視線の刺さる映画館
映画館で、恵太は人を待っていた。
その人はすぐに現れ、恵太を見つけて、人混みをかき分けて歩いて来る。
たくさんの視線を集めながら…。
「ごめんね。待った?」
まや先輩だ。
制服姿も綺麗だけれど、私服姿もまた可愛い。
…自分の彼女が、こんな人だったら、何時間でも待つだろうな。
そんなことを考えながら、恵太は、首を横に振った。
同時に、美少女の待ち合わせ相手を一目見てやろうという視線が、グサグサと自分に突き刺さる。
「弟? 全然似てないよ」とか、「マジで?」とか、容赦ない声が遠巻きに聞こえる。
…俺はただの後輩です!
大声で叫びたいところを、恵太はぐっとこらえた。
…そもそも、どうしてこんなことに?
恵太は、これから見る映画の話を楽しそうに始めたまや先輩、--相変わらず人の視線を集め続けている--、に適当に相槌を打ちながら考えた。
…連絡先を教えたのが、良くなかったんだ。
図書室に行って以来、まや先輩は、何かと恵太にラインしてくるようになった。
その内容は、どう返していいかわからないような些細なことから、一緒に帰る約束まで、とにかく多岐に渡るのだ。
恵太は、モテとは無縁の普通男子だが、日々、妹たちの相手で鍛えられている。
非モテでも、女子特有の、とりとめもない会話パターンに、十分に免疫があったのだ。そう、まや先輩からのラインも、妹に対するのと同じノリで、適当に返事を返していた。
それが良くなかった。
恵太が返事をすることで、まや先輩はますますラインを送ってくるようになり、それに恵太も返事をする。
いつの間にか、立派なライン友達になっていた。
恵太は、それが、こういう状況を生み出すことになるとは、一切想像してなかった。
昨日の夜、一緒に映画に行ってくれと頼まれるまでは。
ー恵太くん、明日、何するの?
最初は、確か、こんな出だしだった気がする。
ー家でのんびりです。
恵太が返すと、すぐにまや先輩から返事が来た。
ーみたい映画があるの。でも、誰も一緒に行ってくれない(かわいい泣き顔マーク)。恵太くん、一緒に行ってくれない?
映画の名前を聞くと、確かに、女子が苦手そうな、伝説のプロレスラーの伝記ものだった。
まや先輩は、一体、どうしてそんなのが見たいのだろう。
ー侑斗を誘ってみたらどうですか?
恵太が書くと、既読後、微妙な間を置いてから、返事が来た。
ーどうしても見たいからお願い。もう席、予約しちゃった。恵太くんが来てくれないと、一人で行くことになっちゃう(またしても、かわいい涙顔のマーク)。
駄目押しに、懇願するような、かわいいクマのスタンプも、送ってきた。
ちょっと強引だと思ったけど、席を買ったのならもう、仕方がなかった。
恵太は、OKとスタンプを返した。
でも今は、自分の軽はずみな判断をすごく後悔している。
まや先輩と一緒に行動するのは、目立ちすぎる。
普通男子の恵太としては、こんな視線を浴び続けるのは、心臓に悪い。
たぶん、寿命が何年か縮んでるはずだ。
…映画が終わったら、速攻、家に帰ろう。
決意を固めた恵太に、まや先輩が聞いた。
「ポップコーン、何味がいい?」
「あ、俺は、キャラメルにします」
「了解。キャラメルね」
そう言うと、まや先輩は、キャラメル味の大きいの一つ、とお店の人に言って、飲み物2つと、大きなキャラメル味のポップコーンを一つ、お店の人から受け取った。