わりと良く……はない高校教師の悩み
初投稿です。拙作ですがどうぞ宜しくお願い致します。
二次創作として、著作権が消滅している芥川龍之介先生著「羅生門」の一部を引用しています。
それ以外の漫画やゲームについては、タイトルや固有名詞を伏せ字にするかボカしており、作中の文面の引用はしていません。
「と、お、や、ま、セーン、セッ」
わざとらしい言い方をしながら準備室に1年2組の横槍 千早が入ってきた。
案の定、引き戸を完全に閉めようとしてるので軽く睨むと「あ、やっぱ駄目?」と肩を竦める。
わかってる癖に毎回やるのは、こちらをおちょくるつもりに違いない。
「ハイハイ今日は何の用?先生は忙しいんですが」
構えば構うだけ泥沼なのがわかっているので、俺はPCの画面に向き直り、明日の準備に集中する。
つい気が緩むと気安くなってしまうから、いつもと態度が変わらないようにドライに。ドライに。
「えー、センセー冷たーい。」
横槍が言う。言葉だけなら一昨年初めて人生の先輩方と行ってみたキャバクラのアリサちゃんと同じだったが、
アリサちゃんのしなを作って甘える様な話し方と全然違う。
まるで小学校教諭に『今日はいつもより宿題を増やします』と言われた時の子供達がブーイングをするような言い方だ。
ふっと目尻で笑ってしまいそうになり、表に出さないように焦る。
いやいや、ヤバイ。気が緩んじゃ駄目だって。絶対にコイツ調子に乗るから。
「センセーの為に買ってきたのに! ハイこれ好きでしょ?」
視界の左端に横槍の手と紙パックのイチゴ牛乳がぬっと現れる。
多分食堂の自販機で買ってきたのだろう。パックに細かい結露が付いていて、良く冷えていそうだ。
「……別に好きではないけど。まあちょうどいい糖分補給だな。ありがとう。110円だっけ」
顔はPCに向けたまま、横槍の手に触れないようにイチゴ牛乳を受け取り、反対の手をポケットに突っ込んで小銭を探る。
「え、要らないし。アタシがセンセーお疲れ~であげたかっただけだし」
言葉の隙間にサラサラっと小さな音がした。
多分首を横に振って髪が揺れたのだろう。
長い付き合いで見なくとも大体想像が付く。多分大真面目な顔をして言ってる。
「そんなわけいくか。生徒から金品貰うとかご法度だからな」
ぴったり110円あって良かった。机の左端にパチリと置いたが小銭に手は伸びてこない。
「イチゴミルクで金品とか大袈裟じゃんー。昔はこんなのわりと良くある話だったでしょ。アタシとセンセーの仲なんだからいいじゃんかー」
これまた子供のような口調で言う。
あーコイツわかってんな。
色んな意味でわかってんな。
でも一番大事なことがわかってないな。
流石にちょっとイラっとしたので首を横に向けて顔を見た。
揺れた筈の髪は全く乱れていない。前髪の無いワンサイドのストレートボブは艶のある黒髪だ。
向かって右側の髪は耳にかけ、その耳にはゴツめのピアスが三つ並んでいる。
明らかに化粧をしている綺麗なつり目がクルリと煌めき、口元が綻んで猫っぽい顔つきに変わった。
確かになんの関係もない普通の教師と生徒なら
『アタシとセンセーの仲』なんて、わりと良くある冗談ですまされる物なのかもしれない(俺は三年間の教師生活で他の女子生徒に一回も言われたこと無いけど)。
しかし違うからこそ、学校内では距離を置いて変な誤解をされないようにしたかったのだ。
横槍は多分全部わかっている。
俺がコイツを大切な存在だと思っているし、手を出す気も更々無いし、他の生徒と同じ様に扱おうとしているのを。
わかっていながら、傲慢にもくらいついてこようとする。
……だがしかし。
俺は一つ息をついて横槍の瞳を見ながら言う。
「……あのな、お前、小林先生に目をつけられてんの自覚してる?」
瞳の煌めきが一瞬にして消え、それはそれは大きく見開かれて穴が空くほど見つめられた。『ポカン』という効果音が出てきそうだ。
多分欲しかった言葉も、そうでない言葉も、あらゆる予想していたセリフとは違うものを聞かされたのだろう。やっぱりわかってなかったんだなと俺は確信した。
「……え。なんでコバ、セン……?」
これは事実だ。横槍はこの高校へ入学して早々に生徒指導のコバセンこと、小林先生の要注意人物リストに入っている。
小林先生から「1-2の横槍、どう思います?」と言われて、もう俺達の関係がバレてるのかと滅茶苦茶に冷や汗をかいた。
実はバレたのではなく、横槍が悪い意味で目立つ存在なのと、準備室にしょっちゅう来るのを見られていたからだったんだが。
「なんでって、お前目立つからだろ」
「……めだつ……?」
