確かな絆
夏休み、死ぬほど暑くて部屋でだれる…。涼しい風が欲しい。なのに…。
「あ゛ー」
うちの陽菜さんは扇風機の前を独占していて宇宙人ごっこをしていた。
「こら、兄にも風をよこせ」
「い゛ーや゛ーだー」
俺は無理にでも陽菜の横に座り扇風機の首をこちら側に向けた。
「あー、生き返るー」
「あ、ずるーい、陽菜も!」
陽菜は俺の上にちょこんと座り、再び風を占領する。
陽菜に居座られて俺は動けない。考えたな…。妹よ。
「お兄ちゃん、そういえば前に聞こうとして聞けなかったんだけど、お誕生日って何時なの?」
「3月だよ」
「じゃあ陽菜と会った時にはもう過ぎてたのかぁ、お誕生日になったらお祝いしようね!」
「おう、ちなみに陽菜はいつだ?」
「あのね、今日!」
「…はい?今日?」
「うん、今日誕生日だなぁって思ったらお兄ちゃんの誕生日そう言えば聞いてなかったなって思って」
おいおい、それは急すぎる。プレゼント今から買い行くか?お小遣いまだ余ってたかなぁ。
「まてまて、じゃあプレゼント買いに行こう、安いのしか買えないけど」
「いらないよ」
「いや、せっかくの誕生日だから、何かあげるよ、安いのしか買えないけど」
大事な事なので二回言った。それでも陽菜は首を縦には振らなかった。
「今年はもう貰ってるから、これ以上貰っちゃったら罰が当たっちゃいそう」
「へ?何かあげたっけ」
「うん、お兄ちゃんを貰ったよ!」
なかなか可愛い事を言ってくれるじゃないか…。こんな俺でよければいくらでも。
「じゃあ俺も陽菜を貰ったから今年は満足だな」
「うん、貰って貰って」
陽菜は俺にそのまま体重を預けると身体を擦り寄せて甘えてきた。
よしよし、可愛い奴だ。
「後ね、お兄ちゃんが寝てる間にいちごミルクいっぱい味わっちゃった」
「あ、何故か減ってると思ったら、陽菜の仕業だったのかぁ!」
俺はそのまま陽菜の身体をくすぐった。
「きゃっ、ごめんなさーい、お兄ちゃん、ひゃああ」
俺のくすぐりを避けようと身体を動かす。ぐりぐりと身体を動かされ足が痛くなってつい離してしまった。
「でも、ちょうだいって言ったら絶対もらえるもんね、お兄ちゃん」
俺をいたずらっ子のような目で見る。あー、いくらでもあげるとも。
そんな時、静音さんがやってきた。
「ねぇ、二人とも暇なら花壇のお花に水をあげてくれないかしら」
「やりたい、お兄ちゃん!」
俺は直ぐに返事をした。やらない理由がないし、気分転換に丁度良いだろう。
目を輝かせる陽菜の真意に気付くことは出来なかった。
花壇の前に向かう。水道のある場所へ、蛇口にホースを差し込み、そのまま捻る。ホースがググっと張り込んで、水が流れ込んでるのがわかった。先端のシャワーヘッドのトリガーを引いてみて水が出る事を確認する。
「大丈夫みたいだ、陽菜」
「陽菜がやるー!貸して、お兄ちゃん」
そのまま陽菜に渡してあげる。陽菜は花壇のお花に水をあげ始めた。
「元気になあれ、元気になあれ」
「あんまりあげすぎると逆に駄目だから気を付けるんだぞー」
「はぁい」
元気に水やりしてる陽菜を見てふと思う。少し前まで泣いてばっかりだったのに、今は泣いてる所なんて全く見なくなった。俺が少しでも役に立ってくれたのならそれは嬉しい。
陽菜の泣く所なんてもう見たくないからな、俺は絶対に陽菜を見捨てない。
暫く考え事をしていると、身体にいきなり冷たい感覚が駆け巡る。
「つ、つめたっ!」
「へへーん、こっちのお花も元気無さそうだったからお水あげちゃいましたー!」
そう言って陽菜が俺にシャワーをかけてくる。丁度考えた事も吹き飛んで頭が冷えた。
「やったな、陽菜、俺にもシャワー貸せ!」
「やだよー!」
とても楽しそうに笑顔ではしゃぎながら逃げる陽菜。あちこちにシャワーをかけまくったせいで土がぬかるみ、陽菜が転ぶ。
「陽菜、大丈夫か!」
俺は慌てて陽菜に駆け寄った。陽菜はそれでも笑顔だった。
「えへへ、転んじゃった、ひんやりして気持ちいいねっ」
泥にまみれても屈託のない笑顔を咲かせる陽菜はどんな綺麗な花よりも大きく感情を揺さぶられた。
この感情をどう表現していいのか分からない。でも心の底から守りたいと思った。
約束するぞ、お兄ちゃんは陽菜の家族だ!
