砂場の騎士(番外編)
突き倒されて、亜矢は肘を少しすりむいた。
「あやちゃんに何すんだよ?」
クラス一番人気のはやとくんが、亜矢をかばうと、亜矢を押した子は、ますますにくいという目で亜矢をにらんだ。
そう、あの子は、はやとくんが好きなのだ。
それに気づかないなんて、はやとくんはニブすぎる。
亜矢は、こけた時に汚れた制服を、パンパンと払って、二人の前からそそくさと姿を消した。
ここのところ、毎日、同じようなことが起きる。
弟の侑斗が入園して、一個お姉さんになったのは嬉しかったけど、周囲の変化はそれだけではなくて、ただぼんやりと楽しかった幼稚園も、亜矢にとっては、だんだんと心地いいものではなくなってきている。
女の子も難しい。男の子も難しい。
ひとりぼっちの亜矢は、今日も幼稚園をくまなくパトロールして回る。
いつもボール遊びしている子、小さなお山で虫採りやどんぐり拾いをする子。みんな、お友達と一緒に、思い思いの遊びに興じていて、楽しそうだ。
…お友達、欲しいな。
亜矢は、みんなを羨ましそうに眺めながら、あちこちの遊びを覗いては、また次へと移動して行く。
砂場に着くと、砂場族の年少さんが、スコップやバケツを使って、一生懸命何かを作っている。
亜矢は少し遠巻きに、年少さんの作っているものを眺める。
「ねぇ、それ、とって」
話しかけられているのが、自分だと気づいて、亜矢は声をかけた子の方を向く。
「それ、そのスコップ、とって」
その子は、すでに建設中の山を、崩れないように片手で押さえて、少し離れたところにあるスコップに手を伸ばしている。
「とれないんだ」
頷いて、亜矢は、その子にスコップを渡してあげる。
「ありがと」
どこのクラスにも、二、三人はいそうな感じのその子は、また集中して建設作業に戻る。亜矢は、なんとなく、その子の近くにしゃがみ込んだ。
「ここに、トンネルを通すんだ。みんなが通れるようにね」
その子は言う。亜矢はうんうんと頷く。
「そっちから掘って。ぼく、こっちから掘るから」
言われて亜矢は、その子の反対側から、穴を掘り始める。しばらく掘っていると、向こうからモニョモニョという感触がして、その子の指先が亜矢の指先に触れた。
その瞬間、山が、どさりと崩れ落ちる。
「あー、またしっぱいだ。なおさなきゃ」
そういうと、その子はまた、黙々と山を作り始めた。
何度挑戦しても、トンネルは通らない。それでも、その子は山を作っては、もくもくとトンネルを掘り続ける。
砂場は、年少さんの聖域だから、ここにいる間は、女の子に意地悪されたり、男の子にちょっかいを出されたりすることはない。何かと大人ぶりたがる上の学年は、年少さんっぽいからと、砂場にはあまり近寄ってこないのだ。
山を作る男の子と、誰にも煩わされずに、ただ黙々と砂をいじる。
亜矢は、久しぶりに、幼稚園が楽しいと思えた。
それから毎日、雨の降っていない日は、砂場へ行った。一人で遊ぶのは、つまらないから、いつも、あの子と一緒に山を作ってトンネルを掘る。一度も成功したことはないけれど、二人でただひたすらに、作業をしては繰り返す。
亜矢が砂場族の一員になってしばらくたった頃、あの子が砂場にやってきた。
「あやちゃん、砂場で遊んでるの? 年少さんみたい」
そう言うのを、亜矢が知らんぷりしていると、後ろからはやとくんがやってきた。
「お前、また、あやちゃんいじめてるのかよ? 性格わりーな」
その子は、年少さんみたいって言っただけで、意地悪をしたわけじゃないのに、はやとくんは、そう決めつけた。
ムッとしたその子の怒りは、やはり、亜矢の方へ向く。
「あやちゃんは、お友達いないから、年少さんと遊んでるんだよね? みんな、あやちゃんのこと嫌いだから!」
お友達もいないし、自分がいると何かとトラブルになるのはわかっているけど、年少さんばかりの、この平和な砂場で、改めて指摘されると、亜矢もさすがに泣きそうになる。
「お姉ちゃん、うるさい」
いつも、ほとんど喋らずに、山を作っている男の子が、珍しく口を開いて立ち上がった。
「あやちゃん、ぜんぜん、いやな子じゃない。なんでそんなこと言うの?」
あの子は、わなわなと震えて、亜矢の方をにらんだかと思うと、突き飛ばそうと手を出した。
その時、山を作っている男の子が、亜矢の前に出た。
まだ体の小さい、年少の男の子は、吹っ飛ばされて、砂場の木枠でごちんと頭を打った。
これは泣く、大泣きする、と、周りにいるみんなが思った。
だけど、男の子は立ち上がって、あの子の前に行って、ギリギリまで小さな体を近づけた。
「お姉ちゃん、次、あやちゃんになにかしたら、その綺麗なあたまの上に、思いっきり砂をかけてあげるからね?」
長い巻き髪が自慢のあの子は、たじたじと後ずさった。
「あー、つぶれちゃった。なおさなきゃ」
そういうと、その子は、何事もなかったかのように、しゃがみこんで山を作り始めた。亜矢も一緒にしゃがみ込むと、あの子とはやとくんは、いつの間にかどこかに消えていった。
山を作っていると、ときどき、その子が無意識に頭の後ろを撫でる。亜矢は気になって、そっと頭に触れた。
おっきなたんこぶができていた。
「痛くない?」
亜矢が聞くと、その子はニカっと笑ってこたえた。その顔には、鼻水を横に拭った跡が、はっきりと付いている。
「ぜんぜん。へいきだよ。それより、あやちゃん、山はかたくした方が、トンネルがじょうずに作れるんだって。だからカッチカチにかたくしよう」
亜矢は、わかったと頷いた。
その日、できた山は、いつもより大きくて、カチカチだった。
「あやちゃんはそっちから掘って。ぼくはこっちから掘るから」
亜矢は山を崩さないように慎重に掘りすすめる。そのうち、向こうから、もにょもにょという感触があって、あの子の小さな指が、亜矢の指に触れた。あの子は、トンネルの中で、ぎゅっと亜矢の手を握りしめて、やったね!これで、みんな通れる!と喜ぶ。
思いっきり笑ったその子の目は、糸みたいに細くなって、口の横には小さな窪みが二つできている。まだ細い茶色い髪に、後ろから光が当たって、キラキラと綺麗だと亜矢は思った。
「かわかみ、けいたくん、かわかみ、けいたくん。お母さんが、お迎えに来ています。すぐに、みかん組まで戻ってください」
園庭に放送が入ると、その子は、はーいと言って立ち上がった。
見上げる亜矢に、かわかみ、けいたくんは言った。
「あやちゃん、またね。明日も、つぎの明日も、ずっと、ずっと、あそぼうね」
そういうと、かわかみ、けいたくんは、みかん組に向かって走っていった。
亜矢は、走っていくけいたくんの背中を、しばらくじっと眺めていた。




