古本屋店員時代の思い出【人間関係編】
幕田は大学1年の夏から3年の夏にかけて、某古本チェーン店でバイトしていた。
社名は伏せるが、なんか黄色っぽい看板で、本を持ったテキトーな顔の奴がイメージキャラになってる会社だ。
そこでは社員である店長の下で、沢山のアルバイトがせっせと働いていた。
古本屋の店員というと「メガネかけたヒョロい男」とか「メガネかけた黒髪色白の女」がやってそうなイメージだが、意外とそうでもなかった。
チャラい感じのにーちゃんや、いかつい感じの青年、控えめに言ってポッチャリな感じのおばさんなどが、そこでは働いていた。
まあ、いわゆる『オシャレ』な感じの古本屋ではなく、単なるチェーンの古本屋なのだからそういうもんだろう。
その中で幕田は、2人のお姉様方と親しくなる。
一人は25歳くらいのややふくよかな感じのお姉様だった。とは言え、太ってるとかでは全然ない。なんか母性に溢れる、面倒見のいい感じの女性だった。
もう一人は19〜20歳。つまり幕田より一つ年上のお姉様だった。この人がキツイ感じだけどスレンダーなかなりの美人さんで、お客さんからラブレター貰うことも度々あったらしい。
ちなみにだが、当時の幕田は18〜19歳くらいのうら若き花も恥じらうDTだった。
そんでもってこの2人が、一人暮らしの幕田のアパートに、鍋パとか、タコパとか、単なる暇つぶしとかで、頻繁に襲来するようになる。どちらも実家住まいだったため、溜まり場として最適だったのであろう。
幕田のアパートは、なぜか溜まり場扱いをされる事が多い。きっと家主が意思薄弱の空気みたいなやつだからだろう。
一人暮らしの幕田の洗面所は、化粧落としやら髪ゴムやら、そういう女ものの小物で溢れるようになる。
それを見た一つ年上のお姉様は「幕田に彼女出来たらびっくりするだろうねー」などとニヤニヤ笑っていた。
異性との交流が少なかった幕田には、なかなかに刺激が強いシチュエーションである。
しかし不思議なことに、当時の幕田はしっかりと成熟し芳醇な香りを放つDTでありながら、その2人に異性としての邪な感情を持つ事はなかった。
おそらく当時の幕田は、恋というものに幻想を抱いていたのだ。
恋とは、指先が触れ合うだけで顔を赤くして、「ご、ごめん、俺……///」「こっちこそ、ごめん……///」みたいなやつだと思っていた。
恋とは、やわかな陽射しで温められた丘にひっそりと咲く、白く小さな野花のようなものだと思っていた。
お酒を飲みながら、幕田の前で元カレの性技について語り合うお姉様方は、密林の熱の中でハチやアブを食べて花開く食虫植物だった。
そんなもの、幕田が恋焦がれる恋ではなかった!!
特に一つ年上のお姉様は、幕田の事を弟のように……時に優しく、時に下僕のように扱っていた。
ちょくちょく一人で幕田の家にやってきては、化粧を落としてジャージに着替えて、ダラダラとマンガを読む。
それを無視して友人とチャットを始める幕田のPC 画面を覗き込み「何見てんだよー! エロいやつかよー!」とくっついてくる。
それは、なんかムラムラするものの、幕田の妄想していた恋愛とは程遠かった。
当時の幕田は『男女が一つ屋根の下で夜を過ごしたら、100%エッチな事をしてるに違いない!』と思い込んでいた。男女の結びつきとは、全てが愛とか性欲とかに根ざしているものなんだと、勝手に結論付けていた。
――今まで友達と呼べる異性がいなかったからだと思う。
しかし、世の中の男女関係とは、そんなシンプルなものではなかったらしい。
男女の関係には、友情も、師弟関係も、擬似的な兄弟関係も存在した。それはもしかしたら、表面化できない関係性の本質を誤魔化したものかもしれないが、それでも『それ』は形として存在しているのだ。
お姉様という存在は、幕田の男女観に変革を与えた。
それは小説で人間関係・男女関係を描くにおいて、とても貴重な経験となった気がする。
もし彼女達と出会えなければ、幕田は今も、男の欲望丸出しで独りよがりの、傀儡みたいな女性キャラを描写していたかもしれない(今はそうじゃない、とはまだ自信を持って言えないけれど……)。
幕田は人見知りで、人と付き合うことが苦手だ。
誰かから話しかけられなければ、誰とも話すことのない人間だ。
そんな幕田だからこそ、あのアルバイトで、ズゲズゲとプライベートに踏み込んでくるお姉様方と出会えたのは、本当に幸運だったと思う。
やがて幕田が研究室に配属され、アルバイトを辞めた事で、お姉様方とは疎遠になっていった。
お姉様に会った事のある友人が「あのお姉さん達、上手くやったら付き合えてたんじゃね? お前ヘタレだからな、もったいねー」と言っていた。
それはそれで素敵だったかもしれないが……そうじゃなかった事で得たものの方が、きっと大きい。
人との出会いは、時に思いがけない『価値』を生む。
幕田はそれをこの古本屋店員時代に知った。
次は【恋愛編】いきます!




