Chapter5 - Episode 3
摘むように、しかし何を摘むわけでもなく。
狐面から指を離していく。
すると、
「いいね、装備品は魔術じゃない。だからこそ使ってもいい……うん、その通りだね」
「まぁ『熊手』使ってる時点でなんでこれを使わなかったのかって感じですけどね?」
一瞬にして、私を包み込むように白く濃い霧が周囲1m以内に展開した。
それらはフィッシュの居る場所を飲み込まず、私の周囲だけに留まり姿を隠してくれる。
「でもさぁ、姿を隠したって……こっちは獣人だぜ?」
「私も獣人ですよ」
「あは、そりゃそうだ」
狼の獣人である彼女に、視覚だけの隠蔽は通用しない。
イヌ科の嗅覚で位置が看破されてしまうからだ。
だがそれくらいは分かっている。分かっていてこの霧を展開しているのだ。
私は、フィッシュに聞こえるか聞こえないか程度の声で、小さく新しく作った魔術の名を呟いた。
「さて、それじゃあ……お手並拝見ッ」
その音に合わせ、フィッシュは笑みを濃くしながらも姿をブレさせながら目の前から消え失せ、
「おっと?」
ガキンという音が、私の背後から聞こえてきた。
振り返ってみればそこには僅かに目を見開きつつも、こちらへと中華包丁を振り下ろそうとしているフィッシュの姿があった。
彼女はその状態から動こうとはせず、しかしながらこちらへと問いを投げかけてくる。
「これは……新しい魔術だね?」
答えとして、私は指を僅かに動かした。
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【路を開く刃を】
種別:霧術・攻撃
等級:初級
行使:発声
制限:【霧のない場所では行使できない】
効果:行使者の周囲の霧の中に、霧による刃を(レベル)本出現させる
刃は行使者の霧操作能力によって操作することが可能
ダメージ:(自身の精神力の値)/3+(霧の濃さによるボーナス)
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ミストラットの分身能力。
ミストシャークの牙の鋭さ。
この二つが合わさり出来た、攻撃魔術。
正直な話、初級の魔術だからなのか……それとも使った素材を確保できるレベル帯が低いからなのかダメージ自体は低いものの、十分満足できるほどの性能をもった魔術を創ることが出来た。
そして【路を開く刃を】は、私の狐面による霧の操作能力によってその真価を発揮する。
「……おいおい、流石にこれは予想してないんだけど?!」
霧を展開している範囲は私の周囲のみ。
その中に出現した刃の数は私のレベルと同数の……20本。
相手を、そして自らをも傷付ける事が出来る20本の刃が1m以内に大量に出現したのだ。
下手に動かそうものなら私自身に霧の刃を突き刺してしまい、そのままダメージを受けてしまう。
だが、霧の操作だけならば。
ゲームの開始当初から、あの白い巨大な狐に出会ってからずっと磨いてきた技術を用いるのならば。
「魔術1つだけでこれだけ変わるならなんで今までやってなかったのさ」
「違いますよ。こういう状況だからこそ、考えて創ったんです。そりゃあ考えて創った魔術を使うならこうなりますよ」
「……面白くなればいいなぁって思ってたけどこうなるかぁー」
フィッシュは霧の範囲内から大きく後退する。
正しい判断だ。
制限の所為か、それともこの魔術特有のデメリットなのか。
【路を開く刃を】を霧の範囲外に出そうとすると、出た端から空に溶けるように刃が消えていくのだ。
だからこそ、霧の範囲外に出て体勢を整えるというのは【路を開く刃を】への対策としては正しい……のだが。
それは私が動かない場合に限る話だ。
足に力を入れ、大きく後ろに跳躍する。
普通ならば相手に背中を見せながら跳んでいくなんて事はしない方がいい。
相手の挙動が見えないし、そもそもの話。
相手が攻撃をしてきていたら避けようも防御のしようもないからだ。
……でも、私には【路を開く刃を】がある。
「こんなもんじゃあないでしょう!?」
言う。
息を大きく吸って、後方へと……フィッシュの方へと跳ねながら私は言う。
こんな初級の魔術1つでフィッシュに対応できてしまうなんて思えない。
そもそも彼女はいつもの強化魔術すら使っていない。
何かの移動方法のみしか現状使っていないのだ。だからこそ、もっと本気を出せと。
私をもっと高みに至らせてくれと、そう叫ぶ。
「あはッ」
楽しそうな声が響く。
「言うねぇ。いいぜ、私もそこまで大人じゃあない」
身体を強引に捻り、私はフィッシュの方へと向き直る。
そこには自分の左腕を肘の部分から切断している狼獣人の姿があった。
一瞬、私の思考が停止する。
しかしながら、フィッシュの顔を見てこの状況は危険だと理性の部分が警報を鳴らし始める。
「喰らうぜ――【食人礼賛】」
そして何故か光となって消えていかない彼女の腕に、彼女自身が喰らいついた。
何かの魔術の発動と同時、私は彼女の目の前の地面へと辿り着き、そして何もさせないために
さらに一歩前へと踏み出した。
その判断が悪かったのかは分からない。しかしながら、結果として。
次の瞬間、私の身体は強い衝撃を受け、視界の隅に表示されているHPバーが急速に減っていくのが見えていた。





