義兄と義妹
先生が駆けつけて直ぐに静音さんがやって来た。でも静音さんは俺達の様子を見て微笑んだ後に、何も言わずに先生と立ち去った。
もしかしたら静音さんはこうなる事が分かってた?
家族を知らない俺に家族を教えようとしてくれてたのかもしれない。
でも一歩間違えれば酷い事にもなってたかもしれなくて…。
やっぱり大人は当てにしちゃいけないなと思った。
それから暫く経ち、俺たちの関係は明らかに変化した。陽菜は俺に遠慮する事なく甘えるようになり、俺も厳しくはしてるけどやっぱり陽菜には甘くなる。そんな本当の兄妹みたいな関係。
そして暫く経った朝。物凄く動きづらい…。なんだこれ、タコに絡まれてるような。
周りを見回すと文字通り、陽菜が俺に絡まって離れなかった。
こいつ、本当に寂しがり屋だな。仕方ない、この兄が起こしてやろう。
「こら、起きろ、陽菜」
「んんっ・・・もう食べれにゃいよぉ」
お約束な寝言をどうもありがとう。しかし家族となった今、俺は前の様に遠慮したりはしない。
俺は陽菜のおでこに思い切りデコピンをした。
「いたっ・・・!もぅ、何?」
「おはよう、陽菜、もう朝だから起きろ」
「昨日あんまり寝てないからまだ眠いよぉ、もう少しだけぇ…」
甘えた声を出す陽菜に俺は容赦なく体を揺する。
「俺はお前の兄ちゃんだ、だからもう遠慮なんてしないし、思った事は直ぐにやる」
「お兄ちゃん、、、えへへ」
俺がお兄ちゃんという事を意識したのか、陽菜は眠そうだった目をぱっちりとさせた。
「なんだ、直ぐ起きれるじゃないか、えらいぞ」
そうやって陽菜の頭を撫でてやる。陽菜は目を細めて気持ちよさそうにしていた。
「そろそろ慣れてきたし、陽菜も学校に行かないとな」
「学校かぁ、お兄ちゃんと一緒?」
「あー、お前何年生だ?」
「んとね、3年生」
「じゃあ授業中は別々だな、俺は5年生だ」
「えー、やだー、一緒が良いっ」
陽菜は少し不貞腐れた顔をする。
「我儘言うな、学校終わったら直ぐ迎え行くからさ」
「絶対だよ?約束だからね?」
そして学校に行く事となった。授業中は陽菜がちゃんとやれてるかそればっかり気になって完全に上の空だった。
俺も家族として陽菜の事ちゃんと受け入れてるって事かな…。
家族を知らなかった俺が家族を手に入れるという事。それはなんだかとても誇らしい事のように思えた。
放課後に陽菜の教室へ迎えに行く。すると、陽菜の周りに人だかりが出来ていた。
「なぁ、お前どっからきたの?」
「黙ってないでなんか言えよ」
「俯いてちゃなんにも分からねー」
同じクラスの男子達に囲まれて質問攻めにされていた。陽菜は俺を見つけると泣きそうな顔で訴えてくる。
仕方ない、これも兄の役目か。
「まてまてー、陽菜が困ってるだろ」
俺は駆け足気味に陽菜の前に立つ。
「あんた、誰よ」
「あ、この人、上級生の、確か、佐倉さん…」
「げ、まじで?」
そうか俺の名前は下級生にまで知れ渡ってるらしい。なんで知られてるかは取り合えず置いておこう。
「あー、そうだ、そしてこの子は俺の義妹の陽菜だ、あんまり虐めてやるな」
「俺達、別にいじめてねーもん、黙ってる藤野が悪いんだろ」
藤野という言葉を聞いたのか、少し身体が強張ったように見えた。
「の、じゃないもん…」
「…え?」
「陽菜は藤野じゃないもん!佐倉だもん!お兄ちゃんの義妹だもん!」
今まで大人しかった陽菜が目をつぶり、突然叫びだす。怒るとこそこか?
