第132話 終末モノ
「ふぅ、さっぱりした」
シャワーを浴びたアマンダさんが、タオルドライをしながら戻ってくる。
無地の地味なパジャマ姿だった。
でもプロポーションが抜群にいいからか、妙に色っぽい。
髪が濡れているからってのもありそうだ。
「いいよ、ジロー」
「うん」
入れ違いでお兄さんがシャワーを浴びに行く。
アマンダさんはソファに腰を下ろした。
「ギンとアンリは?」
「シャワーの順番が最後だからって、ちょっと体を動かしてくるって二人で出ていっちゃいました」
「十分休みにドッチボールする小学生みたいだね」
その表現って海外の人も使うのか。
アマンダさんが日本文化に精通しすぎているだけかもしれないけれど。
多分、アンリもギンも消化不良なのだと思う。
特殊ダンジョンに入って遺体を回収したお兄さんやアマンダさんと違って、二人にはあまり活躍の場がなかった。
だから体を動かして、フラストレーションを発散させる必要があるのだろう。
まあそれでいったら、一番役に立たなかったのは私なんだけど。
「若者は元気だねぇ」
まるでおじさんみたいなことを言うアマンダさん。
でも正直、私も似たようなことを思った。
私は三番目だからと誘いを断ったけれど、仮に最後だったとしても絶対に断っていた。
体を動かす気力なんて一ミリもない。
(ギンもアンリも超人だからなぁ……)
アンリは言うまでもなく、ギンも周りがおかしいだけで『最年少のSランク冒険者』っていう規格外の存在だ。
キャスパー博士曰く、才能だけでいえばアマンダさん以上らしいし。
アマンダさんが心配そうに窓の外に視線を向ける。
「大丈夫ですよ、ゲートには近づかないようにって言ってますから」
「さすが春奈」
それにオランダの管理局もゲートを見張ってくれているから、そう危ない目には遭わないはずだ。
「それにしても、本当によかった」
「何がですか?」
「ジローの話だよ。さっきは格好つけたけど、正直私も春奈と同じ気持ちだったんだ。対策を立てたところでってね」
「そ、そうだったんですか?」
「そうだよ。望みを捨てず最後の最後まで抵抗するか、残された時間を好きに生きるか、かなり迷ってたんだから」
「そんな終末モノの二択みたいな……」
「多分本当に、そういう状況なんだと思うよ。ダンジョンが出現した時から。あるいは、この世界が作られたその瞬間から」
「それはちょっと、いくらなんでも大袈裟な気が……」
あのフルメイルの別世界人は、私ですら一目でやばいとわかった。
でもどれだけ超越的な力を持とうと——お兄さん以上に強かろうと、個人にできることには限りがある。
世界各地を渡り歩きながら破壊活動に明け暮れたとしても、世界を滅ぼすまでにどれほどの時間がかかるのか。
というか、そもそも個人に世界を滅ぼすことなど可能なのだろうか?
それをするメリットがあるとも思えないし。
「あ、でもそっか。特殊ダンジョンの中には何人もいた痕跡があったって……」
じゃあもしかしたら、同等の力を持った別世界人が他にもいたりして。
でもだとしても同じことだ。
一人が五人に増えたところで、あまり変わらない気がする。
百人とかいたら別だろうけど、あのレベルの化け物がそんなにたくさんいるとは、さすがに思えない。
思いたくない。
この世界にだって、お兄さんやアマンダさんのような飛び抜けた人物は、一握りしかいないのだから。
「それだけじゃないよ」
「え?」
「ダーリン氏が言っていたじゃないか、世界はたくさん存在するって。それも数え切れないほど。ならこれからもっと、侵略してくる別世界が増えるかもしれない」
「あ……」
確かにその通りだ。
目の前のことにばかりに注目して、潜在的脅威にまるで考えが及んでいなかった。
世界中にあるゲート。
ダンジョンへの——いや、別世界への入口。
ならそれと同じだけの『別世界からの出口』が出現したっておかしくない。
いやむしろ、それが一つだけなんて考える方が無理がある気がする。
さっき考えた「個人にできることには限りがある」という言葉がそのまま返ってくる。
お兄さんやアマンダさん、それからアンリやギンがどれだけ死力を尽くそうとも、世界各地に出現した「出口」に対応するのは不可能だ。
そうなれば、いつか必ずこの世界は——
私はアマンダさんの想いを、ようやく理解する。
「……アマンダさんって、意外とそういうことを考えるんですね」
「ん? どういう意味?」
「なんていうか……もっと自信家で、なんでも私に任せとけって感じだと思ってたんですけど」
「よく勘違いされるんだ。楽観主義者だって」
「悲観主義者なんですか?」
「現実主義者なんだよ」
「……現実主義者なのに、世界一の女を名乗ってるんですか?」
「そうだよ」
アマンダさんは、なんのてらいもなく答える。
(やっぱすごいな、この人……)
ちょっとだけ救われた気持ちになった。
「……ちなみに、好きに生きるってどんなふうに?」
「聞きたい?」
「あ、やっぱいいです」
身の危険を感じる。
「私の人脈や権力をフルに使って酒池肉林を——」
「だからいいですって!」
「あはは。冗談だよ、冗談」
「そうですか……」
「私は数より質を重視するタイプだからね。本当に大切な人たちだけで色エロな……」
「冗談になってないやんけ」
なんだ色エロなって。
色々の言い間違いだと思いたい。
「でも本心だよ。どうせ世界が滅ぶなら、そういう最後を迎えたいものだ。春奈はそうは思わない?」
「そうは思わないって聞かれても……」
「ジローと私と春奈、ギンにアンリ、それからキャスもだね。そのみんなで、何にも干渉されず、煩わされることもなく、ただただ自堕落に最後の時まで……」
「…………」
よく、わからない。
世界が侵略されて滅ぶかもしれないって話が、まず完全にはピンときていなのだ。
それにアマンダさんのいう色エロってのも、経験がないせいでイマイチ想像できない。
「ほら、よく聞いて」
「え?」
「水の音だよ。今すぐそこで、ジローがシャワーを浴びてるんだ」
「…………」
お兄さんが配信を切り忘れて、裸になった切り抜き動画を繰り返し見たことがあるせいで、その引き締まった体と、表面を伝う水滴をリアルに思い浮かべてしまう。
「羨ましいよ、本当に」
「……羨ましい?」
「あのシャワールームはすごく狭くてね。しかも安物だから換気性能も悪い。ミストサウナかってくらい蒸し返ってて……。ジローがシャワーを浴びた直後の、彼の匂いが充満する、湿度の高い個室で裸になって……」
「や、やめてくださいっ。入れなくなっちゃうじゃないですかっ」
「じゃあアンリかギンに順番を変わってもらう?」
「うっ……そ、それは……」
「ふふ」
アマンダさんは立ち上がると、椅子に腰掛ける私に、背後から抱きついてきた。
「相変わらず、君のリアクションは楽しいね。ついからかいたくなっちゃう」
「ちょ、アマンダさん。私、まだシャワー浴びてない……」
「スー」
「頭皮を吸うな変態」
「ねぇ、知ってる?」
「何がですか?」
「オランダの性同意年齢って十六歳からなんだよ」
こっわ。
別世界より先に、こいつをどうにかするべきなんじゃなかろうか。




