川上家の常連客
スーパーで買ったものを袋に詰めながら、恵太は、公園でのことを思い出していた。
恵太が侑斗の話を出した後、まや先輩の口数が、明らかに減った。
侑斗の美人嫌いを、改めて、恵太の口から聞かされて、落ち込んでしまったのかもしれない。
…もう少し、柔らかく伝えた方が良かったかなぁ。けど、侑斗にいきなりきついこと言われるよりは、ましなはずだ。
買い物袋の一番上に、妹のために買ったイチゴをのせながら、侑斗はどうして、女の人に対してもう少し優しくできないんだと、少しイライラしてしまう。
侑斗が誰に対しても普通に接すれば、恵太がこんなことで、気をもむ必要はないんだから。
いやでも、侑斗は圧倒的多数の普通の女子には問題なく接しているのだ。
侑斗に対して腹をたてるのは、少し違う。小学校の頃の侑斗はどちらかといえば気が弱くて、人にあんな態度をとるやつじゃなかった。きっと、侑斗にも何か事情があるはずだ。
コンコン。
店の窓ガラスが叩かれた。
侑斗がにっこりと笑って立っている。店を出ると、飼い主の帰りを待っていた犬のように寄ってきた。
「待ってたら会えるだろうと思って」
「ずっとここにいたのか?」
「いや、あちこちぶらぶらして適当に時間潰してた。家、行っていい?」
「ダメって言っても来るだろ」
侑斗は嬉しそうな顔をして、恵太の肩に手を回した。まるで散歩に行く前の犬みたいだ。
「暑苦しいからやめろ」
恵太が言うと、侑斗は素直に手を離して、恵太の手から買い物袋を一つ取った。
恵太の家は、駅からすぐの近くの新築マンションの一室にある。場所が便利なせいか、あるいは他に友達がいないのか、侑斗は再会して以来、平日はほぼ毎日、恵太の家に遊びに来ている。
恵太が帰って、洗濯を取り入れたり、ご飯を作ったりしていると、しばらくして一番下の妹が学童から帰って来た。
「あ、侑斗だ。今日もいる」
「真美、お帰り。ゲームしよーぜ」
侑斗は真美の頭をグリグリと撫で、ゲーム機のスイッチを入れた。
恵太の妹だから、お世辞にも可愛いと言えない、ごくごく普通の妹のせいか、侑斗の態度はいたって普通だ。
…女子全員に、こういう態度をとれば揉めないのに。
大根を切りながら、恵太は、一番下の妹と楽しそうにゲームを始めた侑斗に視線をやる。
そろそろご飯ができ上がろうかという頃、真ん中の妹が部活を終えて帰って来た。
「ただいまー。あ、侑斗くん、今日もいるの?」
真ん中の妹、由美には、さすがに頭をグリグリすることはないが、それでも、二人の会話はぽんぽん弾んで、はたから見ても仲良く、楽しそうだ。
「御飯、食べてくの?」
「もちろん!」
「侑斗くん、相変わらず、厚かましいね!」
言われても侑斗はめげない。
「いやもう、俺はここの家族だから。由美も俺をお兄ちゃんだと思って」
「兄貴二人は、かなりうざいね」
口ではそう言いながらも、由美は明るく笑って、ま、好きにすればと付け加える。
「由美、優しい! 俺、この家、大好き。ほんとに、ここの家族になるわ」
「あはは、侑斗くん。なんか大げさだけね。一体どんな家に住んでんの?」
由美に言われて、侑斗がボソッと呟いた。
「魔窟だよ。まったく安らげない、恐ろしいところだよ」
「なに? 親? そんなに厳しいの!?」
侑斗は、大きなため息をついて、答えを拒否するように机に突っ伏した。
「ま、お兄のご飯でも食べて、元気だしなよ」
そういうと、由美は笑いながらさっさと部屋へ入っていく。
真美がもう1ゲームとせがんで、侑斗と真美は騒がしくゲームを始めた。