第102話 解説のアマンダさん その1
話には聞いていた。
ジローはとても静かに怒ると。
要するに、感情を表に出すのが苦手で内に溜め込むタイプなんだろうと、その程度に考えていた。
ジローらしいなと。
でもその解釈が間違っていたことを、アマンダは知る。
表情にはまるで出ていない。
それどころか、いつも以上に穏やかにすら見える。
なのに声をかけることすら躊躇われた。
(……当然か)
アマンダはパズルのように積み上げられた——弄ばれた死体の山を見る。
面識のないアマンダですら、不愉快な気持ちになったのだ。
これが異形の神の仕業にしろ、別世界の住人の仕業にしろ——
どちらも、もうこの場にはいなかった。
一方はバラバラにされ、一方は立ち去った後だ。
ジローがそういう人ではないとわかっているのに……。
怒りの矛先がこちらに向かないか、ヒヤリとした。
だから魔物が姿を現した時、アマンダは安堵すらしたのだ。
ここは別世界のダンジョン——それも最深層だ。
姿を現した魔物が、尋常であるはずもない。
理屈の上でもそうだし、気配を感じた時から、本能が警鐘を鳴らしていた。
それなのに、闖入者の存在をありがたく思ってしまったのだ。
「そっち、任せてもいいかな」
だからこそジローのその言葉には、耳を疑った。
なぜ円卓の守護者が異形の神に、ああも一方的にやられてしまったのか。
もちろん単純な力の差もある。
でもそれ以上に、相手が未知の存在だったことが大きい。
例えばドラゴン。
地上には存在しない、架空の生物。
でもドラゴン相手にどう立ち回ればいいのかは、不思議と誰しもが心得ている。
鋭い牙と爪には気をつけないといけない。
鱗は刃を通さないほどに頑丈だ。
でもお腹と翼膜は比較的柔らかくて、狙うならそこなる。
それか打撃系の武器を使うか。
尻尾にも注意が必要だ。
人間が持たない部位だし、相対していると死角に入るから、つい意識の外にいってしまう。
距離を取ればブレスが飛んでくるし、かといって懐に入ればいいってものでもない。
ドラゴンがしゃがむだけで、その圧倒的な質量に押し潰されてしまうのだから。
複数人で取り囲んで、注意を分散しつつヒット&アウェイを繰り返す。
それが最善手だと、誰だってわかる。
それはなにも、ドラゴンに限った話ではない。
スライムでもゴブリンでもグリフォンでもメドゥーサでも。
知っている、というだけでどれだけ有利に立ち回れることか。
バラバラにされた異形の神の死体を見て、
「別の世界じゃ、メジャーなモンスターなのかもね」
と言ったのはそういうことだ。
最初から知っていなければ、擦り傷をつけずに確実に切断していく、なんて戦い方になるわけがない。
ここは別世界のダンジョンで——
人間がいるのだから、別世界の環境や生態系も、この世界とそこまで大差はないのかもしれない。
でも空想上の生物となれば、お手上げだ。
犬をモチーフにした魔物だけでも、千差万別なのだから。
別世界のモンスターなんて話になったら……。
現に異形の神も、新たに現れた三体の魔物も、馴染みのないものだった。
アマンダはその立場から、世界中のダンジョンに精通している。
当然、魔物にも。
そんなアマンダですら、得体の知れない相手に尻込みしたというのに——
(そもそもあれは、本当に三体の魔物なのか……?)
人型が一体と、獣型が二体。
確かに共存関係にある魔物は、珍しいけれどいるにはいる。
でもあの三体は、あまりにもビジュアルが似過ぎている。
黒く硬そうな毛に覆われ、亀裂からは赤黒い灯が漏れて——
もしあれが一体の魔物が分離しているだけなら、どれほど厄介か。
ゴブリンやジャイアンのように、群れる魔物はたくさんいる。
でも戦闘になると個別に襲いかかってくるだけで、連携をとることはない。
正直、連携をとらないなら、どれだけ群れようとアマンダにとっては脅威になり得ない。
それはダンジョンエラーですらそうだった。
何百って魔物が物量で押し寄せて来たところで、煩わしいとは感じても、身の危険を感じることはない。
何百って数で押し寄せてくるよりも——
たった数体に連携をとられた方が、ずっと厄介だ。
もしも——
もしもあの魔物が分離しているだけなら、連携どころの話ではない。
統一の意思のもとに襲いかかってくるのだ。
あれだけのプレッシャーを持つ、三体の魔物が——
それがどれほど危険か、ジローにわからないはずも……。
(いや、もしかしてわからないのか……?)
ジローはパーティを組んだ経験がない。
だから連携する強みを——
ひるがえって連携される脅威を、知らないのかも知れない。
(危険だ……)
ジローを一人で戦わせるわけにはいかない。
アンリを待って三対三に持ち込むべきだ。
すでに異形の神は倒されてしまっている。
遺体を運び出すだけなら、管理局の職員に伝えて任せてしまってもいい。
そう頭では考えながらも……。
「……ああ、構わない。任されたよ」
アマンダの口から出てきたのは、そんな言葉だった。
それほどジローには、有無を言わせない迫力があったのだ。