思わずはぁとため息が漏れてしまった。
「そりゃ目立つだろ。校則違反のがっつりメイク、ピアス左耳に3つも! 言葉遣いも悪いし口も悪いし声もでかいし! そんで普段は1年で一番目立つグループかギャル仲間のどっちかとつるんでるし、たまに違うところに居ると思ったら大体男子とゲームしてるだろ」
たっぷり数秒は横槍の口がパクパクと金魚のように開け閉めされ、その後急に意識が戻ってきたかのように喋りだした。
「……あ、そっちの目か!! アハハ! そうだよね! ヤッバヤバのヤバ!!」
「そっちの目って何を考えてたんだよ」
言いながら、横槍の顔が赤く染まるのを見て何を考えたのかはだいだい予想がついた。
「~~~っ!!! 何でも無い! 全てを破壊し無に帰して墓地へ! ターンエンド!」
顔を見せないようにバッと俯きながら、昔カードゲームをやっていた時のターンエンドの手の振り(どうぞそちらへ的な動き)をする。
おどけて「今のは聞かなかったことに」と言っているつもりなのだろうが、珍しく耳まで真っ赤だ。
『目をつけられる』の意味を取り違えたのが自意識過剰だとわかったんだ。これは思春期の娘には黒歴史レベルの恥ずかしさだろうから無理もない。
しっかしうちの学校で多分一番ロリコンから遠い存在の、真面目一徹&超愛妻家の小林先生になんつー疑惑をかけるんだよ。
因みに二番目は俺だと自負している。
「で、話を戻すが、そんなお前が俺に賄賂を渡したとか買収しようとしたって噂が出たらどうする?」
「…………。」
「お前、下手に俺の受持ち教科だけ点数いいしなぁ。まぁ俺は無実だけど疑うやつはいるかもな~。」
「…………………。」
「おまけに、お前と俺との仲とか言う?」
事実、俺は過去にコイツの産まれたままの姿を見た事があるほど仲は深い。
でも俺は誓ってロリコンではない。コイツもそんな事望んでない。しかしいくら構って欲しいからって言って良いことと悪いことがある。
俺は開け放たれた扉を指差す。
「冗談でもそんな事を誰かに聞かれて誤解されたら俺はどうなるのかな? 冤罪でクビとか~? 最悪、未成年淫行疑いとか?」
「…………本当にごめんなさい。迂闊でした。」
俯いたまま、横槍が謝罪をした。もう耳は赤くない。顔を少し上げ、しおらしく机の上の小銭を手に取った。
うん。俺に迷惑がかかるとわかったら速攻で非を認めるところは武士の子かと思うくらい潔い。
多少内弁慶でお調子者の気はあるが、この潔さと素直でかわいいところがあるから憎めない。
「わかってくれればいいけど、ごめんついでにそのメイクとピアスもどうにかなんないのか?」
後程、俺は余計な事を言ってしまった事に気づいて後悔することになる。
勿論、老婆心故の注意ではあるが、言わずにおればこのまますごすごと帰ってくれる可能性があったのに。
横槍はパッと顔を上げてニヤリとした。瞳に先程とは違う種類の光が踊る。
「それは無理!ピアスは鎧とまやかし!そんでメイクは武器!」
横槍はピアスの時はガードのポーズに煙幕を使うポーズ、メイクの時には武器を構えるポーズを立て続けに披露した。
そこそこ美人なのでなかなかサマになっている。
特に武器は『ジャッキイィン!!』という効果音が脳内再生されそうなほどだ。
昔、俺達が遊んでいたモンスターを倒すゲームの真似である。
当時の横槍にはCEROとか難易度の壁があって、横から俺達のプレイを見ながら今みたいに動きの真似をしていただけなんだが。
懐かしさに思わず今まで寄せていた眉間が緩んで心に隙が生まれた。
「……うん。わかるよ。お前わざと見た目で男を威嚇してるところあるもんな。でも校則違反以外の方法はないのか?」
一瞬だけ横槍が目をすがめた。次いで良い返しを思い付いたのか今度は白っぽい光が目に煌めく。
「『どうにもならない事を、どうにかするためには、手段を選んでいる遑いとまはない。選んでいれば…』ってね」
ポカンとして、すぐ出典に気づく。
「……『羅生門』か!!」
「ぴんぽーん。正解。」
暗記できるレベルとは恐れ入った。けれどメイクとピアスがなきゃ屍になるって大袈裟だなぁ。
「しかし、俺の本棚読破したっての本当だったんだな」
「うふふ。そりゃあね。あ、でも陽兄ちゃんが"神作品"ゾーンだけは一人暮しの部屋に持ってっちゃったでしょ?あそこだけぽっかり空いててさあ」
「おう!そりゃあれは紳士の必修科目だからな!あれだけは持っていかないと!」
「そんでおじさんが同じの全部買ってプレゼントしてくれた。通しで読んだ」
「……まじか。聞いてないんだけど」
通しで読んだって簡単にいうが、某奇妙な冒険譚は第8部まであるぞ?
