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第130話 責任と信頼

 大ダメージを受けた私たちは、長いことグッタリとしていた。

 そのことに戸惑っていたお兄さんが、恐る恐るといった様子で円卓に突っ伏す。


「何してんねん」


 反射的に突っ込んでしまう。


「いや、俺もマネしたほうがいいのかなって……」


 どこまでもとぼけた人だ。

 そういうところも可愛いと感じる私は、きっと手遅れなのだろう。


「あの……」


 それまで黙っていたアンリが、ためらいがちに口を開く。


「そもそもなんだけど、これってお兄ちゃんがなんとかしなきゃいけないことなの? ユリスさんとお兄ちゃんが旧知で、遺体を回収してあげたいって気持ちはわかるし、だから私も協力したけど……でもこれ以上は関係ないんじゃ……」

「ああ、確かに。俺がでしゃばらなくても、オランダ政府が自分でなんとかするか」

「いや、それは……」


 お兄さんの言葉は、アンリが言いたいことと少しずれている気がするけれど、どちらにしてもだ。

 これはもう、一国家に押し付けていい問題とは思えない。

 というか、一国家にどうこうできる問題じゃない。


(いや、それどころか連合を組んだところで……)


 近代兵器が登場したことで、英雄や豪傑の時代は終わったと言われている。

 どんな突出した人物も、一発の銃弾に倒れてしまうのだから。

 でもダンジョンが出現したことで、それがまたひっくり返りつつある。

 個の力が世界を揺るがす時代に。


 少なくともお兄さんとアマンダさんは、すでにその域にいる。

 アンリも多分、片足は突っ込んでいるはずだ。


(でもアンリにもお兄さんにも、その自覚がないからな……)


 アマンダさんが言うところの、先天的に備わっていた力。

 でもだからといって、二人に何か責任が発生するわけではない。

 大いなる力には大いなる責任が伴う、なんてのはヒーロー映画の中の話だ。


 自分たちには関係ないからと知らんぷりしても、誰も二人を責められない。

 いや一部の無責任な人たちは、安全圏から石を投げるかもしれないけれど、少なくとも私は二人の味方をする。


(まあ二人は、関係ないなんて思ってるわけじゃないだろうけど……)


 アンリは純粋にお兄さんのことが心配で、お兄さんはいつも通りの無自覚だ。

 もしこのまま二人が関わらない選択をしたら、それこそ万事休す。

 この世界に、あのフルメイルの別世界人に対抗できるだけの力があるとは、とても思えない。


 とはいえ二人に無理強いなんてできないし、そもそも論でいったら私も無関係ではあるんだけど……。

 私が腕を組んで悩んでいると、アマンダさんが口を開いた。


「関係ないって、君たちの父親が諸悪の根源だろ」

「あ、はい、すみません。俺にできることならなんでもします……」

「わ、私も……」


 一瞬で陥落する鈴木兄妹。

 アマンダさんは笑う。


「冗談だよ。親の責任が君たちにあるわけじゃない。そもそもダーリン氏が、本当に諸悪の根源かもわからないしね」


 首を刎ねようとした人の言葉とは思えない。


「どういうことですか? ダーリンさんがこの世界を作ったのなら、今のこの状況もダーリンさんの意思なんじゃ……」

「私もそう思ったけど、そう断じるだけの根拠がないのも事実だ。疑わしきは罰さずの原則は、創造主に対しても適応していいと私は考える」


 それに、とアマンダさんは続ける。


「相手が仮に諸悪の根源だとしても、愛する人の父親に、初対面であれはなかったなって」

「あぁ……」


 お兄さんが「確かにあれはビビったな……」と言い、アンリもうんうんと頷いている。


「そうだろうとも」


 アマンダさんは、なぜか胸を張った。


「ともかく、君たちと違って私には責任があるからね」

「責任? 首を刎ねようとしたですか?」

「そうじゃない」


 アマンダさんは真面目な表情になって、


「UDのボスとしてのだよ。ジローのそばにいるために作った組織だけど……それでも、ここで何もしなきゃ嘘になる」


 私は世界一の女だからね、とアマンダさんは言った。


「……まぁ、その世界がいくつもあるなんて、予想だにしていなかったけど。さすがに私でも、多元宇宙一は、とても名乗れない」


 薄く笑う。

 アマンダさんらしくない、自嘲的な笑みだった。


「それでも、やれるだけのことはやってみるさ。この命に代えてもね。……できることなら、三人にも力を貸してもらいたい」


 そう言って、お兄さんと私とアンリを順繰りに見る。


(ああ、そっか。それでいいんだ)


 私は何をぐだぐだ考えていたのだろう。

 責任はないだとか、無理強いはできないだとか……。

 そんなのどうだっていい。

 ただまっすぐに頼みさえすれば、それを無碍にする二人ではない。


 そしてそれは——私も同じだった。

 アマンダさんは「三人」と言ったのだ。

 お兄さんやアンリだけじゃなくて、私のことも頼りにしてくれている。

 その想いに応えたいと、私は強く感じる。


 この場にはギンもいるんだけど、わざわざ「四人」と言わなかったところに、むしろアマンダさんとギンの関係が現れているようで、それはそれでなんだかグッとくる。

 その形が違うだけの信頼は、ちゃんとギンにも伝わったようだ。

 彼女は表情を引き締めて、小さく頷いていた。


 私も衝動的に返事がしたくなったけれど、ぐっと堪える。

 それは私の役目ではない。

 アンリを横目に見ると、私と同じ思いらしく、口をきゅっと引き結んでいた。

 それから揃って、お兄さんに視線を向ける。


 お兄さんはとぼけたところがあるから、私たちの沈黙の意味を汲み取ってくれるか少し心配だったけれど……。

 でもお兄さんは、ただ一言だけ、


「わかった」


 と余計な言葉で一切飾らず、端的に答えた。

 決める時は、ちゃんと決める人なのだ。

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