不要と言われた盗賊(シーフ)は魔王城で魔法使いと出会う。
久しぶりの短編です。
楽しんでいただけたら幸いです。
「ヒックスチャックさん、今日から抜けてくださいね」
年下のリーダーであるクリスが事務的な感じで言ってきた。
俺がポカ~ンと聞いていると、もう一度同じセリフを言ったクリスは、一枚の紙を目の前に置いた。冒険者ギルドのクラン脱退申請書。
「えっ?サブグループに降格じゃなくて、脱退?」
つい間抜けな声で聞き返した俺に、クリスは言葉を続ける。
「はい、魔法使いのサーシャがSearchの魔法を覚えたので、シーフの役割は不要となりました」
クラン【白銀の騎士】は、【聖剣士】であるクリスを中心とする、西グランデ地域最強と云われるクランである。
クリスをメインとし、盾役の重戦士、切込役の双剣士、魔法役の魔法士、回復役の治癒士、そして、斥候役の盗賊である俺の六人がメイングループ。メイングループの交代要員である十二人がサブグループ。その他の錬金術師、鍛冶師、服飾師、調理師、商人達をバックアップグループとしており、見習いを入れると五十人を超えるクランである。
サーシャというのは、メイングループの魔法士。攻撃魔法に特化していたが、今回の遠征でSearchの魔法を取得した。サーチは、ダンジョン内の罠を見抜く魔法で、先に覚えていたMappingの魔法と合わせて、俺の斥候の役割はカバーされた訳だ。
ちなみに、サブグループの魔法士二人もSearchとMappingを持っているので、何処をとっても斥候役は不要──なのは、分かるけど、クランを設立前の駆出しパーティー時代から一緒にやってきた俺をこんなに簡単にクビにするなんて──クリスの性格を知っているにしても、なんだかな~ってところ。
「ゴメンね、ヒックスチャック。私がSearchを覚えたばっかりに……」
小柄なサーシャが申し訳なさそうな顔で言う。
「ヒックスチャック、また何処かで!」
脳筋重戦士のマルクが笑顔で言う。
「俺達は、クリスの駒だからな。役が無くなったらお払い箱だよ」
理屈屋双剣士のタリバースは、バイバイと手を振りながら。
「ヒックスチャックに神の御慈悲を……」
爆乳治癒士のクリザレーテが祈りをあげる。
わかっている。
よくわかっている。
このクランがクリスの為だけに創られたクランであり、クリスは魔王討伐の為だけに動いている。仲間は魔王討伐に必要な駒で、そこに個人的な感情は無い。今迄も色んな奴が戦力不足でクビになったのを見てきた。でも、まさか自分が…………。
言っても無駄か。
俺は二十六にして、一人となった。
◇
冒険者ギルド。
「ヒックスチャックさん、【白銀の騎士】を脱退されたんですね。これからはソロでいかれますか?一応、募集しているクランかパーティーを探してみましょうか?」
受付の羊の獣人女性が処理をしてくれている。
それにしても、クリスにも優しいところがあったんだなって思う。解雇じゃなくて脱退扱いにしてくれたんだから。解雇と脱退では、天と地程の違いがある。でも──二十代半ば過ぎの中堅シーフなんて、募集しているところがあるかな?──ないだろな。
「暫くはソロで」
俺は、ソロを選んだ。
正直、斥候を希望している別のクランなりパーティーなりがあって、入れたとしても、いつかは不要とされるだろう。所詮、魔法士に取って代わられる運命。
それに、個人戦闘力の低いシーフ職としては、安心できる戦力があるグループでないと不安でしかない。【白銀の騎士】なみのグループなんて、そうそうに見つかるもんじゃない。その上、斥候の為に敢えて上級職にチェンジしなかった奴なんて、募集してるとこないだろうしな…………。
個人戦闘力のある職に変わるにしても、悪漢か暗殺者かというところ。今更なんだよな。イメージ悪いし…………。
それに、今は一人でやってみたい事がある。
いや、危険度から考えたら、一人でしかできない事と言った方が良いだろう。
それは──。
◇
西の魔王城に来ている。
魔王城は各地にあるが、大きい物は三つ。北の魔王城、東の魔王城、そしてこの西の魔王城と呼ばれている物だ。正式名称は、ウンデスメイシンファーハレンブルノイサット城というらしいが、人族としては西の魔王城と呼んでいる(長いからね)。当然ながら、魔王城付近は、魔王領であり、小さな城が点在している。それは、人族も同じだ。