全部読んだの?ってか第1部とか、わりとこないだまでJCだった娘に読ませるには刺激強くない?
つーか7部までは文庫版だとしても、いくら注ぎ込んだんだよ親父ィィィ!!
「アタシの宝物だよ~♪ 陽兄ちゃんが神と言ってた理由がわかったわ……。特に4部がね。舞台が日本だから一見地味なんだけどね~」
「おお…わかってるなぁ」
「ねー!でもこの素晴らしさを同い年だとわかってくれる人が少なくてマジ辛ぴだし!アニメは良くても漫画は駄目って人もいるし!」
「えっなんで?嘘?どこの誰だよー。アニメも最高の出来だったけどさ!やっぱ原作こそ至高だよなぁ」
「うんうん!だよね!あの構図とかアナログで書いてるの人間じゃないよね!!今、一応周りに布教はしてるんだけどね~。実は………」
もう目をキラキラさせて、立て板に水の如く喋り続ける横槍。
……ハッと、うっかり乗ってしまった事に気づいたがもうだいぶ遅い。
これを避けるために冷たくしたり説教したりしたのになぁ……。
ゲームから小説へ、そして最も敬愛する先生の漫画作品、という見事流れるような連携を目の前に出され、つい食いついてしまった。
多分こうなると暫くは話が終わらない。
元より横槍 千早はそのつもりでここに来ているのだ。
ちゃっかり呼び方も「遠山センセー」ではなく、昔からの「陽兄ちゃん」に変えている。
俺達の他人には言えない放課後の関係。
それは、ただの幼馴染同志の、ちょっと前の漫画やゲームに関するオタクっぽい会話。そこに恋とか愛とか艶めいたものは一切無い。
はい、期待した人いました?残念でした。解・散!
何せ俺は15年前、文字通り産まれたまま(0歳児)の姿のコイツを抱っこさせてもらい、オムツをかえたり沐浴の手伝いをしたこともあるのだ。
完全に第2の妹。変な気など起こるわけがないし、千早もそんな風に見られたくないと思っているのだ。
~・~・~・~・~
千早には二人の兄がいて、10歳離れた上の兄=敦盛が、俺=遠山 陽斗と同い年で無二の親友。
5歳離れた下の兄=興嗣が、いま俺の6つ下の妹=瑞希と付き合っている。
遠山家と横槍家は近所で、昔から家族ぐるみでかなり親密につきあっている関係だ。
そして千早は物心ついた頃から俺を「陽兄ちゃん」と呼び、何故か年の近い瑞希よりも俺の後ろをぽてぽてとくっついて回っていた。
俺も敦盛も興嗣も、千早はかわいい妹だがつきっきりで面倒を見る気はなかった。
あくまでも普通の男子の遊びをしていて千早が混ざりたいなら混ぜてやる。漫画やオモチャも汚さない・壊さないなら貸してやる。というスタンスだった。
……結果、千早は魔女っこアニメより特撮戦隊物に、
少女漫画より少年漫画の発売を楽しみにし、
小学生男子に混ざって「遊●王」のガチデッキで勝負したり、
おままごとよりモンスターをひと狩りするゲームのアクションを真似る、実に、実に立派な「男子向け趣味が大好きな女の子」に育ってしまったのだ。
たまに少年漫画やゲームが好きな女の子も居るには居るが、それは所謂『腐女子』だったり2枚目キャラがカッコいいと疑似恋愛するような事が殆どだろう。
だが千早の中身は完全に男子。活発なスポーツ系ではなくインドア系男子。
以前『某忍者漫画で一番誰がカッコいいか』と女子同士で話していたときに『自●也先生!』と言って周りをシーンとさせたそうだ。
俺はそれを聞いた時に『わかる。生き様カッコいいもん……。俺最期のシーンめっちゃ泣いたもん……。あとCVが大塚さんなの神……』と言いながら千早の頭をグリグリ撫でた。
そんな感じの話をいつも、お互いの家を行き来して敦盛と遊ぶついでに千早としていた。
