【すばらしき】においの描写!
幕田は匂いフェチだ。
いきなりの性癖カミングアウトで戸惑われた方もいると思うが、どうか引かないでほしい。匂いフェチであるが故か知らないが、幕田は文章の中で意図的に『におい』の表現を用いる事が多い。
登場人物の心理描写の説明が、言語化一辺倒にならないよう、情景の描写などで表現したりする手法は、皆さんもやられてると思う。幕田はそういう時に、結構頻繁に匂いで表現する。
例を挙げると、こんな感じ↓
① 事務所の裏を流れる水路からは下水の臭いが漂っている。
『蛍蛾』冒頭
② 蝉が間抜けな声で鳴いてる。
ゴムが焦げたような変な臭いが、熱せられたアスファルトから漂ってくる。
『金魚すくいで救われた金魚、恩返しに現れる』
③タバコの臭いで満たされた軽自動車の車内に、香水なのか整髪料なのか化粧品なのかわからない、甘くて薬っぽい匂いが混ざり込む。
『透明な火花』第7部分
五感の中でも文章化との相性がいい、視覚、聴覚、触覚と比較して、嗅覚は知覚範囲が狭く、とてもパーソナルなものだと思う。でもだからこそ、ここぞという時に『におい』の表現を加えると、少ない言葉で強烈に印象づけられる気がする。
①は、現状に対する主人公の眉を顰めるような不快感。
②は、夏のいやーな暑さ、語彙の少ない子供の無知さ、少しゆるい空気感。
③は、初めて女性を助手席に乗せた時の、非現実的な感覚。匂いの出どころがよくわからない、主人公の女慣れしてなさ。化学合成されたような、どこか作り物めいた不自然さ。
読まれた方にどこまで伝わるのかはわからないけど、書いてる本人としてはこんな感じのニュアンスを込めて、匂いの表現を書いている。
また、記憶とにおいの結びつきは強いと聞く。
ある匂いを嗅いだとき、過去にその匂いを嗅いだときの記憶が鮮明に蘇るって感覚は、きっと誰もが体験していると思う。
幕田は甘い梅みたいな匂いを嗅ぐと、大学入試のセンター試験の場面が強烈に蘇る(多分前の席の女子がそういう香水みたいなのをつけていたっぽい)。これはあまりにも個人的な記憶すぎるが、もっと一般的な情景と結びつくにおいであれば、それを思い浮かべた相手に同じような情景を呼び起こさせる事が可能だと思う。
一般的な例を挙げるなら『雨が降る前のにおい』などは、知覚したことがある人も多いんじゃなかろうか。
雨が降る前の、あの湿った埃みたいなにおいだ。
「空が曇っている。そろそろ雨が降りそうだ」って書き方よりも「空が曇っている。雨が降る前の湿った匂いが漂ってくる」とかいた方が、よりじめっとした真に迫る雰囲気を再現出来るような気がする。
では、共通の認識として根付いている匂いとは?
どこまでがそれに当たるのか、それは考えてもわからない。だから、自分が感じたままの『においの記憶』を思い出しながら、においフェチの幕田は今日も匂いを記す。
もし、その匂いの記憶に共感して、同じ情景や感情を共有してくれたとしたら、それだけでその文章の効果は絶大となる。当たるも八卦、当たらぬも八卦。
風景の描写、心情の描写に行き詰まった時には、実際にその場面に立った時に感じられるであろう匂いを想像してみると、意外と渾身の描写が生まれるかもしれない。