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第145話 自然、観察キット

 ヒャッハー!

 ダンジョンだ〜!


 テンションが一気にぶち上がる。

 頭が一瞬パーになりかけたけれど、ぶんぶんと首を振ってなんとか正気を保った。

 ここには遊びに来たわけではないのだ。


「……でもなぁ」


 改めて周囲を観察してみる。

 この光景を目にして、テンションが上がらない方がどうかしている。


 別世界のダンジョンに足を踏み入れるのは、これで二度目だ。

 でもあの時はユリスたちの遺体を回収するという使命があったし、別世界人の脅威もあった。

 なにより今は人の目がない——俺は一人きりなのだ。

 もちろん今回だって目的はあるし、未知のダンジョンに対する恐怖心だって確かに俺の中にある。


 とはいえ。

 そう、とはいえだ。

 ちょっとワクワクしちゃってる自分がいるのもまた事実。

 そこから目を背けたって仕方がない。


「だってこれはさぁ」


 王城の地下通路のような一本道。

 ダンジョンに潜っていると、たまに人工物のようなものを見かけることがある。

 ずっと遠くで滅んだ都市の残骸が、波にさらわれ流れ着いたような——

 いわゆる『ダンジョン文明』なんて呼ばれているやつだ。

 深層に行けば行くほど目にする頻度が増えるのだけど、こんなふうに原型を留めたものは初めてだ。


 俺は自然をこよなく愛しているけれど、だからといって人工物を嫌っているわけではない。

 世界中を転々としていた頃、廃墟を見かけたら嬉々として探検していたし、根城にもよくしていた。

 人工物も自然と同じくらい愛している——というよりは、人工物もまた自然の一部だと認識している節が俺にはあった。


 ビーバーが作ったダムや、像がミネラルを求めて掘り進めた洞窟が自然の一部なのだ。

 それなら鉄筋コンクリートの高層ビルや、森を切り開いて作ったゴルフ場もまた——いや、それどころか核戦争が起きて、地球が放射線に侵されたとしても、それすら自然の一部なのではないか。

 俺はそんなふうに考えている。

 もちろん良し悪しは別にしての話だけど。


 よく言われる環境保護や自然保護なんかも、結局のところ「人間にとって都合のいい環境の保護」「人間にとって都合のいい自然の保護」にすぎなかったりするし。

 じゃあそういう活動がダメなのかと言えば、もちろんそんなことはない。

 人類の間でそういう活動が起きることもまた、自然の一部なのだ。

 俺にとって、自然とはそういうものだった。

 人間が何をしでかしたところで、その全てを包み込んでしまうような。


(まあ、これを人工物って言っていいのかは微妙だけど……)


 きっとここにも、ラストのような存在がいるのだろう。

 ダンジョンを作り上げ、管理している誰かが。


(……いや、それを言ったら世界だってそうなのか)


 ふと小学校の理科の授業を思い出す。

 蟻の観察キットが配られて、教室で蟻を育てることになったのだ。

 給食の班ごとに分かれ、俺は確か三班だったと思う。


 最初こそ楽しそうにしていたクラスメイトたちだったけれど、みんなすぐに飽きて見向きもしなくなってしまった。

 そんな中、俺だけがせっせと蟻の世話をする。

 今思えば、ついでに他の巣の世話もしておけばよかった。

 でも当時の俺は今以上に自意識過剰で「怒られるんじゃないか」とか「迷惑がられるんじゃないか」とか考えて、手を出すことができなかった。


 教室の後ろの棚に、ほんの数センチの隙間を開けて、ずらっと並べられた蟻の巣たち。

 カビが生えてしまったもの。

 女王蟻が死んで滅ぶことが決定しているもの。

 共食いしてかろうじて生き延びているもの。

 ダニが繁殖して、もう別の観察キットみたいになっているもの。


 そんな中で三班の巣だけが大きく発展し、蟻の数も増え、生き生きと動き回っていた。

 そのことに、なんとなく罪悪感を感じたことを、今でもよく覚えている。

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