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第99話 変形

 ドロリ——


 左右の獣が、唐突に溶ける。

 あまりに急で、俺は目を丸くした。


 ——それほどダメージを与えてしまっただろうか。


 そう思ったが、違った。

 獣は変形したのだ。

 黒く硬そうな毛と、亀裂から覗く赤黒い灯りはそのままに、ドロドロとした球体に。

 顔や手足の名残はあって、どこかメンダコみたいだった。


(あんな可愛らしくはないけど……)


 獣だった球体は、物理法則を無視して——そう見えるだけだろうか——ふよふよと浮き上がった。

 そして人型の左右で静止したかと思うと——


 ぎゅっと縮んだ。

 亀裂が塞がり、赤黒い灯が見えなくなる。

 その直後——


 球体の一部が変形し、触手が鋭い槍のように飛んでくる。

 それも左右同時に。


「——っ」


 一方を刀で受け流し、一方をギリギリで躱した。

 油断していたわけではない。

 その攻撃があまりに速かったのだ。


 槍の先端がくるりと方向転換し、追撃を加えてくる。

 初速に比べると、動きがずいぶん遅かった。

 刀で弾く。


 触手はしゅるしゅると縮んでいき、球体に戻った。

 一度触手を伸ばしたからか、顔や手足の名残は失われ、今はただの球だった。


(なるほどな……)


 変形したのではなく、あれが本来の姿なのだ。

 デフォルメされた鋭角的な狐のような姿は、きっと効率的に捕食するための姿なのだろう。

 確かに、自立した獣が二匹もいれば、効率よく獲物を狩れるだろう。


 だが……。

 相手は俺を獲物ではなく、敵として認識したのだ。

 捕食のためではなく、脅威を排除するために——


(そりゃ逃げたりしないか……)


 相手が本領を発揮する前に、手心なんて加えず畳み掛けておくべきだった。

 ここは別世界のダンジョンであって、甘い考えが通用するような場所じゃない。

 頭ではわかっているんだけど……。

 それでもやっぱり、気分は乗らなかった。


 球体がぎゅっと縮み、槍が同時に飛んでくる。

 一度見たから、今度は危なげなく躱すことができた。

 ぐっと踏み込み、人型の懐に飛び込もうとする。


 左右の球体から、複数の細い槍がカウンターのように飛んできた。

 まるで剣山みたいな姿だ。

 予想していた反撃だから、問題なく避けることができた。


(やっぱり、そうなるよな……)


 まさに自由自在だ。

 狐に姿を変えられるくらいだ。

 多種多様な形に変容できるのだろう。


 球体がくるくると空中で回転し始める。

 速度がどんどん増していき——

 神速の鞭が飛んできた。


 俺は反射的に、防ぐことより躱すことを選んだ。

 その判断は正しかった。


 線上にあった柱が、真っ二つに切断される。

 遅れて衝撃が伝わり、柱は豆腐のようにバラバラになった。

 少なくとも、音速よりは速そうだ。


 それにさっき懐に踏み込もうとしたせいで、警戒心を与えてしまったようだ。

 攻撃してくるのは右の球体だけで、左の球体は人型のそばで静かに浮かんでいる。


(そっちは防御に徹するつもりか……)


 そう考えたのだが……。

 右の球体の対処に追われ、自然と左の球体が意識の外に行ってしまう。

 その時だ。


 視界の隅で、左の球体がぎゅっと縮むのが見えた。

 体を沈め、左の槍をギリギリで躱す。

 すかさず右の追撃が飛んできたが、刀で弾いた。


(厄介だな……)


 それでも数回の攻防を経て、パターンをある程度理解する。

 確かにあの槍と鞭は、速度も威力もとんでもない。

 食らえば致命傷になるだろう。

 でも予備動作が大きく、しかも直線的で、注意していれば十分対処できた。


 それ以外の攻撃は、緩慢とも呼べるレベルだ。

 あくまで槍や鞭に比べれば、という話だが。


 それになにより、自由自在ではあっても、変幻自在とまではいかないようだ。

 球体は、体が伸び縮みしているだけで、水のような流体というわけではなかった。

 構造としては軟体動物に近い。

 亀裂から漏れる赤黒い灯りを注視していれば、体のどの部分が伸び切り、どの部分にゆとりがあるか、一目瞭然だった。


 ゆとりがある部分しか、変形させることができないのは確認済みだ。

 人間の可動域みたいなもので、セーフゾーンが自然とわかってくる。

 でも……。


(このままじゃ、まずいな……)


 別に倒す必要はないのだ。

 逃げてくれないなら、時間を稼げればいいと思っていた。

 遺体を運び出すまでの時間を。

 でもこのままじゃ、先に刀がダメになってしまいそうだった。


 ユリスが異形の神相手に使っていた技術。

 攻撃をまともに防ぐのではなく、受け流す。

 俺もそれを実践していたけれど、それでも刀はかなり刃こぼれしてしまっていた。


(……どこかで、勝負を決めないといけないか)

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