で、この魔王城は、前回、【白銀の騎士】が討伐しきれず、敗走した城でもある。
周囲の小城は、ほぼ攻略済み。後は本丸のみというところで、足踏みをしている感じだ。
俺の目的は一つ。
前回、斥候中に見つけた宝物庫。
クリスは、魔王を倒す事のみに傾注しているから、宝物庫を発見しても、そこに微塵も興味を持たない。どうせ、魔王を倒したら手に入るからくらいのもの。それを、俺は手にする。盗賊の本領発揮だ。
気をつけるのは、二点。
宝物庫のある第二エリアの中ボス(?)、えっらい服装の魔女と、シャドウウォーカーという魔族版アサシン。
魔女。えっらい服装と言っても、偉い感じの服装ではない。まさに痴女。引き締まったウエストラインに形の良いバスト、小振りなヒップに布面積の小さ過ぎる服(?)。紐ですか?と、問いたくなる。輝く銀色の髪、顔も小顔で整っているのに、場末の飲み屋の姉ちゃん的な濃い化粧を施していた。
【白銀の騎士】を撤退に追い込んだんだから、強いのはわかってるけど、やっぱり服装がなぁ……。
シャドウウォーカーは、前回なんとか倒したけど、職的な感じがしたから、また出てきたら面倒。こっちのシーフスキルを看破してくる上に、神出鬼没で個人戦闘力も高かった。
忍び込んだ魔王城。
一人であれば、俺のシーフスキルは無敵──だって、敵に見つからないんだから。
忍び込んだ先は、居住区のようであった。裏から見る魔王城は、人族のそれと同じようで、休憩中の衛兵の間を書類を持った文官達が走り回っている。
他にも、怪我をして包帯を巻いている者。
上司の愚痴を漏らしている者。
女官に愛を語らっている者。
お腹を減らして食堂に走る者。
様々だ。
そんな雑多な魔族達の気配を避けて進んでいくと、ちょっと静かな区域に出た。
役職持ちのいる区域か?
そんな時、一つの扉から出てくる魔族の気配を察して、近くの部屋に逃げ込んだ。
個室?
所狭しと積み重ねられた本の山に、書類の散乱した職務机。小さな衣装ダンスに簡素なベッド。
何となく、仕事に追われる社畜を思わせる。
「魔王城もブラックなんだなぁ……」
そんな言葉が口から漏れる。
「そうかもね」
本の山の陰から声がした。
◇◇◇
魔王城は、今日も大忙しだ。
先日も人族が侵入してきた。何とか返り討ちにしたけど、部下が死んだ。やっと育て上げたシャドウウォーカーだったのに…………人族のシーフに背後から一突き。大体がシーフなんて、シャドウウォーカーの下位職でしょ。はぁ~練度が違ってたのよね。
その上、小城も結構落とされたし…………。
あ〜もう、大体が魔王軍なんて脳筋の集まりだし、うぬぼれ屋のナルシストばっかだし、スケベで好色でSEX脳の下卑た集団で、その上、血統とか種族主義で凝り固まった使えない奴らの軍団でウザい。
──カーラン嬢。儂はファーハレグン小城でよかったかの?
──カーランよ。ファーハレフレ小城よりファーハチノ小城の方に行きたいぞ。
──カーラン様、ファーハレソヨ小城の修復費用の件ですが──
──カーラン。先日の人族襲来の件で──
──カーラン嬢。ファーハレグ小城だったかの?ファーハレゾ小城だったかの?
──カーラン、やっぱり俺には第一エリアは向かないと思うのだが……
──カーラン…………
──カーラン……
──カーラン
嗚呼、もううるさい!
なんで、魔王城の第二エリアのエリア長をしながら、小城の復興管理、領の予算委員、魔王軍配置管理、衛生管理委員等々しなくちゃいけないの?
第一エリア長の狼男なんて愚痴ばっかだし、第三エリアのオーガなんて酒呑みながら筋トレ? 第四エリアの吸血姫なんて寝てるのよ。『たっぷり寝ないとお肌が荒れるから』って、何様? リッチは研究って言って部屋から出てこないし、リビングアーマーは動きゃしないし、魔獣使いはドラゴンの餌やり? はぁ?
「カーランよ、先日の報告書はできたか?」
チャラチャラとした衣装を纏った背の高い男が、急かすように言ってきた。
「宰相様、あの件でしたら、既に提出しましたが」
「ああ、だがしかし、あれは第二エリアの事だけだったではないか。第一や外周部、第三、第四エリアの準備具合も含めて報告してくれ」
「えっ、私は第二…………分かりました。早々に」
「急いでくれよ。私が魔王様に怒られるんだからな」
宰相は、足早に去っていく。
お前の仕事だろうが!
