第93話 アマンダの本懐
私が出口に向かうと、他の四人も立ち上がる。
「ただの試運転ですから、みんなでついてこなくても大丈夫ですよ」
「なにがあるかわからないだろ」
とお兄さんが言う。
「野次馬もいるって話だし」
うんうんとみんなも頷いていた。
このメンツに護衛されるなんて……。
シークレットサービスなんて比じゃないレベルの厳重警護だ。
世界で一番安全なんじゃなかろうか。
まるで要人にでもなったような気分だ。
真面目なギンは、すでに装備を整えていて、先に二人で外に出る。
相変わらずの晴天だった。
青々とした牧草に、日光が乱反射している。
部屋の明度に慣れた目にはきつくて、私はぎゅっと目を瞑った。
いや、どうだろう。
それだけが理由だろうか。
とても牧歌的で美しい風景。
遠くには小さな風車なんかも見えたりして。
どこかノスタルジーすら感じる、日本人が思い描くオランダの田舎そのものだ。
でも……。
その景色の中央にはゲートが——
世界に亀裂が走っている。
それがあまりにも痛ましく見えて、目を背けてしまったのかもしれない。
呼応するように、胸のうちにある不信感もうずく。
アマンダさんはすでに、仲間と呼んでいい人のはずだ。
そんな彼女を、この後に及んで警戒してしまう自分に嫌気がさす。
「どうした?」
ギンが私の顔を覗き込んできた。
「心配事か?」
「え? えっと……。うん。ほら、ドローンがちゃんと機能するかなって。それが気になって」
「…………」
ギンのまっすぐな目に見つめられて、私はつい視線を逸らしてしまった。
「……ボスのことか?」
「え? なんで……」
「やっぱり。見てればわかるよ。春奈はすぐに表情に出るから」
「そ、そうなの?」
「ああ」
「でも……。私は三年間以上、お兄さんにもアンリにも、恋心をずっと隠し通してきてるんだけど」
「それはほら、あの二人がちょっと変なだけだ」
それは間違いない。
ギンが言いかけた言葉を飲み込み、苦笑を漏らした。
「……『オレでよければ話を聞く』って言ってやりたかったけど、春奈からすればオレも敵側だもんな」
「そんなことないっ。……別にアマンダさんのことも、敵とは思ってないよ。ただ、ちょっと……」
「ちょっと?」
このモヤモヤを抱えたまま、危険なミッションに挑むのは気が引けた。
私は簡潔に、胸のうちを吐露する。
アマンダさんに対する違和感と、そこから生じる不信感。
するとギンは、意外そうに目を見開いた。
「そんなことで?」
「うっ……。そ、そうだよね。こんな時に、そんなつまらないことで……」
「あ、すまん。今のはオレの言い方が悪かった。そういう意味じゃなくて……。オレは春奈が、そんなとこに疑問を持つのが不思議で」
「いやだって、アマンダさんはお兄さんが好きなんでしょ? それなのに……」
「ああ、そういうことか」
ギンは納得したように頷く。
「春奈は忘れてるんだな」
「忘れてる?」
「ボスは女もいけるんだからな」
「いや、それは知ってるけど」
「というよりも、メインの性的対象がそもそも女で、ジローだけが特別って感じだ。他の男には興味すらない」
「へぇ、そうなんだ。でも結局、お兄さんが好きなら、やっぱり同じことで……」
装備を整えた三人が出てきて、会話は途切れた。
「じゃあ、行こうか」
アマンダさんが先導する形で、私たちは歩き出す。
それと同時に、私はギンの言わんとすることを理解した。
好きな人なら独占したいはず。
そんなのは、凡人の私の発想だ。
アマンダさんほどのスケールを持つ人が、私と同じ思考回路なはずがない。
アマンダさんは、やっぱりハーレムを作ろうとしているのだ。
ただしそれはジローハーレムなどではなく——
アマンダハーレムだ。
そう考えると、これまでのアマンダさんの立ち振る舞いに筋が通る。
ギンがまさにそうなのだろう。
私はてっきり、因縁あるギンを利用して、お兄さんの懐に入り込もうとしているのだと思い込んでいた。
ギンをわざわざ仲間に引き入れた理由として、それが一番理にかなっているからだ。
でもそれすら逆なのだ。
アマンダさんはお兄さんを利用して、ギンという魅力的な少女を己の手中に収めたのだ。
アマンダさんの言動に、ずっと小さな違和感を覚えていた。
本心を隠してるんじゃないか。
なにか裏があるんじゃない。
とんでもない。
裏もクソもなかった。
アマンダさんは自分の欲望に、ただただ忠実なだけだ。
好きな人を独占するどころか、そのお兄さんを餌にして、寄ってきた女ごと自分のハーレムにしようとしているのだ。
とても常人の考えではない。
そりゃ違和感だって抱くに決まっている。
(そういうことだったんだ……。なら安心安心……ってなるかボケ!)
思わず脳内一人ノリツッコミをしてしまう。
なんだそれは。
こちとら散々悩んできたんだぞ。
仲良くしてもらっているのに、それでもアマンダさんのことを心の隅で警戒してしまう、そんな自分に嫌悪感を抱いたり罪悪感を抱いたり……。
寝付きのいいこの私が、眠れない夜すら過ごしたのだ。
それなのに……。
私は正しかった。
なんやこいつ。
普通にヤバいやつやんけ。
恋敵とか思ってたのに、私もメチャクチャ狙われとるがな。
脱力感に襲われて、膝から崩れ落ちそうになる。
元凶のアマンダさんがこちらを振り返り、
「どうしたの? 大丈夫?」
なんて尋ねてきやがった。
「いえ……」
なにか気の利いた切り返しはないかと思考を巡らせていると、進行方向の丘に、一人の人影が見えた。
私の中で、警戒心が鎌首をもたげる。
ヘンドリックさんの言っていた野次馬の一人だと思ったのだ。
やっぱり、こんなひらけた場所で完璧に防ぐのは無理だよな、と。
でもそうじゃないことがすぐにわかる。
その人はこちらに気付いた様子もなく、ふらふらとした足取りで、見当違いの方向に歩いていたのだ。
ヘルムを被っているから表情はわからないけれど、口をぽかんと開けているのがなんとかくわかった。
空を見上げて、どこか圧倒されたような……。
怯えてすらいるように見えた。
まるで大都会を初めて訪れた田舎者みたいで、可愛げすらある。
迷い込んだのかな?
なんて考えてから、そんなわけがないことに気づく。
昔はきっと、綺麗な紅色だったのだろう。
それが汚れ傷つき、ほとんど錆色になったフルアーマー。
背中には大剣を背負っていて——
そんな存在が、迷子なわけもない。
いや、ある意味では迷い込んだとも言えるのだろうか。
ゲートを越えて、この世界に。
ふと、こちらを振り返る。
ヘルムの隙間越しに、目が合うのがわかった。
ああ、そうか。
私はここで死ぬんだ。