「ふふん、捕まえたぞ」
俺は陽菜からホースを奪って、陽菜に水を浴びせる。ついでに泥も落としてやる。
「冷たくて気持ちいーねっ」
「二人ともびちょびちょだけどな」
このまま水浴びを楽しみ、時間になっても戻ってこない静音さんがやってきて案の定こってりと絞られた。
一緒にお風呂に入ると言った陽菜を先にお風呂に入れて、俺は着替えてから静音さんに陽菜の事を任せた。
そして許可を得て街に繰り出す。陽菜は誕生日プレゼントいらないって言ったけど少しばかりでも何かしてあげたい。
そう思ってプレゼントを買いに来た。
ショートケーキは一つ買うとして、残りは…す、少ない。
とりあえず、雑貨屋に入り、適当に探してみる。そこで髪留めのコーナーが目に入った。
陽菜って割と髪長いんだよな、親が切らせるの面倒だったとか?まぁそういうのは良いとして
髪留めは良いかもしれない。色々見ていく。
そこに桜の花をモチーフとしたヘアピンが目に留まる。
佐倉だから桜。これは良いかもしれない。俺達の家族の証として。
随分安直な考えで選んでしまったのは申し訳ないが値段もギリギリ買えて丁度良かった。
陽菜が怒ってると思うから帰りにショートケーキを買って急いで施設に戻った。
戻ってみるとやっぱり怒ってた。ハリセンボンもびっくりな顔の膨らませ具合。とても突きたくなる。
「どこ行ってたの!」
「ごめん、ちょっと用事頼まれて…」
「陽菜も行くって分かってたよね!」
「う、うん、急ぎだったから」
「それが頼まれたもの?何買ってきたの」
まだ怒ってる陽菜に目の前で袋を開けて見せる。それはショートケーキの入ったバッグ型の入れ物。
「やっぱりお祝いしたくて、これケーキと…それから」
俺はポケットに隠し持っていた桜のヘアピンを手に持ち陽菜に見せる。
「これ、陽菜に似合うかなって、お兄ちゃんが着けてあげよう」
そして耳の上あたり、髪を束ねてヘアピンで止める。うん、良く似合ってるな。
「お、おにいちゃあんっ」
さっきまで怒ってたのは何処へやら、目に涙を浮かべて、陽菜が思いっきり飛び込んでくる。俺はケーキの箱を落としてしまったが両手を広げて陽菜を受け止めた。
「あ、ケーキ落ちちゃったじゃないか」
「おにいちゃん、おにいちゃあん」
陽菜が俺の胸で大粒の涙を零す。俺は頭を撫でながら背中をさすってやる。
「やっぱり泣き虫だな、陽菜は」
「陽菜ね、お兄ちゃんとずっと一緒に居たいっ」
「もちろん、ずっと一緒だよ」
「うん、陽菜、ずっと大切にするね!」
涙は止まらず、俺の服にこすりつける。ぐぬぬ、着替えたばかりなのに。
泣かせないって思ってたのに結局泣かせてしまったか。
でも…この涙は許されるよな…?
俺は陽菜が泣き止むまで優しく包み込んであげた。