一つの約束
陽菜と出会って数ヵ月。もう俺の中で陽菜は居て当たり前の存在になっていた。
自分でも驚くぐらい、甘やかしてると思う。だって可愛いんだもの…。
そんな可愛い陽菜でも多少の些細な言い合いはある。どれもこれもつまらない事ばっかりだけど。
「お兄ちゃん、早く起きてよ!」
「うーん、まだ早いだろ…今日は休みなんだし」
目が覚めてみれば陽菜が俺の上に乗って体を揺らしていた。
「やだ、起きて、構ってよっ」
陽菜は拗ねた顔でトントンと身体を叩く。甘やかしすぎだろうか…。
でも他の人に甘える様子は無いし、やっぱり俺しか甘えられないんだよな。
「分かったから、俺から降りて、起き上がれないよ」
眠い目を擦り、のそのそと起き上がる。
陽菜はパーッと花が咲いたみたいに笑顔になる。
…この笑顔に弱いんだよなぁ。
まぁ懐かれて悪い気もしないし。
「今日はお昼からお出かけだからね、ちゃんと許可貰ってきてね」
「あー、はいはい、分かってるよ」
「やったー!お兄ちゃん大好き!」
その何気ない一言に俺は顔が熱っぽくなり、照れてしまう。
人から好意を向けられる事がこんなに恥ずかしくて、そして温かいなんて思いもしなかった。
家族、、良いかもしれない。
お昼に許可を得て、陽菜と出掛ける。と言っても散歩が殆どなんだけど。それでも街を歩くのは楽しいのだが。
「あちーな」
そう、今は夏真っ盛り。春に陽菜と出会い、もう夏である。身体が融けてしまいそう。
「あちーね、お兄ちゃん」
陽菜は油断してると直ぐに俺の言葉を真似る。陽菜の教育によろしくないので気を付けないと。
肌に汗がじっとり染みつき、ベタベタになってしまう。
陽菜も暑さに少し参ってるのかちょっと大人しい。
「ねぇ、あれ!!」
と思ったら良いものをみつけたと言わんばかりに笑顔で向こうを指す。
「ソフトクリーム屋か」
「ねぇねぇ、あれ食べたい!」
一応なけなしのお小遣いを持ってきてて正解だった。暑いし、食べるか。
「良いよ、食べるか」
「わーいっ」
ふふっ、ソフトクリームひとつでなんて安上がりで可愛い奴だ。いや、俺の財布の中身を見ると決して安上がりではなかった。
「ソフトクリーム下さい、バニラで」
「陽菜はストロベリー!」
暫く待つと店員さんに渡される。バニラを一口、頬張ると、ひんやりした冷たさと甘さが口いっぱいに広がった。
「んー!おいひぃ!」
陽菜も満足そうにぺろぺろと舐めている。すると陽菜が俺の方をじっくり見ていたので何事かと聞いてみた。
「どうした?」
「ね、そっちも食べたい」
「あー、構わんぞ」
俺は自分の持っていたソフトクリームを陽菜に渡そうとするが、陽菜は口を開けて待っていた。
「あーん」
あーん、、か。人前で恥ずかしいが…。陽菜の為に耐えるしかない。
俺は周りの様子を見つつ陽菜の口元にソフトクリームを持っていってやる。
「んっ、こっちもおいひぃ!」
どうやら陽菜は満足なようだ。
「はい、お返し、あーん」
そう言って陽菜は自分が持っているソフトクリームを俺の口元に持ってくる。
待て待て、する方がまだ耐えられたけどされる方は凄く恥ずかしいなこれ。
「あーん!」
陽菜がずっと差し出してるので、仕方なく、頬張る。
「美味しい?」
「あぁ、とっても甘酸っぱいよ…」
「ね、美味しいよね!ありがとう、お兄ちゃん!」
陽菜にお礼を言われ、なんとか羞恥に耐えながらあーん合戦は幕を閉じた。
街を歩き回った後はいつもの公園に向かう。
そこでベンチに座り、親子連れの様子をじっと眺めていた。
俺にも両親がいたらあんな感じだったのかな?
はしゃぐ子供にその様子を傍らで見つめてるお母さん。
ふと陽菜の方を見ると、陽菜もじっとその様子を見ていた。
陽菜の表情は伺えない。
「陽菜ね、ママにお外連れてって貰った事殆ど無いの」
「え…」
「お家に居る事が殆どだったな、ママもあんまり家に居なかったし」
それって、母親と呼べるのだろうか?
