信するため』ってのが建前らしいので、やっぱ今のはなしで」
”口を滑らしたふりして非難するやつかな?”
”嫌味が強烈すぎる”
”いやジローだし、悪意はないんちゃう?
”今のが嫌味じゃないなんてことあるか?”
「いやー、懐かしいなぁ。世界中を放浪してた時、出稼ぎ労働者と間違われて強制労働させられたことがあるんですよ。地下牢みたいなとこに押し込まれて、無理やり共同生活させられて……。その中に一人だけ日本人がいて、他の人とは言葉も通じないから、妙に仲良くなっちゃって。菊田さん、元気にしてるかなぁ」
”嫌味かと思ったらエピソードトークだったんかい”
”さらっと出てきていいエピソードじゃねえぞ”
”なんなんこいつ”
「『売れるものは全部売っちゃったから俺は実質芍口』とかよくわかんないこと言ってて……あれ、どういう意味だったんだろ?」
”いや、その人……”
”もう全部終わっちゃった人のユーモアやんけ”
「すっごい体調が悪そうで……医者を呼んで欲しいって頼んだんだけど、聞き入れてもらえなくて、だから二人で脱走して。菊田さんを担ぎながらだったから命からがらだったけど、なんとか逃げ切って、大使館に保護してもらって。それ以来あっていないんだけど、元気だといいなぁ」
”おかげさまで元気やで。妻と子供もいて、長男だけど二郎って名前にした”
”芍口いるやん”
”ちょっといい話なのムカつく”
通路の突き当たりに辿り着き、階段を登って、扉からボス部屋の中をそっと覗き見る。
相変わらず、異様な神殿だった。
体内を模したような赤黒い壁や床。
モンスターの姿はなく、俺は神殿を横切って反対側の扉に向かう。
扉から一歩出ると、そこには他のダンジョンと変わらない洞窟のような光景が広がっていた。
”おお、これが特殊ダンジョンの先か……”
”なんか普通やな”
”またすぐ登り階段があってボス部屋が連続してるって思ってたのに”
”ん? なんかジロー固まってない?”
”めっちゃ真剣な顔になってるやん”
”え、何? どうしたん?”
分かれ道がいくつかあって、俺は左から二番目の通路をじっと見つめる。
姿は見えないけれど、あの先に何かがいる。
向こうも俺の存在に気づいていて、こちらの様子を伺っているみたいだった。
本能的に後ずさりそうになる。
でもなんとか堪えた。
もし半歩でも下がったら、相手は俺を捕食対象だと認識するだろう。
だから泰然として(あくまでそのふりだけど)、ただじっと相手の出方を伺った。
時間にしては、ほんの数秒だろう。
音もなく相手が離れていくのがわかった。
俺はほっと息をつく。
「やっば……あんなのがゴロゴロいるんだろうなぁ、ここには。警戒して引き下がってくれたから良かったけど、ちょっと心が折れそう」
”え!? なんかいたん?”
”こわ……”
”睨み合って追い払うジローもジローやけどな”
”てかジロー君さぁ、急に真剣な顔するのやめてくれない?”
”ヘラヘラ間抜けな顔でアホな話してたかと思ったら、あんなガチ顔……”
”はぁ〜、ほんま大好き”




