肝試しで小学生の女の子を怖がらせようとラジオを流してみた結果
×××様の前でお歌を歌ってはいけないよ
なぜなら×××様はいつでも遊び相手がほしいと思っているからね
もし×××様の前でお歌を歌ってしまったら振り返らずに逃げるんだよ
そうしなければ×××様に連れていかれてしまうからね
……
どこの田舎にもだいたい、何を祀っているのかわからない祠が一つか二つはあるものだ。八百万の神、万物に神が宿ると考える日本人らしいと言えば日本人らしいが……×××様もそんな、小さな祠の一つにある。
×××様のいる祠は小さいわけではないが、多少なりとも交通の便が良くなってきたこの町のなかでひっそりと隠れるように建っている。赤い鳥居が目立つものの、祠に通じるまでの石段に近づいてみればその歴史の古さが否応にも目に飛び込んでくるものだ。一体、誰が管理をしているのか。そもそも本当にきちんとした「何か」が祀られているのか。大して地方史に興味のない私には、何もわからない。ただなんとなく地元の大人が畏敬の念を抱いているので、少し近寄りがたいとは思っている。だが、それだけだ。正直言ってどうでもいい以外の感想が思い浮かばないのだが、黄昏時……日が落ちてきて相手の顔が見えづらくなり、「誰そ彼」と尋ねることからその名がついたと言われるこの時間帯に近づくとどことなく不気味で、禍々しいオーラを放っているように思える。
「それじゃあ、次は矢田さんのペアね。頑張って、行ってらっしゃい」
クラス委員長からにこやかに、しかし「サボるんじゃねぇぞ」という無言の圧をかけられた私は仕方なく隣で所在なさげに佇んでいる少女を引き連れ×××様のいる祠の方へと向かう。
ボランティアで地域の小学生と交流しましょう。そんな企画が出たはいいが、実際に小学生と何をするかはまだ学生の身分にある私たちに丸投げだ。自主性を育むためとか適当なお為ごかしを言って、担任は何もしてくれない。仕方がないので先ほどの委員長が「夏だから肝試しは?」と提案すれば他に代替案もなかったのでそうすることに決定した。
「今時の小学生が、肝試しなんか面白いと思うわけないでしょ」
そう心の中で毒づいてはいたものの、実際やってみるとなんだかんだみんなはしゃぐなり怖がるなりして独特の非日常感を素直に楽しんでいる。集団心理と実に単純なもので、一人が騒ぎ出せばみんな一斉にその空気に飲み込まれてしまうものだ。いつの間にか本来のゲストである小学生たち以上に楽しみ、青春を謳歌しているクラスメートをバックに私は自分のペア――心愛ちゃんという名前らしい女の子とともに×××様のいる祠へと向かっていく。
心愛ちゃん、もとい吉田心愛ちゃんは他の小学生の女の子たちと比べても小柄で、おどおどした雰囲気のある少女だ。名前順にすると同じ「や行」であり女子同士だから、ということで私とペアを組むことになったが向こうから積極的に声をかけてくる気配はない。子どもらしいニコニコした感じも、さりとて人見知りが激しいわけでもなくただ私にどう接して良いのかわからず困惑しているようだ。ひょっとしたら私と同じで、肝試しなんて本当は面倒くさいし嫌だと思っているのかもしれない。だからといって、同病相憐れむ気持ちもないから私はさっさと進んでいくが……
これから先、起こることを私は既に知っている。なぜなら一応ボランティアとして小学生たちを楽しませる立場にある私たちは、事前に打ち合わせを行いこのイベントが盛り上がるよう様々な「準備」をしているからだった。
まずは、階段の途中で事前に隠れていた男子たちが「ガサガサ」とそれらしい音を立ててみせる。そこから先に進むと白い面を被った浴衣の女、正確には私物の安い浴衣を着て百均のお面で顔を隠したクラスメートの女子が無言でフラフラと目の前を横切っていく。
そうやって小学生たちが怖いながらに必死で祠に着けば、この日のためにクラス全員で手書きしたお札があるので持ち帰り肝試しは終了となるのだが――気を抜いてそれを手にすると同行者である高校生グループの一員、今いる心愛ちゃんの場合であれば私が「ギャアアアアア!」という女の悲鳴をスマホで流し小学生をしこたま怖がらせたところでやっと肝試しが本当の終焉を迎える。ついでにクラスのLINEで「〇〇、肝試し大成功!」なんて送れば尚良だ。現に、先に肝試しを終えた委員長が写真付きでそんなメッセージを送ったのをついさっき確認した。
……しかし仕掛け人とはいえ最後の最後に、ずっと一緒についてきた年長者がいきなり裏切るのは情操教育に良くないのではないだろうか。そう思ったものの、お調子者の男子がネットで見つけたフリー音源をノリノリでグループLINEにアップしたため私は反論できなかった。バッテリーと通信量がもったいないが、あとで「矢田、お前やらなかったろ?」なんて言われたら面倒になる。
全く、何がボランティアだ。だいたい、私は学校行事とかみんなで力を合わせましょうとかいうのがうざったくて嫌いなのだ。それなのに、なんでこんなことに……と私はほぼ八つ当たりに近い形で ×××様のいる方角を睨みつける。
