決意
食事の後、ミールさんはここにいる子供たちの事について話をしてくれた。
「ここに居るのは人身売買や拉致によって連れてこられた子供たちです」
「……」
「いえ、私が攫ってきたのではありません。亜人の中にも"共成会"という人間と友好を結ぼうとする派閥があり、そのような組織により保護された子供たちを預かっているのです」
「なぜ元いた場所に返してあげないんですか?」
「人間の国とホールデン王国には国交がありません。もともと関係も良くない上に、表向きでは人身売買や拉致の事実はないものとしていますので、『奪っていないものは返すことも出来ない』のです」
「そんな……」
ここで一つ気になった。ミールさんはそもそも何故そのような子供たちを保護しているのか。俺はこの町で倒れているところをノックスとフーシャに助けてもらったが、この子たちは普通に外出することに危険はないのか。
「子供たちを保護していて、ミールさんに危険はないんですか?」
「私の父は国に対して大きな発言力をもつ人物ですので、それが後ろ盾になっているというのはあるでしょうね。国としても、人身売買・拉致を黙認していた事実を明るみにしないためにもよっぽどの事がなければ強引に手出しはしてこないでしょう」
「ノックスやフーシャたちが普通に外出できるのは何故なんです?」
「父は元々軍人でした。そして現在は共成会の中心メンバーです」
「えぇ、それがどう関係するんです」
「新秩序戦争の際に大きな戦績を上げたことを讃え、この土地は父に与えられました。ここには共成会のメンバーやその思想に賛同するものを中心に住まわせているのです」
「つまり、事実上ここはホールデンの中でも人間に友好的な思想を持つ人々の居住区となっているわけか」
「えぇ、なので人間の子供たちも外出する事を許しています。それに貴方も運がよかった」
「確かにそうですね、倒れていた場所がこの地区じゃなければ……」
「はい、攫ってきた訳でもなく身元もわからない貴方は都合の良い商品になったでしょう」
寒気がした。そもそも転移した事自体が不幸なのだが、転移した先については一応幸運に恵まれていたわけだ。状況を飲み込むのは早いほうだが、今回ばかりはまだ半分はフワフワした気持ちでいる。異世界転移なんて本当にあったのか。
「ミールさんは俺みたいな人間が急に理由も分からず現れたのに、すんなり受け入れることが出来るんですね」
「そうですね、私の知っている"人間"というのはいつだって突然現れるものですから」
「そうか、こっちの世界の人からすれば新秩序戦争も人間が異世界から突然現れたのがきっかけですもんね」
「はい、ただ不思議なのはこの世界に住む人間は恐らく生存戦略の一つとして能動的にこの世界に移ってきた。貴方はそうは見えない」
そう。そこは俺自身も一番気になっているところだ。なぜ俺は急に異世界に飛ばされたのか。異世界転移の技術研究にまきこまれたとか?(笑)いや、ないな。いくら大学が研究機関とはいえ、そんな技術がこの時代に完成しているはずがない。
「まぁ、俺も自分が何故ここにいるのかは全く分からないんです。ただ、この世界の事は少しだけわかってきました」
「それは良かったです、なにか気になる事が有ればいつでも聞いてください。それでは今日はもう寝ましょうか」
「あ……あのっ、俺は今日泊めてもらえるということでいいんですかね?」
「ええ、もちろん。狭い所ですか、しっかり休んでください」
「ありがとうございます!」
「ノックス、フーシャ!アサヒさんの寝床を用意してあげてください」
布団の寝心地はあまり良くなかった。ただ、こっちの世界ではこの布団も贅沢品だそうだ。
「おい、アサヒ〜。お前が増えたから狭いよ〜」
「面目ねぇな」
「大丈夫ですよ、アサヒさん。ノックスはそんな事言いながら、どこでも寝ることが出来ますから」
「余計なこと言うんじゃねーよ、フーシャ!」
ここに居る背景を知ると、この子たちに何かしてあげたくなる。ただ、先ずは自分の事だ。明日は少し町へ出てみるか……。
キャハッ、キャハキャハッ!
ゲラゲラゲラ、ゲラッ!
ケタケタケタケタッ!
ヒーッ、ヒーッ、ブフォ、ヒーッ!
「(誰だよ朝から大声上げて笑いあがって……)」
キャハッ、キャハキャハッ!
ゲラゲラゲラ、ゲラッ!
ケタケタケタケタッ!
ヒーッ、ヒーッ、ブフォ、ヒーッ!
