第134話 ベッドシーン
全員がシャワーを浴びると、今度は寝床の問題に直面した。
この簡易拠点にはベッドが二つしかないのだ。
スペースの問題もあるだろうし、そもそもここで寝泊まりすることを想定していないのだろう。
あくまで仮眠のために用意されたものなのだ。
「じゃあ私とジローがこっちで、三人はそっちのベッドを使って。ジローの腕枕で寝るから、枕も使っていいよ」
「ふざけんな」
「それだけは許さん」
「ボス、さすがに笑えないです」
アマンダさんの言葉に揃って反論する。
「大柄な二人と、小柄な三人で分かれるのは、理にかなってると思うけど?」
「私もギンも小柄じゃないですよ」
「でも体格順に並べば、そうなるじゃないか。もっといい分け方があるなら教えて」
「…………」
通したい要求に対し、即興でここまでの理屈が出てくるのだから、やはり頭の回転が段違いだ。
まともに議論して勝てる相手じゃない。
というか私がアマンダさんに勝てる分野なんて一つもないんだけど。
それでも、私にだって譲れないものはある。
虚勢を張るために、ぐっと胸をそらした。
「そもそも、理屈の話なんてしてないんですよ。こっちは今、百パーセント感情で喋ってます」
「ほう」
活路はこれしかない。
全部を感情論で押し切るしか。
アマンダさんに忠誠を誓うギンと、口喧嘩にめっぽう弱いアンリが、「そうだそうだ!」「もっと言ってやれ!」と私の背中に隠れながらヤジを飛ばす。
私とアマンダさんが火花を散らしていると、お兄さんがおずおずと話に入ってきた。
「いや、あの。俺普通に隣の部屋の床で寝るから、二人ずつに分かれて寝たら……」
「部外者は黙っててもらえるかい?」
「わけのわからないこと言わないでください、お兄さん」
「あ、はい。ごめんなさい……」
理不尽に叱られ、シュンとするお兄さん。
部外者呼ばわりまでされたのに、怒った様子が全くない。
それどころか本気で反省しているようにすら見える。
その純真さというか、邪気のなさが心配になるのだ。
(守りたい、このションとした顔……)
まあシュンとしたのは私のせいでもあるんだけど、それはともかく。
私とアマンダさんは舌戦を繰り広げる。
勇気を奮い立たせて、一歩も引くことなく、理屈を感情でねじ伏せる。
背後からヤジだけ飛ばしまくるアンリとギンが邪魔で仕方なかった。
真に恐れるべきはなんとやらだ。
でも本来なら足を引っ張るはずの苛立ちが、感情論だけを武器に戦う私にとって奇跡的にバフとなる。
呪いが反転し力が増すタイプの敵キャラみたいな気分でワーワーと騒ぎ立てていると、そんな私に辟易としたのか、
「わかった、わかったよ」
とアマンダさんが降参するように両手を上げた。
「じゃあこういうのはどう? 誰と一緒に寝るか、ジローに決めてもらうんだ。それならフェアだし、文句もないよね?」
「…………」
確かにそれは、悪くないかもしれない。
アンリもギンも異存はなさそうだし。
「……それなら、まあ」
なにより——私が選ばれる可能性も、ゼロではないのだ。
アンリもギンも同じように考えているのがわかる。
「そういうことだから、ジロー」
「え?」
部外者として、隅っこの方で所在なさげに佇んでいたお兄さんに、アマンダさんが問いかける。
「私たちの中の、誰と一緒に寝る?」
緊張と期待。
でもお兄さんのことだから、きっとテンパるだけで一人を決めることなんてできないだろうな……なんて考えていたのに、意外とあっさり返事があった。
「じゃあアンリで」
「えぇっ!!?」
爆発音みたいな声量でアンリが叫ぶ。
「わ、私っ? 私でいいのっ!?」
「アンリでいいっていうか、アンリがいいっていうか」
「うぇっ?」
真っ赤になって絶句するアンリ。
それからモジモジとし始めて、
「な、なんで私なの……?」
「いやだって兄妹だから別に、同じベッドでも……」
「あ……そ、そうだよねっ、そうじゃんっ、その通り!」
恥ずかしい勘違いを誤魔化すみたいに、やけにハイテンションで捲し立てる。
「ああ、そっか。確かにそうなるか。盲点だった……」
アマンダさんが悔しそうに顔を歪める。
「まあでも、これは仕方ないね……」
私も、おそらくギンも同じ思いだ。
アンリなら仕方がない。
というか、それが一番いい落とし所だ。
それに——
「なんか久しぶりだね、こういうの」
「そうだね。子供の頃はよく一緒に寝てたけど」
「一緒に寝てたっていうか、アンリが毎晩俺のベッドに潜り込んできてたんじゃんか」
「そ、そうだっけ?」
なんて二人のやりとりが微笑ましくて、文句のつけようもなかった。
アマンダさんも暖かい目を二人に向けている。
「さ、私たちも寝ようか」
「そうですね」
「はい、ボス」
と——
なんかめちゃくちゃ自然に、アマンダさんと同衾することになっていた。
それも今更断れない流れで。
(……あれ?)