「お、おい、陽菜、この子たちは事情を知らないんだから」
「だったら今知ってよ!陽菜は佐倉 陽菜!好きな食べ物はハンバーグ!好きな物はお兄ちゃん!」
ハンバーグと同列に語られる俺…。いやまぁ、嬉しいけどさ。
「え、えっと、じゃあ佐倉で良いの?」
「…うん」
「なんか面白いな、よろしくな、佐倉」
「うん、よろしく!」
クラスの男子達の空気が明るく変わると途端に笑顔になる陽菜。
やっぱりうちの義妹は可愛いな…。これが親バカって奴なのかな?
そして施設に戻り、たまにご飯を食べさせてあげたり、お風呂で髪の毛を洗ってあげたりして
義妹を甘やかす。あれ、俺ちゃんと厳しくしてると思ったんだけどな…。
今日こそ、厳しくしてやるぞと思い、奮起する。
「お兄ちゃん、そこ、、もっと…っ」
「この辺か?」
「うん、そこも、もっと当てて」
「なんか凄い乱れてるな…」
「もー下手くそ!」
陽菜にドライヤーを取り上げられる。陽菜の髪って長いから凄く髪が乱れるんだよ…。
「女は髪が命ってママが言ってたんだよ、だから丁寧にしてねっ」
…前はママって言葉が出るだけでも泣きそうになってたのに、今では何ともない。
ていうか最近の陽菜は殆ど泣かない。それが嬉しくもあり、寂しくもあった。
そして寝る前、陽菜に抱き着かれる。最近はずっとしがみつかれて寝てる。
まさに人間抱き枕状態。正直ちょっと暑苦しい。
まぁでも、これが家族だというのなら、家族ってこんなに温かくなれるんだなって思うと同時に、なんで捨てられるんだろうという気持ちも強くなった。
俺達は捨てられてる。それは両親が俺たちにこういう感情を抱けなかったという事だろう。
家族は信じられないけど、陽菜の事は何があっても信じる。そう心に誓った。
そして今日も学校へ行き、いつものように陽菜の教室へ。陽菜は女子達とお喋りしてた。
少し楽しそうに話してる陽菜を見てちょっぴり優しい気持ちになれた。
陽菜も友達出来そうで良かった。そんな陽菜を見ていると、陽菜が俺に気付き手を振る。
「おーい、お兄ちゃーん」
周りを気にせず、素敵な物でも見つけたかのように見せる陽菜。
「え、お兄ちゃんってあの人なの?」
「うん、陽菜のお兄ちゃんっ」
「ねーねー、この人って…」
何やら俺に聞こえないように話している。ははっ、照れるな。
そうこうしているうちに、話は終わったようで陽菜が俺に駆け寄ってくる。
そのまま陽菜はお友達にさよならを言うと二人で学校を出た。
「ねぇ、お兄ちゃん、少し前まで喧嘩いっぱいしてたって本当?」
俺はたまらず吹き出しそうになる。あー、あのお友達が言ってたんだな…。
「しかも弱いって…」
「ぐふっ、、、それ以上言うな、陽菜よ…」
あー、喧嘩ばっかりしてたけど逆にいつも返り討ちでしたよ。仕方ないじゃないか。弱いんだもん。
少し気まずい顔してる俺に、陽菜は手をつなぎ、思いっきり振る。
「大丈夫!弱っちくても陽菜が居るからね!でも、もう喧嘩しちゃだめよ、叩かれたら痛いんだから」
「分かってる、もうしないよ…」
もうする理由が無いというのが真実なのだが。陽菜には黙っていよう。
「よし、良い子良い子」
陽菜が背伸びをして、俺の頭を撫でる。頭を撫でられる初めての感触に気恥ずかしくなり、陽菜を抱きしめる。
「わ、お兄ちゃん、頭撫でれないよ」
「良いの、頭撫でるのは俺の役目なんだから、陽菜は黙って俺に甘えてれば良いんだ」
精一杯の照れ隠しを込めて陽菜の頭を撫でてやる。
「あふぅ、お兄ちゃんに撫でられるの好きー」
「陽菜が良い子にしてたらもっと撫でてやるぞ」
「うんっ、陽菜ね、お兄ちゃんの為にずっといい子にしてるからっ」
だから…捨てないでね…。陽菜の口からそう聞こえた気がした。