最大の厄日の始まり
その日は、16年間生きてきて、最大の厄日になった。
そう言うと、ひどく語弊があるので、まや先輩の名誉のために言っておきたい。
もし、恵太がまや先輩を好きで、仮に二人が付き合っていたとしたら、最高に楽しい1日だったはずだ、と。
飲み物と、大きいサイズのポップコーンを持って、座席に近づくと、そこにあったのは、カップルシートだった。
訳が分からず、キョドる恵太をよそに、まや先輩が、冷静に言った。
「よく見えた方がいいかなと思って、プレミアムシートにしたんだ。でも、プレミアムシートって、よく見える席って意味じゃなくて、ソファ席なんだね」
…ちゃんと座席の説明を読んでから買ってくださいよ!
喉まで出かかったが、予約までしてもらって、文句を言うなんて、絶対にダメだ。
「でも、さすがプレミアムシートだけあって座りやすそうだよね? 恵太くん?」
まや先輩はさっさと席に着いて、恵太を見上げ、立ってないで座れば?と、ポンポンと席を叩く。
…この席に座れって? 気まずすぎるだろ!
恵太はまたしても言葉を飲み込んだ。
周囲と遮られたような、ほとんど二人だけの空間。
ここまで来たら、座るか座らないかなんて考えても仕方ないのに、焦って思考がぐるぐる回る。
席に着くまでにまや先輩が集めた視線が、依然、恵太を突き刺す。
早く席について、その視線から逃れたかった。
…何も考えるな。深い意味はない。単なる買い間違いだ。
恵太は、勇気を出して、席に座った。
ただ、座るだけなのに、勇気が、必要だった。
こんなアクシデントがなかったら、一生縁がなさそうなカップルシート。
しかし、考えようによっては、これは貴重な体験かもしれない。
座ってみると、しっかり人目を遮るし、案外居心地がいい。
まや先輩は、特に気まずさを感じてないみたいだし、自分が気にしなければ済むことだ。
…そうだ。せっかく来たんだし、映画を楽しもう。
恵太は基本的に楽天的だった。
まや先輩が、恵太の顔を覗き込みながら、ポップコーンを差し出す。
「ん。ポップコーン。食べて?」
まや先輩が、大きいのを一つ注文した時点で薄々気づいてたけど、二人で一つを食べるらしい。
これもまた、気まずい。
まや先輩は、もう一度恵太に向かって、ぐいっとポップコーンを近づけた。
まや先輩は、わざわざ恵太の食べたいと言ったキャラメル味を選んでくれた。
…恥ずかしいからとか言って、食べなかったら、失礼だよな…。
恵太は、ポップコーンを数個、指でつまんで口に入れた。これもまた、勇気がいったが、一個食べると、その後はあまり気にならなくなった。
まや先輩が、美味しい?と聞いて、満足そうに、にこりと笑う。
つられて恵太は、ふにゃりと笑った。
映画は、想像してたよりもすごく良かった。
カップルシート特有の、遮断具合が良かったのかもしれない。
どっぷりと映画の世界にはまって、最後はちょっと泣いてしまった。
上映終了間際だったし、他に人がいないという理由であっても、誘ってもらって良かった。
さっきまでの突き刺さる視線のことなどすっかり忘れて、まや先輩に感謝する気持ちが湧いてきた。
…そういえば、主人公の必殺技、小学校の頃、侑斗とかけあって遊んだっけ。
次、侑斗に会ったら、久しぶりにあの技をかけてやることにしよう。
呑気にそんなことを考えている恵太は、このあと自分に降りかかるさらなる受難を、全く想像していなかった。