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レムとイービルロード

レムは地面の落ち葉に足を滑らせそうになりながらも必死で走った。


陽光の射し込まぬ鬱蒼とした薄暗い森の中だ。



手足は尖った棘や木の枝のせいで傷だらけになっていたが、そんなことを気にする余裕などない。



茂みを掻き分けながら、ただ、闇雲に走り回る。




パニックを起こしているせいで、どうすればいいのかわからない状態だった。


レムは迫りくる死の影から、とにかく逃れようとしていた。





だが、死の影は一刻一刻と近づきつつある。


レムを追う死の影の正体──霊廟に封印されていた悪霊達の統治者──イービルロードだ。


イービルロードは、脅威レベル56のクリーチャーであり、記録によれば、当時40万人近くの人口を有していた、とある都市が、この怪物に滅ぼされたという。


それもたった一体のイービルロードに。


相手は、それほどまでに恐ろしい存在なのだ。








おまけに目覚めたばかりで、人間の血肉に飢えている。




それでもすぐに襲い掛からないのは、わざとこちらをもてあそんでいるのだろう。


少しだけ冷静さを取り戻したレムは、古い巨木の根元に出来たうろを見つけると、そこに潜り込んで身を隠した。




相手は吐き気を催すような死の臭気と気配を纏いつかせ、悪霊を支配する地獄の上級アンデッド。




こちらはやっと2レベルになったばかりの駆け出し、どうあがいたところで、イービルロードに殺されてしまうだろう。


それも瞬時に。



だが、木の洞に隠れるのは、あまり良い手とは言えなかった。



何故ならば、イービルロードは生者の気配に敏感だからだ。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



黒っぽいツタのような髪を振り乱し、乱杭歯を剥き出しにした髑髏の怪異が、少女の隠れる洞の周りをうろついていた。


怪異の正体は、イービルロードだ。




空洞となった四つの眼窩がんかから、不気味な赤い光を覗かせているイービルロードが、洞を見下ろす。


乾いた腐肉を張り付かせたその相貌を歪ませながら。


それはどこか、少女を嘲っているようにも見える。



イービルロードは髪の毛を触手のように伸ばすと、洞の中に潜んでいたレムを引きずり出した。



髪の毛を通じ、絶望の悲鳴をあげる獲物の恐怖心が伝わってくる。



それがなんとも心地よかった。



イービルロードにとって、人間の恐怖心は御馳走だ。




少女を持ち上げ、さて、どうやって食おうかと、イービルロードが思案する。



細面ほそおもての美しい容貌をした娘だ。



金色の長髪に切れ長の眼、それにほっそりとした鼻梁と桃色の唇。


体つきは華奢で肉で薄く、あまり食い応えはなさそうだが。




このまま五体を引き裂いてから食うか、それとも生きたまま腸を貪るか、頭から丸齧りにするのも悪くはなさそうだ。



久しぶりの新鮮な血肉を目の前にし、イービルロードは陶酔にも似た歓びを感じていた。



絡みついた髪の毛を振りほどこうと、必死でもがく娘に、イービルロードが嘲りの視線を注ぐ。




「その娘を離せ」



声を掛けられ、イービルロードは困惑した。


辺りには、獲物以外の気配など微塵も感じられなかったからだ。




それなのにどうして人間がいる?



イービルロードは声の主へと顔を向けた。




そこに立っていたのは、逞しい身体つきをした長身の若者だった。



腰布一枚巻いただけの、寸鉄帯びぬ裸形らぎょうの若者だ。




だが、その肉体自体が若者の武具のようにも見える。



それほどまでに見事な体躯だった。





よく発達した四肢の筋肉は、大蛇の胴体のように太く、盛り上がった胸板と割れた腹筋は、鋼の剣も跳ね返しそうだ。



それでいて、鍛え抜かれたその肉体は、同時に素晴らしい均整さを保っている。



まるで武神が人間の姿を象ったように。





「もう一度言う。その娘を離せ」




イービルロードは、若者から立ち昇る闘気に気圧けおされ、怯んだ。



そして、相手をたかが人間だと侮るのは命取りだと、瞬時に理解した。




六百年もの間、霊廟の奥にある薄暗い祭壇に封印され、ようやく解放された。


そして久しぶりに人間が食えるはずだった。




それを邪魔された。


本来ならば生きたまま八つ裂きにするところだ。



だが──相手は強い。




少なくとも自分よりも。



そうと決まれば行動は一つ。



イービルロードは、レムをあっさりと解放した。





生き残りの秘訣とは何か。


それは相手の強さを見抜く目を養うこと、自分より強い相手とは戦わないことだ。




「ふむ・・・・・・中々素直な奴だなお前、よし、殺すのはやめておいてやる」



「そいつはありがとうござんす、旦那」


イービルロードが礼を述べる。



「うむ、アンデットにしては話が分かるようだな、お前」


「へい、これでもゾンビやスケルトンみてえな三下アンデットと違って、それなりに修行は積んで来やしたんで、旦那のようにお強い方とは戦わねえのが、

長生きする秘訣って奴で」




「長生きも何も、お前はすでに死んでいるだろうが」



「厳密にゃ人間として死んだだけですがね。ですがアンデットとして蘇ってから二千年、こうして悪霊やらアンデットの元締めをしております。

まあ、六百年ほど封印されてましたがね」



「なるほど。お前も苦労したようだな」


「ええ、生贄を捧げるから敵を滅ぼせって言われて、言われた通りに滅ぼしてやったんですがね、そしたら手に負えないってなって、挙句は封印ですよ。

ええと、所で旦那のお名前は?」



「俺はガイル、鍛冶屋だ」



そんな二人のやり取りに、レムはポカンと口を開けた。



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