待ち合わせ at 裏門
「お待たせしてすみません」
走ってきた恵太が言うと、美少女先輩は綺麗な目をふっと緩めて、風でめくれ上がった恵太の前髪を、これまた綺麗な指で直した。
いきなり髪に触れられて、恵太はちょっと後ずさる。まや先輩は、全く意に介していないのか、落ち着いたかみの毛を見て、満足そうに微笑んだ。
「帰ろ」
まや先輩は、可愛らしく言うと、恵太を隣に歩き出す。
歩き始めてすぐに、恵太は、まや先輩が、学校でかなりの有名人だということに気づく。侑斗といる時よりも、周囲の視線がはるかに刺さる。
まや先輩、さようなら、という声があちこちからかかると、先輩は慣れた様子で挨拶を返す。
あんまりじろじろ見られるから、待ち合わせ場所が人の多い正門じゃなくて、裏門で良かったと恵太はしみじみ思った。
「ちょっと座らない?」
駅までの道の途中の、大きな公園の入り口に差し掛かったところで、まや先輩が言った。
いよいよ本題に入るのだろう。もちろん、恵太に異存はない。
恵太が頷くと、まや先輩は、池の近くまで歩いて行って、ベンチに腰掛けた。自分の横に座るよう、空いたスペースをポンポンと叩く。
恵太は、言われるまま、先輩の隣に腰を下ろした。
「川上くん、いえ、恵太くんは、どこに住んでるの?」
いきなりの名前呼びに、恵太は少々面食らったが、知り合いも多いみたいだし、もしかすると、気さくな人なのかもしれない。その辺はあまり深く考えないでおこうと、質問に答えた。
「あ、俺は電車じゃなくて、歩きです。駅の近くのマンションに住んでます」
「えっ? 駅のそば? そうなの? …それで」
まや先輩が、納得したような顔をして頷いているので、恵太は続けた。
「はい。俺、以前もこの辺りに住んでたんですけど、その時は二駅向こうで。親の仕事で小六の夏休みに引っ越したんです。高校入学と同時にこっちに戻ってきて。…あ、真中とは幼稚園からの友達なんです」
恵太は侑斗の名前を出して、先輩に水を向けた。
先輩の眉間に、気のせいか、一瞬、小さなしわがよった気がした。
「ふーん。そうなんだ。それより、どのマンションに住んでるの?」
先輩は侑斗の話に乗ってくることなく、続ける。
「あ、駅前の、新しくできたやつです」
「あー、なるほど。あそこかぁ」
「親も通勤が便利だし、俺も妹たちを迎えに行ったり買い物に行くのに便利なんで」
「妹さんって、確か…」
「妹は二人います。中学一年と、小学四年です」
先輩はうんうんと頷いてから続けた。
「恵太くんは部活、入らないの?」
「両親が忙しくて。時々、家のことしなくちゃいけないんで、高校では入らないつもりです」
「そっかぁ…」
まや先輩は、そこまで話すと、黙ってしまった。
今日は親に食事を頼まれているので、恵太は早く帰りたい。世間話はここら辺にして、まや先輩が話しやすいように、もう一度、侑斗の話を振った。
「真中…」
「はいっ!?」
侑斗の名前を出すと、まや先輩はびっくりしたのか、飛び上がるように答えた。
しかし、先輩から、続きの言葉は出てこない。きっと言い出しにくいんだろうと察して、恵太が自分から話し出す。
「真中は…、真中侑斗は、小さい時からの友達で。女嫌いなんて言われてますが、中身はすごくいいやつですよ」
まや先輩は、恵太の目を、少し悲しそうな目で見た。
「あ、ええ…。そうよね。態度はちょっとアレだけど、確かに…、悪い子じゃないわよね」
「ええ。ただ、本人が、なんでかわからないけど、女の人に対して壁があるんで。話しかけても、とっつきにくいかもしれません。けど、そこらへんは、いずれ変わっていくと思いますし…」
恵太が言うと、まや先輩は目を伏せて、ええ、うん、そうよね、と元気なく答えた。