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第131話 エンコ詰めのミサキ

 ギンがぎゅっと顔を顰める。

 くしゃみでも我慢しているのかと思ったけれど、そうじゃなかった。

 あくびを噛み殺したのだ。


 ギンは私の前では饒舌で感情表現も豊かなんだけど、アマンダさんが近くにいると途端に無口になる。

 恐れているとか萎縮しているとかってわけじゃなくて……。

 なんというか、時代劇の忠臣のような振る舞いをするのだ。


 発言は必要最低限。

 常にアマンダさんの三歩後ろを付き従っている。

 ギンがアマンダさんに向ける感情は、種類こそ違えどお兄さんに対するものと、同規模のものなんじゃないか。

 そんな気すらする。


 そもそも二人は、どこでどんなふうに出会ったのだろう。

 どういう経緯で、ギンはUDに加入したのだろう。

 もちろん直接尋ねたこともあるんだけど、


「オレの口からは、とても」


 と、はぐらかされてしまった。


(一体何があったんだ……)


 そんなギンがあくびを噛み殺すなんて珍しい。

 でも考えてみれば、無理もないことだ。

 私たちは、かれこれ丸一日近く起きているのだ。


 いやもしかしたら、一日以上起きているかもしれない。

 時差のせいで正確にはわからないけれど、そんな気がする。

 自覚してしまうと、途端に眠気が襲ってきた。


「ふぁああ」


 ギンのあくびがモロにうつってしまう。

 噛み殺さず、大口を開けて。

 全員の視線が集まり、私はむぐっと口を閉ざした。


「す、すみません……」

「少し休もうか」とアマンダさんが言う。

「いえ、大丈夫です」

「春奈のためだけじゃないよ。みんな疲れてるんだ」

「でも……休んでいい状況なんでしょうか?」

「だからこそだよ。休める時に休んでおかないと、いざって時に動けない」


 それは確かにその通りだ。


「それにキャスの意見も聞きたいからね。話の続きは、彼女が到着してからにしよう」


 拠点には簡易シャワーがあって、使う順番はコイントスで決めることになった。

 私以外の四人は動体視力で裏表がわかってしまうから、先に表か裏かを決めてから、不正するだけの力がない私がコイントスをする。


 2ユーロ硬貨を親指で弾き、手の甲でパチンと受け止める。

 まだ開いて確認もしていないのに、四人が「よし」だとか「あぁ……」だとかリアクションするから、なんだかすごく嫌な気持ちになった。


 ちなみに、なんでジャンケンじゃなくてコイントスかというと、ジャンケンもまた同様に、動体視力で相手が出す手がわかってしまうからだ。

 そのせいでただの運ゲーだったジャンケンが、高度なフェイントや駆け引きが必要な別競技になってしまった。

 もちろん冒険者たちにとっては、という話で、私のような一般人はそうじゃないんだけど。


 だから冒険者同士が揉めた時は、一周回ってジャンケンで決着をつける文化ができていた。

 決闘なんかして、勢い余って相手を殺してしまったらダンジョンエラーが起きてしまうし、それ以前に普通に決闘罪や暴行罪が適応されてしまう。

 ダンジョン省に申請すれば、模擬戦として決闘もできるんだけど、手続きが煩雑だし制約も多い。


 そういう事情から、ジャンケンが決闘の代替手段になったのだ。

 ヒップホップみたいな感じだ。

 実際、『ジャンケンの強さと戦闘能力は相関する』という論文も存在する。


 といっても、それは昔の話で、今は違う。

 IQテストが流行ったことで、その対策法も広まり、IQテストの意義は失われた。

 それと同じで、ジャンケンの重要性が増すにつれて、ジャンケンに特化した冒険者——いわゆるジャンケン士と呼べれる人々が現れたのだ。


 中世の決闘代理人よろしく、揉め事の際に駆けつけて、ジャンケンを請け負う。

 大手クランなんかは、お抱えのジャンケン士が何人もいるとかいないとか。


 私でも知っている有名人に『エンコ詰めのミサキ』がいる。

 左手の小指と薬指が欠損していて、彼女の出すチョキとパーは親指が立っているか寝ているかの差しかなく、駆け引きで非常に有利なのだ。

 右手は五指が揃っているから、右手でジャンケンしろという意見もあったが、


「私は左利きだから」


 というのがエンコ詰めのミサキの主張だった。

