第144話 やる時はやる男
簡易拠点を出る。
遮蔽物がないから、ここからでも目に入った。
縦三メートル、横五十センチほどの、世界の亀裂。
別世界のダンジョンも、ゲートの形状は変わらない。
それとも、この世界と接するゲートが同じ形をしているってだけだろうか。
もしかしたら別世界と接するゲートは、円形だったり星型だったりするのかもしれない。
なだらかな丘を登り、ゲートに近づいていく。
後ろを付いてくるみんなの気配。
見送りはいいと言ったんだけど、キッパリと断られてしまった。
(この辺りで、あのフルメイルを見かけたんだよな……)
あの時の衝撃は、今も忘れられない。
それも当然のことで、あれからまだ数日も経っていないのだ。
あのフルメイルを思い出すと、感謝に近い感情が湧いてくる。
彼は——もしかしたら彼女かもしれないけれど——踵を返して立ち去ったのだ。
あの時襲われていたら、多分みんなを守れなかった。
(……戦いたくないなぁ)
そう考えてから、自分があのフルメイルに好感を抱いていることに気がついた。
間違っているって自分でも思うけれど、どうしようもない。
それをするだけの力がありながら、大切な人たちを傷つけないでいてくれた。
好感を抱くには十分すぎる。
(ああ、だからこんなに怖いのか)
そんな相手を、殺してしまうかもしれないことが。
ゲートの前に立つ。
別世界の目的が本当に侵略なのであれば、世界の命運は俺にかかっていると言っても過言ではない。
(でもなぁ……)
頭では理解しているつもりだけど、未だにピンときていなかった。
俺がなんの成果も得られないまま命を落としたところで、他の誰かがなんとかするだろう、みたいな思いが消えない。
俺の生き死にが、世界に大きな影響を与えるとはどうしても思えないのだ。
でもみんなが言うには、俺は相当強いらしい。
いや相当どころか——最強と。
確かに若い頃にバリバリ鍛えていたから、身体能力にはそれなりに自信があるけれど……。
(……俺が最強?)
いくらなんでも、大袈裟すぎる。
でも思い当たる節がないでもないのだ。
例えばギンのこと。
彼女はSランクの冒険者だという。
本来なら最高位のはずのAランク冒険者。
でも次第に従来の基準には収まりきらない、突出した傑物が現れ始め、彼らにはAのさらに上、Sランクの称号が与えられるようになった。
「Sランク冒険者」の発祥は日本のネット界隈だと、どこかで聞いたことがある。
そもそもAランクの上にSランクがくるのは、日本だけなのだとか。
世界的には普通にAランクが最上位で、国際基準もそれに準拠していた。
でもなんか日本に冒険者登録もせず、めちゃくちゃする奴がいたらしくて、ネット民たちがその人物を「Sランク」と呼んで持て囃していたらしい。
それが輸出される形で、Sランクが正式に作られた。
(……ん?)
その話を聞いた時、「そんなに強いなら、冒険者登録すればいいのに。何考えてるんだろ、その人」とか思ったものだけれど、これまでの話を総合してみると……。
(あれ? それって俺じゃね?)
もしかしてSランクの産みの親って俺なのか?
ただのキャンプ好きなのに?
まあ、ことの真偽は置いとくとして。
ギンがSランク冒険者だって知った時、俺は失礼にもこう思ってしまった。
「ギンが?」と。
でも俺はそのことを、あまり深く考えなかった。
そもそも俺は冒険者じゃないんだし、関係のない話だと。
でも冷静に考えて、ギンがSランクなのだとしたら、俺は……。
(う〜ん。それでもやっぱり、ピンと来ないなぁ)
ふと、父の姿を思い出す。
俺の中に眠る、先天的に備わっている力。
(……あの時、父さんはなんて答えようとしてたんだろ)
——父さんが望むエンディングって。
——そりゃあれだよ。
ギンが俺を呼びにきたことで、最後まで聞けなかった。
でも父は、こう言いかけていたのだ。
世界——
続く言葉は、なんだったのか。
征服、侵略、拡張、滅亡。
嫌な単語ばかりが頭に浮かぶ。
(世界平和とかだったらいいのになぁ……)
なんて、それこそ平和ボケしたことを考えてしまう。
「ジロー?」
声に振り返ると、みんなが不安そうに俺を見ていた。
ゲートの前で固まった俺に、心配になったようだ。
「ああ、大丈夫。なんでもないよ」
ぐだぐだ考えるのはやめにしよう。
世界のことも、父さんのことも、今はいい。
考えたところで答えが出るものでもないし、これまでの人生経験から、こういう時は考えれば考えるほど、ろくな結果にならないものだ。
今大切なのは……。
みんなとの約束を守る、それだけだ。
——生きて必ず帰る。
「じゃあ、行ってくるよ」
みんなにそう声をかけ、俺は別世界のダンジョンに足を踏み入れた。
*
お兄さんの背中がゲートに呑まれ、途端に不安感が押し寄せてくる。
「……あの」
私は隣に立つアマンダさんに声をかけた。
「ん? なんだい、春奈」
「本当に、一人で大丈夫なんでしょうか?」
そう尋ねてから、自己嫌悪が湧いてくる。
今更こんなことを尋ねるなんて、我ながら卑怯だ。
私は戦闘に関して、ズブの素人だ。
端的に言って役立たず、足手纏いにしかならない。
じゃあ他のどの分野なら役に立つのかと聞かれると、とても困ってしまうのだが、それはともかくとして。
お兄さんが心配だからって「付いて行く」なんてとても言えなかった。
みんなに「付いて行け」とは、もっと言えなかった。
私はただ、みんなの判断を信じただけだ。
勘違いしてほしくないのは、私は別に責任転嫁をしたいわけじゃない。
本当は反対だった、なんて後で言うために、予防線を張っているわけでもない。
お兄さんの判断を、みんなの判断を、私は信じた。
それは私の選択であり、私の責任だ。
他の誰にも譲るつもりはない。
だから本当なら、こんな問いは口にするべきではないのだ。
でもどうしても、一人で抱えていることができなかった。
それにアマンダさんなら、きっと受け止めてくれるだろうっていう思いもあった。
要するに、私は彼女に甘えているのだ。
そんな私の胸中を察してか、アマンダさんは優しく微笑み、
「大丈夫だよ」
と断言した。
「春奈だって、知ってるだろ? ジローはやる時はやる男だって」
その言葉だけで、自分でも不思議なほど、不安感が薄れた。
私だけではない。
アンリもギンも、私と同じ想いのようだ。
言葉にしなくても、そのことが伝わってくる。
私たちはお互いの気持ちを共有するように、視線を交わし、深く頷きあった。
キャスパー博士だけが「なんやこいつらきも」みたいな白けた顔をしていたけれど、それは仕方のない話だ。
だって博士はお兄さんの魅力を、まだまだ十二分には理解していないのだから。
けれど——
私たちはその日、思い知らされる。
恋は人を盲目にすることを。
ジローはやる時はやる男だが、それ以上に、やらかす時はマジでやらかす男であることを。




