表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/4

予感

 俺は烏丸(カラスマ) (アサヒ)。今、大学の喫煙所でタバコを吸っている。研究室で卒業論文を書いているが、その一服だ。特別おいしいとも思わないが、タバコに火をつけ何を考えるでもなくボーッとするひと時を気に入っている。

 タバコを吸い始めたのはしっかりハタチを超えてから。そう、俺は真面目なんだ。真面目過ぎて面白味がないので、女性にモテない。自分で言うのもおかしな話だけど、顔の良さは中の上くらいで、身長も平均よりは高い。体つきもそこそこ良い方だ。ただ、人としての面白味が平均を大きく下回り過ぎている。

 子供の頃から安定志向を植え付けられたせいか、これまで安パイな人生を送ってきた。既に決まっている就職先もそこそこ大手の建設会社。これからもそこそこで、安定志向な人生を送ることが手に取る様にわかる。自分でも面白味に欠けると思うよ。でも、面白味を求めて安定を捨てるほどの勇気も動機も持ち合わせていないんだ。

 リアリストと言えば聞こえは良いかも知れないけれど、ときどき先の分かりきった人生を思っては落ち込むことがあるのも事実だ。


「ふぅ〜、研究室に戻るか」


 俺の所属している研究室は校舎の五階にある。この棟は古くエレベーターがない。つまり五階まで毎回コツコツ階段を登る訳だ。ちなみにこの棟は今年で取り壊され、来年からはエレベーター完備、トイレピカピカの新棟に移るらしい。俺はその頃には卒業してここには居ない。

 自分が卒業した後に、校舎が新しくなったり、ブラック校則が廃止されたり、修学旅行が海外になったり、そういうのってなんか少し損した気持ちになるよね。

 これを損と感じるところに、俺の人間としての小ささが現れている気がして、またこうやって勝手に悲しくなるんだ。


「ハァ ハァ やっと四階だよ」


 五階へと続く階段に足をかけた瞬間だった。急に頭がクラッとして、視界がぼやけた。そして頭の中には耐え難いほど不快な音が響いた。


ギュィーーーーーーーーーーーーーー!!!


 意識が飛びそうだ。何よりも音が大きくなるに連れて、頭痛も酷くなる。苦しい。痛い。


「ヴッ だれかっ……」


 意識が遠くなるのを感じながら、これが"死"かと少しワクワクもした。それから少し体が軽くなった気がした。しばらくして俺は意識を失った。



「おいっ、おいっ、聞こえるか」

「お兄ちゃん、この人しんでるの?」

「いや、息はしてるみたいだ」


 遠くに子供の声がきこえる。男の子と女の子だ。聞こえてはいるが、返事ができない。


「おいっ、こんなとこで寝てんなよっ」


 頬を軽く叩かれた。痛みは感じる。ひとまず死んではいないようだ。いや、待てよ。大学にこんな子供が何故いるんだ。


「やめなよっ 叩いちゃダメ」

「……あっ、な……」


 やはり上手く声が出せない。目を開けられたが、やはりそこには子供が二人いる。


「あ!目を覚ましたよお兄ちゃん!」

「ほらな!俺が叩いたのが効いたのさっ」

「でも苦しそうだよ?」

「ちょっと待ってろ、ミールさんにあの薬もらってくるよ」


 俺はよく分からない薬を飲まされた。体が上手く動かず、声も上手く出せない俺に抵抗する術はなかった。ただすごい勢いで体が楽になるのを感じた。


「ありがとう」

「いいよ、そんなことより何してこうなったんだよ」

「お兄ちゃん!ダメだよ、大人の人には丁寧な言葉を使わないと」


 周りを見渡すと今居る場所がさっきまで居た大学ではないことはすぐに分かった。いや、そもそも日本ですらないだろう。


「あの、俺の名前はアサヒっていうんだ。君たちの名前も教えてくれるかな?」

「私はフーシャです。こっちはお兄ちゃんのノックスです。」

「なぁアサヒ〜、なんでこんなとこで寝てたんだ?」

「急に気を失って倒れたんだ。でも俺が倒れたのはここじゃなくて……」

「何いってんだよ」

「お兄ちゃん、アサヒさんはまだボーっとしてるんだよ。今日は私たちの所で休んでもらおうよ」

「ミールさんに聞いてからだぞ」


 "ミールさん"か。確かさっきの薬の持ち主だった人だよな。何者だ?と言うか、ここは本当にどこなんだ。


「フーシャ、ノックス!大丈夫か!」

「あ、ミールさん」

「ノックスが治癒薬を慌てて持っていくものだから、フーシャに何かあったのかと……」

「ミールさん、私もお兄ちゃんも大丈夫です」


 これがミールさんか。俺よりは歳上だが、とても若い。この子達の親の様には見えないが。


「あ、あの。薬は自分に使って貰いました」

「ん?貴方は……」

「ミールさん、この人アサヒっていうんだって〜。ここで倒れてて、苦しそうだったから助けたんだ」

「ミールさん、今日はこの人をうちで休ませてもいいですか?」

「そうだね、今日はそろそろ日も暮れる。アサヒさん、ついて来て下さい。お話はうちで聞きましょう」


 知らない場所で、病み上がり。ここはついて行くしかなさそうだ。


「あ、はい。よろしくお願いします」


 五分くらい歩いたところで、ミールさんの家についた。


「フーシャ、ノックス、私はアサヒさんとお話がある。少しの間、他の子供達の面倒を見ておいてくれるかい?あとご飯の準備も頼むよ」


 話ってなんだろう。流れですんなりついて来てしまったが、よく考えればこの状況は実に意味が分からない。ミールさんは何か知っているのか?あと、他にも子供と暮らしているのか。


「さてアサヒさん、話をお聞かせください。なぜ、人間の貴方がこんなところに……」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