「……っるせぇ、うるせ〜」
ピタッ
誰かの笑い声で目が覚めた。数人が大笑いしていた。最初はノックスたち子供の悪ふざけだと思ったが、起きて見て周りを見渡すと子供はまだ誰一人起きていなかった。
「なんだよ、異世界じゃ近所迷惑とかっていう概念がないのか」
俺は寝起きがあまり良く無い。特に外的要因で半ば無理やり起こされたときには不機嫌になる。直さなければと思うが、異世界に来たからといって直るものじゃなかったな。
「大不幸中の極小幸いってやつか」
タバコは後19本残っていた。新しい箱を開けて、一本吸った後すぐにこっちへ飛ばされたからだ。物騒な異世界への転移に加え、初めて迎えた朝はバカみたいな笑い声に起こされた。あと19本あるという事実が心を少し落ち着かせた。
カチャンッ シュボッ スーッ
フゥ〜〜〜……
「お早いお目覚めですね」
「あぁ、おはようございますミールさん」
「おっ、それは"タバコ"ですね。私にはそれの良さがわかりませんでした」
「こっちの世界にもあるんですね」
「いえ、一度人間のものを頂戴したことがあるだけで、ホールデンにはございません」
「そうですか。それよりミールさんもあの笑い声で起こされたんですか?」
「笑い声?」
「はい、あの気持ち良い睡眠を阻害する不快な笑い声ですよ。キャハキャハ、ゲラゲラって」
「あぁ、あれは鳥の鳴き声ですよ」
「うそでしょ」
「バカドリっていう鳥です」
元の世界にもアホウドリっていう名前の鳥がいたけど、こっちにもいるんだな、そう言う名前の鳥。
「バカドリかぁ」
「はい、バカみたいな笑い声を上げるのでバカドリです。いかにも頭の悪そうな笑い方に似ているでしょ」
あの鳴き声には腹が立ったが、名前の不憫さに免じて許してやろうと思った。
「そうだ、ミールさん。俺を少しの間ここに置いて貰えませんかね、この世界の事を知るまでは流石に単独行動は出来ないというか……」
「そうですね、いいでしょう。ただ一つ条件があります」
「条件?」
「えぇ、私たちの計画に協力してもらいます」
「計画……ですか?」
「簡単に言うと、ここに居る子供たちを本当の親の元へ返す計画です」
「え、でもそれは出来ないっていう話を昨日聞かせてくれたじゃないですか」
「私たちだけでは出来ませんでした。しかし状況が変わりました」
「まさか、俺ですか?」
「その通りです。国の体裁の為にも、"亜人が返した"という事実が出来るのを嫌がった。この事実は、拉致の存在を事実上認めることになるからです。しかし貴方は亜人でも無ければ、この世界の人間でもない訳です」
「亜人からの返還という事実が作られない上に、この世界の人間では無いからもしもの時には罪をなすりつける対象としてはうってつけと言う訳ですね」
「お察しの通りですが、リスクもあります。仮に王国側がアサヒさんを上手く利用する手段ではなく、いっそ全て消してしまうという手段を取った場合には子供たちだけでなく貴方の命も危なくなる」
「ですよね〜。なるほど」
勝手にミールさんはとても優しい人という認識になっていた。自分を受け入れ、自分を保護してくれる人だと。案外リスキーな提案をしてした事に少し驚いた。
「すみません。昨日あったばかりの人に、少しの間泊める代わりに命を張れというのは無茶なことは自覚しています。ただ私はこの子たちを家族の元へ返してあげたい」
「勝手にミールさんはとても優しい人という認識になっていた。」と言ったが、この言葉を聞いてミールさんが優しい人であると言う認識は間違っていなかったと思った。
ミールさんは人の為に自分の魂を汚すことのできる人なんだと思った。
すっかりタバコは短くなっていたが、もうひと吸いだけして火を消した。
「わかりました。じゃあそれで」
「本当ですか!」
「はい、実は昨日思ったんです。俺もこの子たちを元いた場所に返してあげたいなって。それに俺、既に一回死んでるようなものですし」
「……ありがとう、ございます」
そういってミールさんは深く頭を下げた。やるとなれば今日から準備だ。少しでもこの世界のことを知り、なんとしても成功させよう。
「ミールさん、アサヒ〜。おはよ〜」
「おう、おはよう」
元の世界にいたら普通の会社に入社して、普通に暮らしていたに違いない。死ぬかもしれない一寸先は闇のこんな計画、この子たちのヒーローになってみよう。
せっかくの異世界だ。かっこよく、好きに、気ままに生きるんだ。