もしかして陽菜は。
「でも、ママの事大好きなんだろ?」
「うん、だってね、陽菜にはママが全てだったんだもん」
子供は親が全て。親次第でどうにでも育つのか。
確かに母親が駄目でも陽菜に取っては唯一の家族だったんだから、それが普通になるんだよな。
そしてベンチに座ったまま俺の肩に頭を乗せる。
「でもね、お兄ちゃんは陽菜の我儘いっぱい聞いてくれるし、お外にも連れて行ってくれるし、陽菜はお兄ちゃんが大好き、ママより好き」
子供故のストレートな感情表現に思わず胸が熱くなる。
陽菜の事、もっと幸せにしてあげたいって思う。
「俺も陽菜の事好きだよ」
俺も素直にそう告げた。俺は家族を知ってみたくて、陽菜は家族の愛情に飢えて。
例え切っ掛けが傷を舐め合う事だったとしても、今はとても大事に思う。
俺の言葉を聞いた陽菜は目を細め顔を綻ばせる。
「えへへ、じゃあ陽菜がお嫁さんになってあげるね」
「…はい!?」
「知らないの?あのね、好き同士は将来結婚して家族になるんだよ」
陽菜はえっへんと無い胸を張っている。
おそらく陽菜の考えてるであろう好き同士で結婚はしないと思う。
「じゃあ、陽菜が大きくなってもっと頼れる感じになったらな」
「うん!約束だからね!絶対だよ?嘘ついたらもう、口聞いてあげないからねっ!」
「おう、期待して待ってる」
陽菜が大きくなった所なんて想像出来ないな。
我儘で頑固で泣き虫で。でも、世界一可愛いと思う。
これはシスコンって奴なのか?まぁ陽菜と居られれば何でもいい。
そうして俺の体温を堪能してる陽菜を俺は時間までめいっぱい頭を撫でてやった。
その日、施設に戻ってから静音さんに呼ばれた。陽菜も着いて行くと言って聞かなかったが、直ぐ終わるからという事で待っててもらう。
勿論拗ねてたけど。
「いらっしゃい、琉弥君」
「静音さんどうしたの?」
「うん、陽菜ちゃんの事、上手くやってるみたいね」
「もちろん、任せてよ」
そういってガッツポーズを取る。
「任せてかぁ、あの出来事があってから凄く心配だったの、でも安心したわ」
あの出来事と聞いて脳裏をよぎるが咄嗟に別の事へと切り替える。
「大丈夫だよ、静音さんのおかげかな?」
「もう、心にもない事言うんだから」
静音さんは目を細め、クスクスと笑う。
「琉弥君はずっと此処で育ってきたから、大人たちに囲まれて、無理やりにでも大人になるしかなった、それは私達も悪い事をしてるって思ってたの…」
「なにかされたなんて全然思ってないよ、俺をここまで育ててくれたのはこの施設の人達だし」
「あのね、そうやって大人ぶるのは良いけど、貴方はまだ子供なんだって陽菜ちゃんと居る貴方を見て改めて気付かされたわ」
「陽菜と?」
「自分じゃ気づいてないかもしれないけど、琉弥君は陽菜ちゃんといると良く笑ってるのよ」
俺が笑ってる?自分でも気づかなかった事を指摘され、おもわず手で頬を触ってみる。
「最初はどうなるかと思ったけど、やっぱり私の思った通りになったみたい、陽菜ちゃんの事ありがとうね」
「いや俺は別にそんな…」
「もう聞いてるかもしれないけど、陽菜ちゃんを保護した時の家の状況があんまり良くなかったの、だから陽菜ちゃんも初めはずっとだんまりしちゃってね、困ってたのよ」
やっぱりそうかぁ、親に捨てられるのと最悪な親とずっと居るのはどっちが悪い事なんだろうか…。
「陽菜の事は俺に任せてよ、絶対守るから」
「そうね、陽菜ちゃん、お嫁さんにしてもらうんだって言ってまわってたわよ?」
「え、ちょ…」
陽菜の奴、さっそくなんてことを!顔が熱い。今の俺変な顔してそうだ。
「そうやって慌ててる琉弥君を見るのも面白いわね、まだまだ子供なんだから、良い?困ったことがあったら絶対大人を頼りなさい。信じられないかもしれないけど、琉弥君の為を思ってる人もいるからね、私もその一人」
静音さんも俺の事を十分に考えてくれてると思う。
それは十分に分かってる。でも俺には、勇気が無いんだ。大人を信じる勇気が…。