第138話 常にちょっと罪悪感を抱いてるくらいがちょうどいい
質問責めにされながら、俺はもそもそと食事を口に運ぶ。
量はあまり多くなかったから、すぐに食べ終えてしまう。
ちょっと食べ足りないなー、なんて思っていたら、
「おかわりもあるよ」
とアマンダが声をかけてくれた。
「あ、じゃあお願い」
「全部?」
「パンがほしい」
「オーケー」
アマンダがパンをトースターに放り込む。
小麦の焼けるいい匂い。
キャスパー博士が気味悪そうに俺を見ていた。
「……お前、よくこの状況で食べれるな」
「え? だって食べながらでいいって」
「確かにそう言ったけどよぉ……」
博士がやれやれと嘆息した。
「なんかキレてる私が悪いような気がしてきた」
それからすぐに表情を改め、
「いや、んなわけがねえ。どう考えてもお前が悪い」
と研究者らしい客観性を見せる。
「自覚しております……」
「反省は?」
「反省もしております……」
「そうは見えねえんだよなぁ」
ポリポリと頭を掻きながら、
「こういうの、日本語でなんていうんだっけ?」
「暖簾に腕押し」
「糠に釘」
アマンダとギンが間髪入れずに答えた。
「もっと侮蔑的なニュアンスがほしい」
「う〜ん、そうだね……」
「蛙の面に小便、みたいな言い回しもありますよ」
春奈ちゃんの言葉にアマンダが笑う。
「それはいい、キャスの十八番じゃないか。試してみたら? 蛙には効かなくても、ジローには意外と効くかも」
「おい、小便かけられたくなきゃ、起こったことをありのまま話せ」
博士が変な脅しをかけてくる。
なんかおしっこ漏らしたことが持ちネタみたいになっているけど、それでいいのだろうか。
小便をかけられるのは嫌なので、ありのままを話す。
そもそも最初から悪意を持って隠していたわけじゃないし。
本当に、どう切り出せばいいのかわからなかっただけなのだ。
ダンジョンの管理人なんて、そんな荒唐無稽な話……。
(いや、それが間違ってるのか)
信じてもらえないと思ったから。
でもそれは、俺がみんなを信じていなかったのと同義なのだ。
「……ごめん」
自然と謝罪の言葉が出てくる。
「本当に悪気はなくて……いきなり『ダンジョンの管理者と会った』なんて言ったら、頭がイカれたって思われるんじゃないかって、それで……」
「何言ってるんですか、お兄さん」
春奈ちゃんが呆れたように言う。
「『イカれた』なんて思うわけないでしょ」
「そ、そうだよね」
「そうですよ。『いつも通りだなー』って思うだけです」
「そっちのが酷くない?」
それじゃあまるで、俺が元々イカれてるみたいじゃないか。
キャスパー博士が渋面を作る。
「まあ、でもそうか。別世界のことや、お前らの父親のことがなかったら、管理者なんて話は到底信じられなかったかもな。お前の口が重くなるのも、無理はない気がする」
「博士……」
「だが許さん」
「えぇっ!?」
「なんとなくだけど、お前は常にちょっと罪悪感を抱いてるくらいがちょうどいい気がする」
なんだ『常にちょっと罪悪感を抱いてるくらいがちょうどいい』って。
そんなこと言われたのは初めてだ。
新感覚すぎて、それがどのレベルの暴言なのかもわからない。
俺こんなこと言われちゃいましたよ、みたいな感じで肩をすくめながら周りを見ると、確かに一理あるなって感じでみんな頷いていた。
もしかして今のは暴言じゃなくて、的を射た指摘だったのだろうか?
そんなことある?
常にちょっと罪悪感を抱いてるくらいがちょうどいい人間なんて、この世にいていいのだろうか。
別世界にだっていちゃいけない気がする。
ともかくもう本当に隠し事をする気なんてなくて、むしろ話を聞いてもらえることに喜びすら感じた。
ラストに申し訳ない気もしたけれど……。
俺は常にちょっと罪悪感を抱いてるくらいがちょうどいいらしいから、まあ問題ないだろう。
食後にはフルーツが出てきて、春奈ちゃんとギンが「ぐぬぬっ」って感じでそれをアンリに譲っていた。
なんとなく「俺も譲ったほうがいいのかな?」みたいな気持ちになったけれど、食べたかったから何も見なかったことにした。
春奈ちゃんが人数分のコーヒーを入れてくれる。
アンリが二口だけ飲んで残したから(一口目はブラックで二口目は砂糖とミルクを入れて)、俺が二杯飲んだ。
一から全部を詳細に話し終えると、キャスパー博士はソファに深く腰掛けて放心状態になった。
目つきの悪さはどこへ行ったのか、ほけぇっと間の抜けた顔をしている。
「フリーズしちゃった」
「さすがにねぇ」
アンリと春奈ちゃんがそんなことを言う。
俺も同じようなことを考えていたんだけど、
「そうじゃない」
とギンが言った。
「むしろ逆だ」
「逆?」
アマンダが言葉を継ぐ。
「それだけ考えに没頭してるんだよ」
表情の管理すらできなくなるくらいにね、と。
さすがは世界一有名なダンジョン研究家。
彼女もまた、間違いなく天才なのだ。
俺もキャンプ中なんかに、よく自分の世界に入り込んじゃうことがあるけれど、あのレベルの没頭は経験したことがない。
「すごいなぁ」
感嘆が口をついて出る。
半分は博士への素直な称賛で、もう半分はアマンダとギンに対するものだ。
俺たちもキャスパー博士とは仲良くさせてもらっているけれど、やはり二人の方がずっと博士のことを理解している。
単純に付き合いの長さもあるんだろうけど……。
俺はアンリや春奈ちゃんのことを、同じくらい理解できているだろうか、なんて考えてしまう。
それは他人への関心や、人を尊重することと同じ話だ。
「とりあえず十分くらい様子を見てから起こそうか」
「え? せっかく没頭してるなら、そっとしといた方が……」
「キャスはああなると、自分の尿意にすら気付けなくなっちゃうからね。コーヒーの利尿作用もあるし、十分以上は危険だ」
「ああ……」
それは経験者の口ぶりだった。
ギンも、うんうんと実感を込めて頷いている。
通りで漏らしたことが持ちネタになるわけだなぁ、なんてキャスパー博士への理解が少しだけ増した。




