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愚者のスポットライト

作者: 西空 数奇

「おい、出番だぞ」

声を掛けられて俺はハッとする。

いつもより重い腰を上げて貧相な灯りに照らされた舞台に上がる。

「どうもどうも~よろしくお願いします。とりあえず皆さんに僕たちの自己紹介からさせていただきます。私倉内と申します!」

自己紹介をしながら客席を見る。無機質に置かれたパイプ椅子の特等席、座る観客の目つきは鋭かった。「同じ苗字でも料理は出来ません!土井です!」

「二人の名字を組み合わせてクラウドってコンビ名で漫才やらせて頂いております~。よろしくお願いします!」

客席の方は相変わらず無反応だった。次に土井の方を見る。先程の挨拶の時に若干声が震えていたからだ。案の定、土井の額にはじんわりと汗が浮き出ていた。元々緊張しいな土井のことだ、あらかじめこうなることは予想できていた。すかさず、観客から気づかれないように土井の肩を後ろからそっとトントンと叩く。

「突然ですけどね、あなた水族館行ったことあります?」

いつも通り土井がネタを始める。土井の目を見る。肩を叩いたのが功を奏したのか多少落ち着きを取り戻しているのが読み取れた。

「今日も唐突ですな。でも水族館くらいなら行ったことありますよ。」

「嘘やん!?俺、実はな水族館って今まで行ったことあらへんねん。」

「ホンマでっか!?大体の人行ったことあるで?」

「ホンマでっか!?ってさんま繋がりで掛けたんか?でもおらへんやんか」

「いやそこまで考えてへんわ!ってかホンマに行ったことあらへん?」

「いや()()()やって、あ()()()やったわ。」

「サンマって引っ張られてもうてるやん!ってかサンマが水族館におらんこと分かってる感じやったなあ!」

「あっ…」

「いやいや詰めが甘すぎるやろ、ほんまに…お前は穴子のタレかいゆうてな!」

「え?もう一回言ってくれん?」

「おいおい今度はそっちの方知らんのかい!恥ずかしっ!」

「いやいや舐めてんちゃうぞ、あれよな?七月くらいに食べたらええやつにかけてあるやつやろ?」

「それ微妙にちゃうんよ、それは鰻や!ってやっぱ知らへんのやないかい!」

渾身のツッコミを土井にした。次の瞬間

「…もうええぞ」

客席の方から低く鋭い声が聞こえた。一目で鍛えられていると分かる程にガッチリとした体格で黒いスーツに身を包みオールバックの男が椅子から立ち上がりこちらに歩み寄る。土井はすっかり漫才モードになっていたため咄嗟に反論する。

「あ、いやこっから面白うなりますんでもうちょい聴いてもらえませんか!」

今度は先程の声の主の脇にいたチンピラのような風貌の男が答える。

「聞こえへんかったか?黒田さんがもういい言うとるんやぞ、中止や中止!」

「ここからは後上がっていくだけなんで、もう少し待って下さいよ!」

先程のチンピラ男が土井の言葉を遮る。

「お前ほんまそれ好きやな~。それしか言えへんのかい!そもそもな、自分らが今までこんなしょうもない漫才やってこれたんも黒田さんがお笑い好きやからって一点で俺らから借りた金の返済を先延ばしにしてもらってたからやで。今日やて黒田さんを一回でも笑わせたら利息を考えてやるって言われて今ここに集まってんやろが!勘違いすんなよ、アホンダラぁ!」

すかさず俺も口を挟む。

「俺たち今まで精一杯やってきました。返済に関しては舞台が無い時だって俺も土井もバイトして少しずつ返してました、ただいくら返済し続けても素人にはようわからん利子?やら利息?やらで毎回増えていっていて段々返済するのも厳しくなってきてるんです。この際言ってしまうと正直おかしいんちゃうんか思うてます!」

