第126話 捨て身の攻撃
エノフの攻撃は凄まじかった。
だがヨルは付き合わない。
相手が捨て身の攻撃を仕掛けてくるなら、こちらはむしろ冷静になればいい。
触手のような無数の腕を、ヨルは着実に切り落としていく。
その泰然とした振る舞いに、浮き足立った周囲も落ち着きを取り戻していく。
重装のヨルとダックが前に出て、カッシとパッケがスピードを活かして撹乱する。
殉教者たちの動きも悪くなかった。
特に隊長のザガンとその息子のエルディが素晴らしい働きをする。
仲間たちに的確な指示を出しつつ、最前線でハグレ者の相手をしていた。
おかげでヨルたちは、本体に集中することができた。
(思ったよりも早く決着がつきそうだな……)
ヨルはそう考える。
油断からではなく、冷静な戦況分析として。
エノフは目に見えてその体積を減らし、通常個体と変わらないサイズにまでなっていた。
落ち着きを取り戻されるのが一番厄介なのだが、その気配もなく変わらず癇癪を起こした子供のように暴れている。
危険ではあるが、エノフに時間や労力を割きたくないヨルたちにとっては、好ましい流れだ。
このままいけば問題なく——そう思った時だった。
首筋に鳥肌が立つ。
ヨルの鋭い五感が、何かを感じ取ったのだ。
(——なんだ)
それは直感と言えるレベルのもので、自分でも何を察知したのか咄嗟にはわからない。
数瞬の間があってから、異変の正体に気づく。
振り回される無数の腕。
そのうちの一本の動きが、他のものよりわずかに緩慢なのだ。
当然、遅い分だけ威力は落ちるし躱しやすくもなる。
そのはずなのだが——
ヨルは直感に従い、大剣を投擲する。
大剣はエノフの胴体に突き刺さり、振り下ろされた腕の軌道がわずかにズレた。
頭上を何かが通過する。
ごうと風が唸り、背後で壁が破壊される音がした。
振り返りもせず、ヨルは何が起きたのかを理解する。
エノフは自ら腕を切り離して——
「回避しろッ!」
ヨルが叫んだ、その直後。
「ギィイイイイイ!」
エノフの切れ端が、砲弾のように飛んでくる。
それも振り回された腕の数だけ。
まさに捨て身の攻撃だ。
冗談にしてもタチが悪い。まるで笑えない。
時間にして数秒程度。
けれど周囲は酷い有様だった。
頑強なダンジョンの壁が崩れ落ち、瓦礫が散乱している。
土埃すら立っていた。
ヨルがいち早く危険を察知し指示を出したおかげで、重傷者は出ていないみたいだった。
けれど陣形がめちゃくちゃだ。
エノフの攻撃から身を守るために、地面に伏せている者もたくさんいる。
なにより、そこらじゅうにハグレ者が散らばっていた。
十や二十じゃきかない。
さっきまで多対一の構図だったのに、一瞬で数的有利がひっくり返ってしまった。
このままでは、確実に犠牲者が出る——
ヨルは腰から予備の短刀を抜いて、エノフの本体に目を走らせた。
体積は当初の三分の一以下にまで減っている。
これなら心臓部の脈動を認めることができるはずだ。
心臓部さえ破壊してしまえば、ハグレ者は活動を止める。
そうすれば、犠牲者を出さずに済む。
(どこだ、どこに……)
ドクン——
視覚ではなく聴覚が、その鼓動を捉える。
だがそれは目の前の本体からではなく、すぐ背後から聞こえた。
肩越しに振り返る。
切れ端がくっつきあって、本体よりも大きな塊になりつつあった。
(馬鹿な……)
切れ端が本体に戻ることはあっても、切れ端同士がくっつくことはないはずだ。
視界の端で、本体だと思っていた塊の表面が、ぼろりと崩れ落ちる。
ドクン、ドクン、ドクン。
そうしているうちにも、切れ端は寄り集まっていき——
(まさか、心臓部を腕に移動させて……)
「お姉様っ!」
カッシの悲鳴と共に、エノフの腕が振り下ろされた。




