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第135話 馬乗り

 ふと意識が覚醒する。


「ふっ、ふっ……」


 なんだろう、この音は。

 風の音……いや、誰かの呼吸音だ。

 私は寝ぼけながら、音がする方に視線を向ける。


 隣のベッド、仰向けのお兄さんに、誰かが馬乗りになっている。

 その人物は長い金髪を振り乱しながら、体を上下に揺らし、荒い呼吸を繰り返していた。


 それだけ聞くと、なんだかいけないことをしているみたいだが……。

 いや、実際にいけないことをしているのだ。

 だってその人は——満身の力を込めて、お兄さんの首を絞めているのだから。


「ひっ」


 その鬼のような形相に、短く悲鳴をあげてしまう。

 ギロリと睨まれ、ちょっと漏らす。

 だが彼女は私のことなど無視して、なおもお兄さんの首を絞め続けた。

 金髪の少女——いや少女ではない。


「……キャスパー博士」


 名前を呼んでも彼女はもう、こちらを見ようともしなかった。

 お兄さんはぐったりとしている。


(まさか、死んで……)


 なんて思ったけれど、そんなわけがなかった。

 スヤスヤと眠っているだけだ。

 キャスパー博士の細腕では、お兄さんを起こすことすらままならないようだ。

 それがさらに逆鱗に触れたようで、


「ウガァアアア!」


 彼女は絶叫しながらお兄さんの顔に拳を振り下ろす。

 ガンガンと何度も何度も。


「えっ!? な、なに!? 地震っ!?」


 さすがのお兄さんも飛び起きる。

 殴られたから……というよりも絶叫に驚いたからだろう。

 ダメージなんて微塵もなさそうだし、むしろキャスパー博士が、


「うぎぃっ」


 と半泣きになりながら自分の手を押さえていた。

 それでも怒りは収まらなかったみたいで、お兄さんの襟首を掴んでガクガクと前後に揺らし——たかったんだろうが、お兄さんの体幹は全くブレず、逆にキャスパー博士がヘッドバンキングしているみたいになっていた。

 彼女は構わず叫ぶ。


「テメェ、ふざけんじゃねえぞゴラァ! んなヤベェこと黙ってやがりやがって! 何がダンジョンの管理者だ! テメェを官吏(かんり)にしてやろうか、アァ!?」


 言葉が乱れまくっていた。

「テメェを官吏にしてやろうか」とは「ちんこ切り落としてやろうか」みたいな意味だろう、多分。

 それは宦官(かんがん)だと思うのだが……まあ似たようなものか。


 そのブチギレっぷりに気圧されていると、アマンダさんがベッドから降りて、キャスパー博士の襟首を掴んだ。

 そして朝蜘蛛みたいに窓から放り捨てる。


「……やかましい」


 意外と寝起きが悪いタイプみたいだ。

 瞬間移動でもしたのかってレベルの速さで仮眠室の扉がバァン! と開き、キャスパー博士が戻ってきた。

 放り投げられて多少は冷静になったみたいだけど……。

 それでもまだ、こめかみには青筋が浮いていた。


 気持ちはわかる。

 キャスパー博士がキレているのは、ラストヘイブンダンジョンの管理者(ラストさんだっけ?)のことをお兄さんが黙っていた件だろう。

 私たちは別世界からの来訪者やダーリンさんの襲来やらでいっぱいいっぱいだったけれど、遠くから駆けつけたキャスパー博士には、怒りを募らせるだけの時間と心理的な余裕があったのだろう。


(考えてみたら、お兄さんがしたことってやばいもんね……)


 そりゃブチギレもする。

 キャスパー博士は床を指差した。


「四つん這い」

「……え?」

「四つん這いになれって言ってんだよ!」

「は、はいっ」


 言われるがまま、お兄さんはベッドを下りて四つん這いになる。

 その背中に、キャスパー博士がどかりと腰を下ろした。


「ちょっ、何してんのっ!」

「おい、キャス! お前……」


 アンリとギンがすぐに突っかかる。

 キャスパー博士は面倒くさそうに、しっしと手で払う仕草をした。


「あとで変わってやっから、黙ってろ」


 二人はむぐっと口をつぐむ。


「ま、まぁ、それなら……」

「別にいいけど……」


(別にいいんだ……)


 ちなみに私は突っかかったりしなかったんだけど、私もあとで変わってもらえるのだろうか?


 お兄さんは着痩せするタイプで、意外と体格がいい。

 その空いたスペースに、アマンダさんが当たり前のように腰掛けた。

 キャスパー博士と背中合わせになるような形だ。


 アンリとギンが、順番抜かしに文句を言おうとする。

 そんな二人を私は宥めた。


「まぁまぁ。いいじゃん、年功序列ということで。それにこういうのって、最後の方が長く楽しめるものだしさ」


 即興で理屈をこねくり回す。

 突っかかっていないアマンダさんが腰掛けたことで、必然的に私にもその権利が生じたのだ。

 少なくとも私はそう解釈した。


「呼び出して悪かったね、キャス」

「呼ばれなくても来るわ」

「それもそうか」

「最初からついて来なかったことを後悔してる」

「君の見解を聞かせてもらえるかい?」

「見解も何もねえよ、こんなもん」


 背中合わせのまま、視線も合わさず会話する二人。

 なんかめちゃくちゃ絵になっていた。


 大柄で鷹揚とした雰囲気のアマンダさんと、小柄で目つきの悪いキャスパー博士。

 そのコントラストが絶妙で、このまま絵画として成立しそうなレベルだ。

 椅子がお兄さんじゃなければの話だが。


「……お兄さん、今どんな気持ちなんだろ」

「わけわかんなすぎてフリーズしてるんじゃない?」

「まあ、そうだよね」

「オレは二度寝してそうな気がする」

「あぁ〜、それもありそう」

「春奈はどう思う?」

「意外とブチギレてたりして」

「えぇ〜、お兄ちゃんが?」

「さすがにないだろ」

「じゃあ意外と興奮してるとか」

「う〜ん……」

「まぁ、ブチギレてる可能性よりは多少……」

「大穴狙いの興奮にデザート三日分」

「じゃあ私はフリーズで」

「オレは二度寝」

「ちょっと確認してくるね」


 私はお兄さんの正面に回り、顔を覗き込んだ。

 それからすぐに二人の元に戻って、


「虚無虚無。昔部活でやってたんかってレベルで椅子に徹してる」

「フリーズかぁ……」

「やったね」

「私のデザートが……」


 どういう状況なんだろう。

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