横にいた土井もここぞとばかりに首を縦に振る。

「よう言うた、倉内!俺らも捕まる覚悟で良いんで出るとこ出させてもらいます。自分ら明らかに法に触れてますもん」

「あんなぁ…」

チンピラ男の目つきが変わった。

「…小嶋も落ち着けや」

そう言って黒田はちょっと待てというふうに手の平をチンピラ男の前に出して制する。

「別におかしい思うんやったら、サツに泣き縋ってくれて構へんで。多分無かったことになるけどな」

黒田は落ち着いた口調でそう言うと懐から黒い塊を出して近くにあった辛うじて机と呼べるような所に置く。見た瞬間、俺と土井は驚きを隠せなかった。

「…チャカや。こんなドラマみたいなことあるんやな!」

興奮し始めた土井を横目に俺は黒田に疑問に投げかける。

「正直あんたらカタギの世界で生きてるとは思ってません。そやから銃の一つや二つくらいは持っとるもんや思ってましたけど今のタイミングで出したんは何でです?」

すると今度はチンピラ男の方が口を出してきた。

「あーこれの意味、気づけへんか?」

「いつでも殺せるっちゅう脅しですか。」

俺がそう答えると、途端に黒田と小嶋が鼻で笑う。

「自分らのした借金返して貰わんうちに殺してもこっちに何のメリットもないやん。そうやない、このチャカをどっから仕入れたかって話やな」

黒田は拳銃を指さしながらこちらを見る。

「…そうか、ひょっとして警察からもらったってことです?」

「…まあそうやな。警察官の中にもお金が足りひんくて困ってる奴がおるらしくてな、試しにそんな奴らにお金貸したら見返りにいうてこのチャカもろうたんや。」

「つまるところ警察に言っても無駄やって言いたいんですか。」

「なんや話がはやくて助かるわ。警察も俺らに下手に手出して俺らとの関与が疑われた日には信用もガタ落ちよ。だからお前らがいくら俺らのこと警察に相談したとしても無駄やって事やな」

黒田は悠然と構えていた。

「そんな一人の警官の手引でそない変わるもんです?」

「確かに一人ぐらいじゃそんなに影響は無いわな」

「ってことはそういう警察官が二、三人くらい居てはるんですか…」

「まあ詳しいことは言えへんが否定はせんでおくわ。ま、ともかくお前らのセンスは絶望的で警察に言ってもどうしようもないって学びを得たな。丁度いい機会やったんちゃう?そろそろ真面目に働いて俺らに引き続き返済し続けてくれや。はよ返したいって思うんやったら知り合いの漁船でも紹介したるわ」

そう言うと黒田は拳銃をおもむろに持ち上げこちらの額に標準を合わせる。

俺も土井も唾を飲み込む。すると、黒田は再度鼻で笑うと拳銃をしまう。

「…冗談や、ほなまた二週間後ここでな、今度は金用意しとけよ!小嶋帰るぞ」

「はい」

満足気な表情を浮かべて黒田が踵を返す。小嶋もまたその後に続く。

俺と土井は大きな倉庫の中、本来なら舞台と呼ぶにも惜しい貧相な台から降りる。俺は先程、黒田たちの言ったことが嘘ではないことを祈った。そんな俺たちを真上を通り過ぎようとした月明かりが照らす。それは今の俺たちには相応しいスポットライトだった。