今どき片眼鏡なんて流行らねぇんだよ。
侯爵家かなんか知らんけど、お前も働けや!
喧騒から逃げるように部屋に戻ると、山積みとなった本の間に座り込む。
疲れた…………。
ただ疲れた…………。
辞めちゃおうかな、こんな仕事。
『肌が荒れるから』……か。
目の下にできた青黒い隈。睡眠不足で荒れた肌。慢性化した偏頭痛。
積まれた本の一冊を開く。
──【秘められた職──魔族版】
手にした一本の短剣。
シャドウウォーカーとなった部下の形見。
私が創った魔道具…………。
不意にドアが開かれた。
鍵を掛け忘れてたか。まぁいいや、隠れてよ。本の陰で居るか居ないかわからないでしょ。私は居ません。居留守です。
暫くして、部屋に入ってきた気配は、呟くように言葉を落とした。
「魔王城もブラックなんだなぁ……」
「そうかもね」
つい同意しちゃった。
あまりにも沁み沁みと言うもんだから、言葉を返しちゃったよ。どうする?
慌てて自分の口を塞いだけど、もう遅いよね。
でも、知らない声。
誰なんだろう?
そっと本の脇から窺う──誰?
見たことがある気がする。でも、魔王城の人じゃあない。私が知っている魔王城職員の中にはいない。
男?
人族?
ダガーを構えて警戒している。
一人?
一人で侵入してるの?
この魔王城に?
でも、さっきの言葉──話しが通じる相手かな?
私は立ち上がる。
あっ、わかった。思い出した。
この間の人族のシーフだ。
◇◇◇
声の主は女だった。
銀髪を一纏めにした、眼鏡の女性。細身の身体を地味な服で包んでいる。
若い?
パッと見、二十歳前後といったところか?(魔族の年齢はわからないけど……)
「で、今日は何? リベンジ? 暗殺?」
女は、小さな声で言ってきた。
えっ?んっ?はっ?なんの事?
誰? 俺の知ってる人? リベンジって?
女をそっと見つめる。
やっぱり初めて見る女だ。地味だけど清潔感があって、真面目そうで、見るからに苦労人なのがわかる。
眼鏡が知的で、その奥の瞳が紅く綺麗で、小振りな鼻がキュートで、キッと閉じられた口は唇が薄く小さい。痩せているが、服の上からでも分かる形の良いおっぱい──震えている。微かに震えている。
俺が怖いのか?
つい、女から目を逸らす。
そこに見えたのは、小さな化粧台と壁に掛かった紐のような衣装。
えっ?
「あの痴女──魔法使い……カーラン?」
えっ、あのケバくて派手で下品な女魔法使いの素がこれ?
再び女に目を戻した俺の前で、カーランは真っ赤な顔をしていた。
──トントン
ちょっと間、止まっていた視線を戻させたのは、ノックの音だった。
「カーラン。ファーハレエ小城から追加予算の申請が入っているのだが──」
ドアが開けられる瞬間、俺はカーランに本の陰に隠される。
「は、はい、宰相様、どうされました?」
「誰かいるのか?」
「いえ、誰も。で、どうされましたか?」
カーランは、俺がいることを誤魔化してくれるようだ。
「ああ、小城からの追加予算申請がこちらにきたぞ。こんな事に私を煩わすんじゃない。お前の方で見ておけと言っていただろうが。だから、成り上がり平民は使えないんだ」
「申し訳ございません」
「それにしても、なんだねこの部屋は?コボルトのゴミ箱でももう少しキレイだよ」
「それは、ちょっと……忙しく…………て、時間が取れず…………」
「時間は作るものだよ。そんな事もわからないのか?向いてないなら辞めればいいんだよ」
「……………………」
「お前みたいな平民でも、見た目だけは磨けばそれなりなんだから──」
「至急確認いたしますので!」
「フン。グズが」
宰相と呼ばれた男は、去っていった。
イライラと罵倒したと思えば、蔑み、身体を要求するいやらしい言葉を投げかけて去っていく。
あれが魔王城の宰相か……。
呆れるしかない。
カーランは、開けっ放しになったままのドアを閉めると、へたり込むように腰を落とした。
「大変なんだな……」
近付き、そっと肩に手を添えると、カーランはビクッと身体を震わせると、こちらを見た。
瞳に涙が溜まっている。
眼鏡の下に隈が見える。肌もカサカサと乾燥している。
そっと頭を撫で、軽く抱きしめた。
この娘がとても可哀想に感じた。
胸を貸す事くらいしかできない自分がもどかしかった。
固まった体から体温が伝わってくる。
カーランは、俺の胸の中で、泣いた。
◇
