第95話 世界を繋いでくれますよに
嵐の後にも、静けさは訪れるらしい。
それともただ台風の目に入っただけだろうか。
危険は未だ、すぐそばにあるのだろうか。
どちらにしても、自分がまだ生きて呼吸していることが、不思議でならなかった。
「……まさか、ジローの話が正しかったとはね」
アマンダさんが言う。
「申し訳ない。正直、全く信じていなかった」
ハッキリとそう言えるのが、アマンダさんの強みであり美点だ。
アンリもギンも、苦々しい顔をする。
やっぱりみんな同じ思いだったようだ。
「謝らなくていいよ。俺自身、半信半疑だったんだから。……いや、一割も信じてなかったかも」
でもそれは、紛れもない事実で……。
「ダンジョンが存在するなら、別の世界が存在したっておかしくない、か。それは確かに、その通りなんだけどね」
珍しく、アマンダさんの口調に自嘲が滲む。
「……逆も、そうなんですかね?」
「逆?」
「例えばラストヘイブンダンジョンも、別の世界と繋がっていて……」
いやラストヘイブンだけじゃなく、何百とある全てのダンジョンが?
一つの世界と、何百というパイプで繋がるというのは考えづらい。
それぞれのダンジョンが、それぞれの世界と繋がっていると考えた方が……。
「別の世界が存在するなら、それが無数に存在したっておかしくない」
アマンダさんの口調は冗談めかしていたけれど、全く冗談になっていなかった。
「じゃあ今も、出口からこの世界に向けて登ってきていたり……」
「それはないんじゃないかな」
「どうしてですか?」
「特殊ダンジョンが出現してから、別世界の住人がやってくるまで、期間が短すぎる。おそらくある程度攻略が進んだら、別世界に出口が出現するんだろうね。それこそトンネルを開通するみたいに」
「……なるほど」
確かにそう考えた方が自然だ。
——それこそが、ダンジョンの目的なんじゃないか。
お兄さんの言葉が頭の中で響く。
——宝箱や希少なアイテムで射倖心を煽って、配信で人を集めて……。そうやって強化した人間を、別の世界に送り込むことこそが。
お兄さんは自らが投げ捨てた刀を拾うと、
「ちょっと行ってくるよ」
と言った。
まるで「なんかいる?」と続けそうな気楽さだった。
でもお兄さんが向かう先はコンビニなんかじゃなくて。
「待ってくださいっ」
ゲートに向かうお兄さんの背中を呼び止める。
「せっかく、帰って行ったのに……」
「ボスが攻略されたなら、そのうちボス部屋にまで魔物がやってくる。遺体の回収をするなら今しかない」
「それは、そうかもしれないですけど……」
今ですら遺体が無事かわからないのだ。
でも今はもう、遺体がどうとか言っていられる状況じゃ……。
「待った」
私は期待して、アマンダさんを振り返った。
でも彼女が続けたのは、私が求めていた言葉ではなかった。
「一人で行かせるわけがないだろ」
「アマンダ……」
アマンダさんは肩をすくめる。
「議論はよそう。時間の無駄だ」
「……わかった」
アマンダさんも武器を拾う。
私は泣きたい気持ちになった。
「なんで、アマンダさんまで……」
「春奈の気持ちもわかるけどね。でも私は、受け身は性に合わないんだ」
「性って……」
「それだけじゃない。本当に帰った保証なんて、どこにもないんだ。さすがに、ソロでここまでやってきたとは思えない。ダンジョン内にいる仲間を呼びに戻っただけかもしれない」
「なら、なおさら逃げないと……」
「どこに?」
「それは……」
「ダンジョンを攻略して、さらに別の世界に逃げ込むかい?」
「……」
アマンダさんの言う通りだ。
相手の目的が、もし侵略や侵攻だとするなら、この世界のどこにも逃げ場はない。
「すまない。今のは嫌味な言い方だった」
「……いえ」
「相手が本当に帰ったり友好的だったなら、なんの問題もない。でももし好戦的だったなら……。時間を稼がなきゃいけない」
「時間?」
「軍備が整うまでのさ。地上なら近代兵器が使える。……あのレベルの相手に、どこまで通用するかは疑問だけど、ないよりはマシだ」
「わ、私も行くっ」
アンリが上擦った声で割って入った。
お兄さんとアマンダさんは、一瞬だけ視線を交わす。
「じゃあ悪いけど、遺体袋を持ってきてもらえるかい?」
アマンダさんの言葉に、
「わ、わかったっ」
とアンリが応え、拠点まで駆けて行った。
戻ってくるまで待つ気は、きっとないのだろう。
「……オレは、やめておきます。足手纏いにしかならないから」
Sランクの冒険者が、そう言った。
「政府に掛け合って、軍を手配させます。ボスの名前を使っても?」
「もちろん構わないよ。繋がりのあるヨーロッパ諸国を通して、圧力をかけた方が早いだろうね。それからキャスにも連絡を」
「はい」
ギンもまた駆け出していく。
残された私にできることは……。
「行ってくる」
そう言ってゲートに向かう二人を、見送ることだけで。
試作段階のドローンなんて、なんの役にも立たない。
「……気をつけて」
そう言うのがやっとだった。
二人がゲートに呑まれると、世界に一人だけ取り残されたような気持ちになった。
「……ダンジョンが世界を繋いでくれますように、か」
私はボソリと呟く。
「そういう意味じゃ、ないんだけどなぁ……」