「…ほな戻ろか」

最初に口を開いたのは土井の方だった。

「せやな」

そう言うと俺たちは緊張した面持ちのまま元来た路を戻っていった。

=====================================

しばらく歩いていると一台の車が見えてきた。その車から一人の男が出てくる。

素早く俺たちに近づくと無理やり車に押し込んだ。扉を閉めると男は運転席に座り、すぐさまエンジンをつけ車を出発させる。ここでやっと男が口を開く。

「大丈夫やったか!?」

その一言で俺たちの緊張の糸が切れる。

「拳銃見せられた時はもう終わった思いましたよ!」

土井の声が先ほどとは違い明るく聞こえた。

「ほんと二人には感謝してもしきれへん、お陰様でええこと聞けたわ」

今運転している人の名前を俺たちは知っている。警察官の藤川さんだ。

すると運転席に座る藤川さんはルームミラー越しに俺の腰を見た。

「あ、これですね。これのせいかプレッシャーのせいか分かりませんが腰が凄い重かったです」

俺は軽く冗談交じりで腰に差したピンマイクと送信機を藤川さんに返す。

「あーすまんかった、でもこれな実は超高性能の最新マイクみたいで米俵くらい重さあんねん」

「えそんな最新マイクやったんですか?変に傷付いてへんと良いんですけど…」

「ごめんごめん冗談や」

冗談を真に受けてしまった俺に車内は盛り上がった。

俺は藤川さんと俺達が出会うまでの事を思い返した。

数年前、俺たちは漫才の賞レースの優勝を本気で狙っていた。その為今まで勤めていた会社を辞め高校からの友達である土井とコンビを組んで漫才の練習に明け暮れた。しかし結果は奮わず漫才の練習に最大限時間を使っていたのでバイトもしていなかった俺たちは生活費も貯金も底をつきかけていた時、地元の先輩から紹介してもらった金融屋から一度だけお金を借りたそれが黒田達だった。それから俺たちは程なくして返済をすることになったが数年たった今でも未だに返済に追われていた。とっくに借りた金額分は返していたがそれでも借金は日に日に膨れ上がっていた。そんな折、土井が営業で行った隣県の営業先で財布を拾った。真っ直ぐ交番に届け出たがそこですっかり駐在さんと話が盛り上がってしまい、この際言ってしまおうという流れになり相談をした。すると数日後には県警本部から藤川という刑事がやってきて協力することになった。先程黒田達が言ったような警察官に邪魔されることなくトントン拍子で話が進んだのはあの話自体黒田のハッタリだったのか、それとも隣県の警察に相談したことが功を奏したのかは分からなかった。そんな事を知ってか知らずか黒田達から漫才を披露してみろという誘いがあり今日に至った。向かう直前、今日のやり取りから少しでも情報を得たいからという事でピンマイクと送信機を渡された俺はスーツで隠れるよう腰に忍ばせてから向かった。

「しかし君たちのお陰で捜査が進みそうや、ほんま助かった」

「いえいえ俺たちに出来ることがあれば何でもします」

土井の返事は軽快だった。俺はふと車窓を見る。そこには満点の夜空と月があった。海に反射して映る月も合わさりいつもより夜が明るい雰囲気を醸し出している、そんな気がした。

=====================================

「あいつらそのまま首吊ったりしませんよね」

車を運転している小嶋が少し怪訝な顔をしながら後ろに座る黒田に尋ねた。

「まあそうなったらそうでまた別の奴取り立てるまでや、それよりもここ二週間くらい須賀川の婆さんに連絡ついてへんな、明日直接家まで取り立てにいくぞ」

「ハイ…」

小嶋の返事に覇気が無かった。

「どないした?なんか言いたいことでもあるんか?」

黒田は元より低い声をさらに低くして疑問を投げかけた。

「…いや、あんな奴らにおいそれとチャカに加えてこちらの情報まで言っちゃってほんまによろしかったんスかね…」

「お前そんな事気にしとったんかいな…」

そう言って黒田は小嶋を鼻で笑った。その調子で黒田はさらに続けた。

「あんなやつらに何ができんねん。どう見たって意気地なしの小心者や、見てて分かるやろ?」

「そう…ですよね!」

小嶋の返事が少し明るくなる。

「それにあいつらと同じ地元の八木もおるんや、最悪あいつに連帯責任ってことで取り立てたってええやろ」

「あー黒田さん…八木なら去年飛び降りて死んでます…」

「そうやったな。今思い出したわ」

まるでどこか遠い異国で起きた事件を語るかのような口振りだった。

「ほんま小嶋、お前もしょうないであいつらと同じ小心者か?」

黒田は小嶋の煮え切らない態度に徐々にイラつき始めていた。

「あのな…お前がどうしても言うてるからこっちも仕方なく雇ってるだけで別にお前やなくてもええんやで?」

言い終わると黒田は目の前にある運転席を蹴った。

次の瞬間、強い衝撃がして車が停まる。

「あ?何や?」

黒田が言い終わる前に小嶋が運転席から外に出る。それに連れられ車を出る。停まった理由が一目で分かった。前方を走る車とぶつかっていたのだ。

黒田は目の前の事態から目をそらしたくなり顔を見上げる。満点の夜空、その真ん中には輝く満月が鎮座していた。煌々とした月明かりはまるで黒田達を照らすスポットライトかのような錯覚を覚えた。

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