「あの」
唐突に小さな声をかけられたと思ったら、いつの間にか足を止めた心愛ちゃんが私を見上げモジモジとしている。どうしたんだろう、ひょっとしてトイレだろうか――そう考えた私がしゃがみこみ、まだ幼さの残る顔を覗き込めば心愛ちゃんは必死に唇を動かす。
「おばあちゃんが言ってた。×××様の前で、お歌を歌ったらいけないって。だから、その、お姉さんもお歌は歌わないでね。……これ、本当は内緒らしいんだけど。でも、知らずに歌ったら大変だっておばあちゃんが言うから。だから、お姉さんも歌わないでね」
至って真剣な様子で、大真面目にそう力説する心愛ちゃんに私は拍子抜けしてしまう。
民間伝承の一種だろうか。×××様の名前は何度か耳にしたことがあるが、その前で歌ってはいけないという話は初めて聞いた。おおかた「神社という公共の場で大騒ぎしてはいけない」という戒めを元に作られた逸話だろう。人生の教訓や社会のマナーを、オカルトな何かに紐づけて教育する――大人がよくやる、文字通り「子ども騙し」の手口だ。だが目の前にいる純真無垢な少女・心愛ちゃんはそれを本気で信じているらしく……その真面目さを笑うのも失礼な気がして、私は「わかった。約束する」とそれらしく答えてみせる。
考えてみれば、小学生ならまだサンタクロースやおとぎ話の類を信じている子も少なくはないだろう。心愛ちゃんは内向的な子のように思えるし、想像力豊かであれこれ目に見えないものの存在を信じていても不思議ではない。それを真っ向から否定するのは、さすがの私も良心が咎めた。
まぁ、肝試しという行事の特性上ちょっとぐらい怖がってもらわないと私たちにも立つ瀬がないし……やれやれ、と肩をすくめながらも私は同行者として心愛ちゃんを宥め、×××様への祠の道を真っ直ぐ歩いていく。想定通りに登場する、わかりやすすぎて不自然な物音やクラスメート扮するお面の幽霊を前に心愛ちゃんは本気で怯えているようだった。本当ならこの子は怖がりで、こういうことに参加するのは嫌だったのかもしれない……と同情しているとようやく×××様のいる祠が目に見えてくる。
「あ、あった! あった、お札! お姉ちゃん、早く帰ろう!」
私たち謹製のお札が目に入った瞬間、心愛ちゃんは必死な形相でそう叫びながら祠の方へと駆け寄る。
危ない、転ぶよ。そう言おうとしたが、心愛ちゃんが走り出す方が早かった。画用紙で作ったお粗末なお札を手にし、ほっとしたような表情を浮かべる心愛ちゃんを見て私は自分の任務――どこかのサイトから拾ってきたらしい女の悲鳴を流す、という使命を思い出す。
正直言って、気が乗らなかった。ここまでで既にすっかり怯え切ってしまった心愛ちゃんを、これ以上怖がらせるのは忍びない。流すの忘れてた、とか心愛ちゃんが可哀想になった、とか言って場を切り抜けようか。お札をしっかり握りしめ、涙目で私の方に戻ってくる彼女の姿を見ていればそれでもクラスメートたちは十分納得しそうな気がする。もう、写真だけ撮ってそれでOKということにしようか……そう思いスマホを手に取れば、その直後に例のお調子者男子からグループLINEを通したメッセージが届いてくる。
『おい矢田! 悲鳴はもうガキにばれた! なんか適当に代わりの奴流してくれ!』
まるで犯罪者への呼びかけみたいなそのメッセージに、私は思いっきり眉をよせる。
個人で繋がっていないとはいえ、グループLINEで呼びかけられた以上スルーすることはできない。了解! とだけ返信して後でしらばっくれてもいいが委員長あたりは「何を流した?」などといちいち確認してきそうな気がする。とはいえ、いきなり「代わりの奴」と言われても……と逡巡していると今度はその委員長からメッセージが届いた。メッセージというか、正確にはURLだ。
『これ流せば?』
その一言と共に貼られていたのは、地元の放送局が流すラジオ番組のアーカイブ配信。続いて「歌なら盛り上がるっしょ?w」というひどく無責任で能天気な言葉が画面に表示される。……草生やしてんじゃねぇよ。
「お姉ちゃん?」
スマホを手に固まる私を、怪訝な目で見つめる心愛ちゃん。そういえば、ここに来る道すがらに「×××様の前でお歌を歌ってはいけない」って話を聞いたっけ。今まさに×××様の前にいるここで、音楽を聴いたらきっと心愛ちゃんはもっと怖がるだろう……それは良識ある大人なら避けるべき行動なのに、私はちょっとだけそこで悪戯心が湧いてしまった。肝試しを楽しむ他のクラスメートに充てられ、なんだかんだ私も調子に乗っていたのかもしれない。
「歌うのはダメでも、聴くならいいよね?」
自分と心愛ちゃんに言い聞かせるようにそう呟き、私は委員長から送られてきたURLをタップする。するとほどなくして軽快なオープニングが鳴り響き――特に電波状況がいいわけでもないし、いつも動画だと読み込みに時間がかかるのにその時はなぜかスムーズに画面が表示された――聞き覚えのある、女性ボーカルの声が流れる。その瞬間、心愛ちゃんの顔が絶望に染まるのを見て私の嗜虐心がちょっと満たされ――
遊んでくれる? 遊んでくれる?