千早は凝り性で、俺や敦盛達の本棚……少し古い漫画や、中学生以上が読む漫画や小説まで片っ端から読み倒そうとしていた。
たまにオタクとも言えるレベルまで深い話をすることもあり、もはや実の兄の敦盛や興嗣相手の会話はつまらないらしく、ちょっとだけインドア派の俺にしょっちゅう構って欲しがっていた。
その時の千早はかなりぽっちゃりしていて、俺にはかわいい犬のように懐いてくれていた。
約5年前・大学三年の頃くらいから、俺が教育実習やら教員免許取得やらで忙しくなり千早との交流は減っていった。
無事教師になれたタイミングで実家を出て一人暮しを始めたので、就職祝いの食事会で少し話をしたのが最後だった。
しかしその後もたまに敦盛や瑞希から「千早と話してやれ」と言われる事はあった。
なんか色々あって、男嫌い……というか自分を女子として見る男が大嫌いらしい。
身内以外の男が信用できなくなったのでオタク話ができる相手が少なくなり、毎日漫画やゲームの話に飢えているとかなんとか。
最初聞いたときは(俺の可愛い第2の妹に何事か!)と焦ったが、まあ別に事案的な物も事件的な物も起きたわけではないらしい。
ちょうど千早は中2だったし中二病なら『不潔!』とか言って極端に男子嫌いになるとかありそうだし。
とは言え当時の俺は新しいゲームや漫画も楽しめないくらい多忙を極めていたので
会ったりはせず、ごくたまにメッセージアプリでやり取りするくらいだった。
それが今年、俺が教鞭を取っている高校に千早が合格したと聞き、横槍家でのお祝いに顔を出して驚いた。
一昨年ダイエットしていたとは敦盛から聞いていたが、出るところは出て引っ込むところは引っ込んだスタイルの良さ。
大人っぽい髪型にメイク、存在感のある左耳の3つのピアス。
つぶらな瞳だと思っていたのに大きな猫のような目(これもダイエットで目蓋の肉が減ったかららしい)。
小さな頃はぽてぽてとくっつき、身内ばかりに甘えて外の人間には臆病だったのに、今は気さくに誰とでも明るく話すふるまい。
そのくせ綺麗な笑顔には一人でふらりとどこかに行ってしまいそうな、気まぐれな雰囲気が漂っている。
千早は犬系ではなく猫系のハデな美少女に大変身していた。
……が、あくまでも変わったのは外見と、明るく社交的な態度だけ。
カードゲームやRPG、少年漫画(しかもちょっと前の時代の漫画が多い)の趣味と、
たまに生意気な口を聞くところは全く変わっていない。
男嫌いも顕在らしいが、小学校からずっと一緒の男女グループとは今も一番の仲良しだそうで、全く男友達が居ないわけではないらしい。
そのグループとやらが千早を含め5人(男2人女3人)で、全員千早と同じかそれ以上のイケメンと美少女揃いときている。
千早以外は品行方正な良い子ばかりだが5人揃うといやに目立つので小林先生の目につい入るのも無理はないと思う。
そんなわけでどうもその華やかな感じから、周りにはあまりその中身には気づかれてないようだが、俺は知っている。
実は趣味のオタ話をしたくてうずうずしている、ギャル系女子高生の皮を被ったちょっとオタクな小学生男子。
それが横槍 千早の正体だ。
~・~・~・~・~
趣味の話はしたい。でも自分を邪な目で見ない人と純粋に語り合いたい。
そんな都合の良い奴……わりと良くあるわけがない!
そしてその数少ない奴として、放課後の俺は千早にロックオンされた。
しかし俺は教師として、千早を特別扱いにするわけにはいかない。
それをわかっていながら、千早はあの手この手で話しかけてくるのだった。
ここまでお読みくださりありがとうございました!
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続きます。