「──でさ、シーフの俺は、お役御免ってわけだ」
「あ〜、よくあるミスだねぇ。魔法使いのSearchってさ、魔法系の罠しかわかんないんだよ。単純な物理的罠はわかんないの」
「えっ、そうなの?」
「そうそう、それにね、索敵もね、生体感知だから、大っきな敵がいるぞ〜って行ってみたら、ゴキの巣だったり」
「かはっ、笑えるね」
──何故か二人で話をしていた。
「──でね、文官も貴族だからさ、こんな仕事は平民上がりがやっとけーって感じ。私、戦闘職だよ、それもエリア長。なのにさ、管理職の仕事に、文官の仕事までさせられてさ、もう無理。絶対に無理」
「大変だな。でも、戦闘職って……あの…………」
「きゃ〜!あの衣装でしょ、絶対、変だよね。やらしいよね。でも、あの衣装着ないと部下が戦ってくれないのよ。なんかやる気がでないって……」
「やる気の意味が違う気がするけどな」
「でしょでしょ。魔族なんてスケベばっかしなんだから」
「……まぁ、魔族にかかわらず、男ってのはスケベなもんだが…………」
「え〜。ヒックスチャックも?」
──ときおり見せるカーランの可愛い仕草にドキッとしながらも、話しは続いていた。
「──でさ、職業選定の時、戦闘系だと剣士か盗賊が選べたんだけどさ、孤児でよ、金もなかったから……」
「あ〜、剣って高いもんね。でも、基本職って魔族も人族も同じなんだね」
「そうみたいだな。でも、捕食者は、人族にはないぞ」
「アハハ、あれは魔族でも特に獣寄りだけだよ」
「そうなんだ。でも、亜人種には捕食者っぽいのがいるぞ。ほら、豚みたいな」
「それは、オーク。だったら、人族にもいるじゃん。チャラチャラした服着た豚みたいな」
「それは、多分貴族」
──気が付けば、話をする二人の距離は近付き、手と手が触れていた。
「──でね、私を拾ってくれたのが、先代の宰相様」
「じゃあ、さっき来てたのは?」
「今の宰相。先代のバカ息子」
「先代は?」
「死んじゃった」
「他に身内は?」
「いないよ」
「そっか。カーランと俺も独りぼっちなんだな」
──触れた指先が絡まる。
「──でもさ、盗賊の上級職って、イメージ悪過ぎるだろ。悪漢に暗殺者ってなんだよ~」
「だったらウォーカー職になったら?」
「ウォーカー職って、あのシャドウウォーカーみたいな?」
「うん、ウォーカー職も盗賊の上級職だからね」
「でも、魔族専用職だろ?」
「人族でも職変更できるよ。過去に例があったはず」
「ウォーカー職か……。強かったな。お前の部下だったか」
「うん。いい子だったよ。でも、戦いだから仕方ない」
「ゴメンな」
「いいの。でもさ、ヒックスチャックのシーフの練度だったら、シャドウウォーカーより上位のインビジブルウォーカーが狙えそう──あっ」
「どうした?」
「でも、人族じゃなくなっちゃう。混合種、魔族混じりっていうのかな」
「種族が変わるのか──それは、どんな種族?」
「人族より魔力が増えて、寿命が倍くらいになるかな。私も混合種だし。でも、私は血統的な混合種だから」
「寿命が倍か…………」
「イヤ……だよね。知り合い皆んな死んじゃうだろうしさ──独りぼっちになっちゃう」
「イヤ、別に良いかな──カーラン、お前と居られるんなら」
「えっ…………うん」
──二人の距離が近付いていく。
「──でもね、あの馬鹿宰相。いっつも怒った後で身体を要求してくるの。平民が平民がって、バカにした後にだよ、信じられない」
「ふ、ふ〜〜ん。で、…………」
「イヤだ! あんな奴に私の純潔をあげるわけがないでしょ。それに、私なんて…………」
「私なんて?」
「私なんて……、女らしいとこなんてないし、眼鏡だし、肌もカサカサだし──」
「そんな事ない」
「──ん何言ってんの。第四の吸血姫とか見た事ないから言えるんだよ。目も大きいし、お肌もプルプルだし、バイ〜ン・キュー・バ〜ンって感じなんだよ」
「でも、頑張ってるお前が良い」
「ちょ、ちょ、ちょ…………」
──二人の唇が重なった。
◇◇◇
それから暫くして、人族の冒険者ギルドにも、魔族の魔王軍にも属さない二人組の冒険者が世界を席巻する。
銀髪眼鏡の魔法使いの女。
インビジブルウォーカーという稀な職を持つ男。
【昊ノ燈】と申します。
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