私でも心愛ちゃんでもない誰かの声が、耳元で聞こえた。
聞こえた、というよりは直接頭の中に流れ込んできたと言った方が正しい。男か女か、子どもかお年寄りかもわからない声に私は硬直する。動けなくなったのは心愛ちゃんも一緒なのか、何か叫びたそうなところで固まったその顔は「どうして」と訴えている。
歌わないって言ったのに。おばあちゃんがダメって、言ったのに。そう責める心愛ちゃんの言葉が聞こえてくるような気がして、私はようやく自分の軽率な行動を後悔した。確証があるわけではない、科学的根拠があるわけでもない。だけど、これから「何か」が起こる。とんでもなくまずい何か、恐ろしい何か。本能が警鐘を鳴らす、不吉なそれは単なる迷信ではなかった。それを裏付けるように、心臓をぞわりと冷たい手で撫でられたような感覚に陥る。
遊びましょう 遊びましょう
お歌を歌いましょう お歌を歌いましょう
また、何者かの声が脳に響いてくる。なんだ、お前は。×××様か? それとも別の何かか? 神か仏か、それとも魑魅魍魎の類か。なんでもいい、こっちには来ないでくれ――そんな私の願いも空しく、カランと下駄の鳴る音が近づいてくる。
脅かし役のクラスメートたちは全員スニーカーかローファーだ。今時、下駄の音なんてそうそう生で聞く機会なんかない。そんな現実逃避をしていると、なぜか目が×××様のいる祠の方へ吸い寄せられた。自分の意思と無関係に、強制的に首を動かされ瞼をこじ開けられたような不自然な視線の動き。その目線の先には、赤い目をした誰かがいた。
血のように毒々しく、真っ赤な目。カラコンなんて生易しいものじゃない、白目も黒目も等しく真っ赤でどこを向いているかわからないのだ。なのに、「それ」は真っ直ぐに私の方を見ているとわかる。私に向かって話しかけ、消しゴムか何か借りるかのような気軽さで手を伸ばそうとしている。嫌だ、逃げたい、こっちに来ないで。そう叫びたいが私の喉は張り付くように渇き、動かない体はスマホを落とすことしかできなくなる。
その瞬間、心愛ちゃんがだっと私の傍を離れて逃げていくのが横目で見えた。待って、置いていかないで。私をコイツと、×××様と一緒にしないで――そんな私の願いも空しく、心愛ちゃんは振り返ることなく×××様と私の前から逃げ去っていく。
……
×××様の前でお歌を歌ってはいけないよ
なぜなら×××様はいつでも遊び相手がほしいと思っているからね
もし×××様の前でお歌を歌ってしまったら振り返らずに逃げるんだよ
そうしなければ×××様に連れていかれてしまうからね
……
聞いていないはずのそんな情報が、私の頭の中に入り込んできた。同時に視界が赤く染まり、そのまま宙ぶらりんにされたような気持の悪さを感じる。自分の体が自分のものではなくなっていくような、どこか異次元の世界に連れていかれるような不気味さ。その中で辛うじて、落としたはずのスマホからまだラジオが流れているのがぼんやりと聞こえてくる。
遊びましょう遊びましょう遊びましょううううううううううううううううううう
お歌を歌いましょうお歌を歌いましょうお歌を歌いましょうううううううううう
――耳をつんざく不協和音の中で、私は自分の意識が溶け出していくのを感じることしかできなかった。