アマンダさんがベッドの中央に横になり、その左右に私とギンが寝転ぶ。
しかもアマンダさんの腕枕でだ。
「ちょ、近すぎませんか……」
「仕方ないじゃないか。シングルベッドなんだし、枕の数も限られてるんだから」
「それは、そうですけど……」
なんかこれ、結局アマンダさんの一人勝ちのような……。
すっと背筋が冷たくなる。
(もしかしてアマンダさんの狙いって、最初から……)
ドア・イン・ザ・フェイス。
確か、そんな名前だったはずだ。
まず最初に到底受け入れられない大きな要求をすることで、その次の本命の要求を通しやすくする、みたいな心理テクニック。
お飾りとはいえ大企業の社長なのだ。
その程度の知識はある。
(いやでもさすがに、そんなはず……)
最初から最後まで、アマンダさんの手のひらの上だったなんて。
あの舌戦や、アマンダさんを(感情論で)言い負かした満足感すらも——
(そ、そんなわけないっ。そんなわけ……)
私が混乱していると、アンリが隣のベッドから降りてくる。
どうしたんだろうと思っていたら、
「や、やっぱり私も、こっちで寝る……」
と真っ赤な顔で。
お兄さんとの添い寝に耐えられなかったようだ。
アマンダさんが自分とギンの間にスペースを作った。
「じゃあここにおいで」
アンリとアマンダさんの関係は、出会った当初に比べるとかなり良好になっている。
他のメンバーと比べると、まだちょっと距離感があるけれど、普通に会話もするしギクシャクした感じもない。
でもアンリは私と違って、ボディタッチやスキンシップを一切許さなかった。
アンリの警戒心が強いのか、私がチョロいだけなのか……まあ多分その両方だ。
とにかくそんな保護猫みたいなアンリが、言われるがままアマンダさんとギンの隙間にスポッと収まったのだ。
それだけお兄さんとの添い寝で動揺したのだろう。
私は戦慄する。
(まさか、そこまで計算して——)
とんでもない。
何が「多元宇宙一は名乗れない」だ。
少なくとも変態性においては間違いなくその域にいる。
私はアマンダさんの腕の中で震え上がった。
でも嫌な気持ちにはならないのが、アマンダさんの不思議なところだ。
これも包容力というのだろうか?
なんか私側の許容範囲がガバガバになっているだけのような気もするけれど……。
ともかく。
私個人は非力で平凡な人間だけど、別世界の問題から目を背けていい立場にはいない。
お飾りとはいえども、ダンジョンリンク社の社長なのだから。
別世界の脅威と真正面から向き合う義務がある。
自覚している以上にプレッシャーを感じていたのだろう。
こうして密着し、アマンダさんの大きく確かな心音を聞いていると、安らぎすら覚えた。
ああ今私は守られていて、何も恐れることなんてないんだ。
そう思わせてくれる。
アンリもギンも手の届くところにいる。
すぐ後ろにはお兄さんだっている。
ベッドは並んで置かれていて、その隙間は三十センチほどしかないのだ。
肩越しに振り返ると、お兄さんがクースカーと気持ちよさそうに眠っていた。
配信を見ていればわかるけれど、お兄さんはとにかく寝付きがいいのだ。
ダンジョンの中ですらすぐに寝れるのだから、ベッドに横になったらそりゃ秒だろう。
その姿が微笑ましくて、私は小さく笑った。
それからなぜか、目頭が熱くなった。
アマンダさんが頭を撫でてくれ、私は彼女の胸に顔を埋める。
この世界が侵略されて滅ぶかもしれないなんて、とても信じられない。
信じたくない。
私の性格的に、面識のない人であろうと見て見ぬふりなんてできないだろうし、その現実から目を背けていい立場にもない。
でも……。
もし本当にどうしようもなくなった時は、みんなでこんな最後を迎えられたらいいな——
なんて、私はそんなことを考えた。
【創作裏話】
「別世界の過酷さ」と「この世界の平穏さ」を対比したかったのですが、なぜか変態のライアーゲームみたいになってしまいました。
これが「キャラクターが勝手に動き出す」というやつなのでしょうか。
誠に遺憾です。
書いている側としてはとても楽しいのですが、読んでいる側は楽しめているのだろうか、「何を読まされてるんだ……」とか思っていないだろうか、なんてすごく不安で……でも考えてみたら、この作品は最初からずっとそんな感じなので、今更今更。
この作品はエンディングと、そのエンディングのために必要不可欠ないくつかの出来事だけが決まっていて、それ以外はほとんど未定です。
だからこれからも脱線というか、寄り道みたいなエピソードがたくさん出てくると思います。
「まあそういうところも、書き溜めしていないWEB連載の醍醐味だよね」なんて考えることで、不安から目を背ける毎日です。
寄り道だとしても、手を抜くことだけは絶対にしないので、ご容赦していただけたらと思います。
こういうエピソードも嫌いじゃないよって方は、どうかスタンプを。
一つ前の話が、一番スタンダードな『サムズアップスタンプ』よりも『泣き笑いスタンプ』の数の方が多くて「ああこのエピソードで笑ってくれた人がいるんだ」とすごく嬉しかったです。
そういうのが一番モチベーションになりますし、なにより不安がかなり薄れるので、どうかよろしくお願いいたします。




