第133話 フリスビー、変態
そのままアマンダさんに頭皮を吸われ続けていると、アンリとギンが戻ってきた。
意外とすぐ帰ってきたな、と思ったら、
「ゼェ、ゼェ……」
ギンが息も絶え絶えに、滝のような汗をかいていた。
「フルマラソンでもしてきたの?」
「い、いや、フリスビー……」
「フリスビー?」
フリスビーとは、あのフリスビーだろうか。
プラスチック製の円盤を投げ合うやつ。
どうやら二人が興じたのは、ドッジボールではなかったようだ。
(そんなの、どこにあったんだろ?)
いやそれ以前に、フリスビーってそんな汗だくになるようなものだっけ。
アンリはギンと違って、軽く頬が上気している程度だし。
「もしかして……」
あれだろうか。
飼い主が投げたフリスビーを、犬が追いかけて口でキャッチするみたいなやつ。
それをギンでやったとか。
それなら確かに、この疲労困憊っぷりもわかるけれど……。
(……何それ、超楽しそう)
私も付いていけばよかった。
「ち、違う……」
「え?」
「オレがフリスビー……」
「俺がフリスビー?」
なんだその英語力ゼロの直訳みたいな……と思ったけれど、すぐに思い当たる。
私はアンリに、じとっとした目を向けた。
「またギンのこと投げ飛ばしたんだ」
「ち、違うってっ。相撲を取ってただけだからっ」
「投げ飛ばしとるやんけ」
「あぅ……」
アマンダさんが私から離れ、花の香りに誘われた蝶のように、フラフラとギンに歩み寄っていく。
そして汗だくのギンに抱きつき、首筋に顔を埋めた。
「ボ、ボス……」
ギンの顔が真っ赤になる。
(本当にど変態だな、この人……)
欲望に忠実すぎる。
オランダの性同意年齢が十六歳だからってやりたい放題だ。
ギンはまだ十五歳だし、同意も全くしていないのだが。
人間、ああはなりたくないものである。
「とにかくっ」
アンリが誤魔化すように言う。
「ギン、汗だくになっちゃったし、シャワーの順番変わってあげてよ。いいでしょ、春奈」
「…………」
「春奈?」
「断固拒否する」
「えっ!? なんで!?」
シャワーを浴び終えたお兄さんが戻ってきた。
何か言われる前に、さっさとシャワー室に向かう。
「ほ、本当に行っちゃった……」
アンリの戸惑った声と、アマンダさんの同類を見るような目が気になったけれど、無視して扉を閉めた。
服を脱いで裸になり、狭いシャワールームに入る。
アマンダさんが言っていた通り、ミストサウナかってレベルの湿度だ。
暖かい。
シャワーの熱で温められただけだろうけど、お兄さんの体温のように感じる。
(……なんかドキドキしてきた)
アマンダさんが変なことを言うからだ。
私は深呼吸を繰り返す。
落ち着こうとしているだけで、他意はない。
お兄さんの残り香を嗅いでいるわけでは決してない。
断じて違う、神様に誓ってもいい。
そもそもシャワールームの中はシャンプーの匂いしかしなかった。
VIPを迎えるにあたって、さすがに小物は高級品を用意していたみたいだ。
置かれたシャンプーとコンディショナーは、私でも知っている高級ブランドのものだった。
(……余計なことしやがって)
無添加無香料のシャンプーを用意しなかったオランダ政府に内心で毒づきつつ、私はシャワーを浴びた。