 彼女の厭世的というか、病的というか、とにかくダウナー系お姉さんみたいなビジュアルも相まって、ジャンケン界隈ではかなりの人気者だった。


 でも暴露系冒険者に色々と晒されて炎上してしまう。

 本当は右利きであることや、あのダウナーな感じはキャラ作りで、学生時代はパリピだったことなど。

 しかも彼女が小指と薬指を失ったのは、駆け出し冒険者だった頃の事故が原因で、エンコ詰めでもなんでもないことまでリークされてしまう。


『エンコ詰め』の二つ名は周囲が勝手につけたもので、ミサキ自身が名乗ったわけではないのだが、彼女は否定せずに、むしろその二つ名に乗っかってキャラ作りをしていた。

 それは周囲を欺こうとかってわけではなく、彼女なりのサービス精神からくるものだったのだが……それもまた炎上に油を注ぐ結果になる。

 そうして彼女は、ジャンケンの表舞台から姿を消した。


 そこで話が終わっていれば、良くある炎上の、一部の人々のシャーデンフロイデを満たすだけのことだったのだが……。

 でも話はそこで終わらなかった。

 ミサキは諦めず、ジャンケンと真摯に向き合い、表舞台に帰ってきたのだ。

 五指の揃った右手で、正々堂々と。


 今ではジャンケン士のトップ層に返り咲き、パウンドフォーパウンドの常連にもなっていた。

 もちろんパウンドフォーパウンドはネットのジョークランキングなんだけど。

 何が体重(パウンド)なんだって話だし。


 ただジャンケンの掛け声は国によって全然違うし、その目的からして冒険者が外国の人とジャンケンをすることはまずない。

 そういう背景があっての、世界ランキングみたいなやつだ。

 これが意外とちゃんとしていて、ジャンケン界隈では結構有名だった。


 なぜ私がこんなに詳しいかというと、ダンジョンリンクプレゼンツのオリジナルコンテンツに、エンコ詰めのミサキのドキュメンタリー映画があるからだ。

 お飾り社長だけど、一応自社制作の映画ということで軽い気持ちで観てみたら……これが意外と熱くて普通に泣いてしまった。


 それ以来、私は彼女の隠れファンだった。

 過去の過ちから逃げないため、と未だにエンコ詰めのミサキを名乗っているのも、推しポイントの一つだ。

 彼女のドキュメンタリー映画『ミサキの指先』を観ていない人は、間違いなく人生半分損している。


 ——閑話休題。

 コイントスの結果、アマンダさん、お兄さん、私、ギン、アンリの順番でシャワーを浴びることになった。

【創作裏話】

 書籍版第1巻の内容に合わせて、ジロー視点の描写を増やそうと考えておりました。

 実際、別世界の話から戻ってきた時、最初はジロー視点で書いていましたから。

 でも途中で全部、春奈視点に書き直しました。


 というのも、やっぱり春奈って語り部として超優秀なんですよね。

 もう書きやすい書きやすい。

 理由は作者本人も、よくわかっておりません。

 パーソナリティが近いからかなぁ、とも思ったのですが、こんな変人と一緒にされたくないので多分違います。


 読者様の感想を読んでいると、春奈アンチの人が結構いるみたいで、春奈視点の描写というか、そもそも彼女の登場シーン自体を減らした方がいいのかなぁ、なんて思ったりもしたのですが、個人的には作中でも1、2を争うくらい好きなキャラですし、投稿頻度を増やすためにも書きやすさを優先しようと、この形になりました。

 もしかしたら書籍化された時に(ここまで書籍化されるかはわかりませんが)大幅に修正するかもしれません。


 ちなみに『エンコ詰めのミサキ』の話は、書いているうちに筆が乗って暴走しただけで、本編とは一切関係がなく、伏線でもなければ今後登場するキャラでもありません。

 実在しない映画を出して「観てない人は人生半分損してる」とすることで『取り返しようのない人生の半分』が生じるなぁ、という悪ノリです。

 作者のことは嫌いになってもいいので、春奈のことは嫌いにならないでください。

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― 新着の感想 ―
ダンジョンの中以外は読む方も春奈視点の方が読みやすいですよ。 理由は登場人物で一番常識人だからかなって思います。 ジローの視点より春奈視点の方がジローの素朴さが出たりして魅力的に見えたり。 そういう意…
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