第146話 特殊ダンジョン配信
「あ、そうだ。配信しなきゃいけないんだった」
オランダ政府とそういう取り決めをしたとアマンダが言っていた。
思い出してよかった。
俺が恥をかくだけなら全然いいけど、アマンダの顔に泥を塗るわけにはいかない。
俺はマントの下から球体ドローンを取り出す。
いつも使っている俺の相棒だ。
「起動」
そう声をかけると、球体の一部が開きカメラレンズが露出する。
重みが消え、すいと浮かび上がった。
相変わらず、単眼動物が目を覚ましたような印象を受ける。
「…………」
そんなドローンが、至近距離から俺をじっと見つめてくる。
広角にすることで接写を可能にしているのだろうけど、俺の目線からだと瞳孔をガン開きにして睨み付けられているように感じる。
「ちょ、近い近い。もっと離れて」
ドローンは二センチほど後ろに下がった。
「いや、あの、もっと……」
また二センチほど下がるドローン。
妹たちからのSOSを受け、一度ダンジョンに置き去りにしてしまったことがある。
それ以来、ずっとこんな感じだ。
人工知能が搭載されているらしいから、きっと変な学習をしてしまったのだろう。
もちろんそれだけなのはわかっているけれど……意思というか人格というか、なんかその手のものが宿っているように感じてしまう。
春奈ちゃんに相談したら、
「じゃあこれまでの学習をリセットしますか?」
と解決案を提示してくれた。
でも俺は断った。
それはなんだか、とても寂しい。
これまでずっと一緒にやってきたのだ。
「ごめんって。もう置き去りにしないから」
「…………」
三秒ほど間があってから、適切な距離にまで離れる。
俺はほっと安堵の息をついた。
「じゃあ配信お願い」
「ピッ」
電子音で返事があった。
”うおぉぉおおおお!!! ジロォオオオオオオ!!!”
”キタァアアアアアア!”
”ずっと待ってた!”
”命懸けで遺体を回収したって聞いてマジで感動した! 一生応援するぞ!”
俺はドローンに向かって手を振る。
「どうも、ジローで〜す」
”同接の跳ね上がり方よ。確実に過去一やんこれ”
”コメントの流れが早すぎる”
”俺のなけなしの投げ銭が、逆バンジーばりの速度で消えてった”
”出遅れた……通知が来てすぐに開いたのに。配信直後からコメントしてる人ってどうやってんの?”
”ガチ勢はジローの配信を観る用の端末を用意して常に配信ページを開いてる”
”マジかよ”
”ジラーの間じゃ「通知が来てから観るようじゃニワカ」とか言われてるからな”
「こんにちは〜」
”あの異形の神をどうやって倒したのか詳細を聞かせてっ。いくらUDと手を組んだからって、さすがに……”
”倒したのは異世界人らしいけどな”
”どう考えてもデマやろ。さすがにわけがわからん”
”オランダ政府が正式に発表してるぞ”
”「ジローたちがそう主張している」みたいな発表の仕方やったやん。オランダ政府もかなり疑ってる”
”でも特殊ダンジョンで異世界人の持ち物が見つかったって話だし”
”そんなんいくらでも偽装できるやろ”
”なんのためにそんな偽装すんねん”
”知らんけど。でもUDがジローを迎え入れたのも、この時のためなんじゃないかって噂もあるし”
”まーた陰謀論か”
”だって意味わからんやん。せっかく絶妙なバランスで成り立ってたのに、わざわざジローを勧誘するなんて。トランプタワーのテッペンに漬物石を置くようなもの、とか言われてるし”
”それを成り立たせるアマンダはマジでやべーな”
”ジローはUDに加入したわけではないけどな”
”同じようなもんやろ”
”やっぱ何か企んでるんかね”
”単純に「ジローが好きでそばにいたいだけ」みたいな話もあるけどな”
”アマンダってレズビアンなんじゃないの?”
”牧歌的な噂を意図的に流して批判を減らそうとしてるだけやろ”
”それはそれで陰謀論っぽいけどな”
”情報と憶測が飛び交いすぎててマジで意味わからんくなってる”
”頼むジロー! 本人の口から真実を語ってくれ!”
「……ん? こんにちは?」
俺は首を傾げる。
「そういや日本だと、今何時なんだろ。下手したら夜中ですよね。すみません、いきなり変な時間に配信して」
”そんなんどうでもいいねん!”
”何を今更”
”まともな時間に配信始めることの方が稀やんけ”
”そもそも世界中に視聴者いるしな”
”新着通知で飛び起きて寝ぼけながら観てます”
「というのもですねぇ。ふふ、これ聞いたら多分、ひっくり返っちゃうと思うんですけど……実は俺、今オランダに——特殊ダンジョンに来てるんですよ!」
”知っとるわ”
”ジローと俺たちの温度差が酷い”
”ジローもテンションは高いんやけどな”
”こいつ、特殊ダンジョンでもこんな感じなんか”
”いつものジローで安心するっちゃ安心するんだけど……”
「嘘じゃないですからね? ほら、見てくださいよ、この通路。ここ最近話題になりまくってたから、見覚えあるんじゃないですか?」
”お前もその話題の中心にいるんやぞ。なんで自覚がないねん”
”もどか死しそう”
”頼むから、特殊ダンジョンでくらいは大人しくしてくれよ……”
”授業参観前日にオカンから全く同じこと言われたことあるわ”
”ごめんな母ちゃん、心労ばっかかけて。こんな気持ちやったんやな”




