真中侑斗の大殺界
今、姉ちゃんって言ったよな?
それに、亜矢って!?
「ほんっと仲悪いな、侑斗と亜矢さん」
山田がつぶやく。
「まぁ、まや先輩のおかげで、真中は割り食ってきたからね。真中、あんたたちと友達なぐらいだし、中身は、超絶地味男だもんね」
佐田が言うと、山田は、それな!と同意する。
「だからって、いつまでも厨二病引きずってんのは、どーなんだって話なんだけど。中学と高校は、全然違うんだしさ…」
恵太を置き去りにして、佐田と山田は話し続けている。恵太は、たまらず二人の会話を遮った。
「ちょっと待て。説明してくれ。姉ちゃんって、誰? それに、亜矢って?」
山田が、お前、寝ぼけてんのか?という顔をする。
「亜矢さんだよ。侑斗の姉さん。亜矢さんも侑斗も、幼稚園からずっと俺たちと一緒だったし、お前、結構仲よかったじゃん。一緒にゲームしたりしてさ」
「いや、お前、この前、まやさんって言ってただろ?」
「それはお前が言ったんだろ。俺に人の名前覚えろとか、無理言うなよ。それに、まやと亜矢なんて、ほとんど同じだろ?」
山田は、心底そう思っているらしい。これ以上、山田に聞いても埒が明かない。恵太は佐田に向かって言った。
「じゃ、なんでまや先輩って呼ばれてんだよ?」
「そりゃ、あんた、単純に、真中亜矢だからでしょ。真中の『ま』と、亜矢の『や』で、まや先輩」
…ってことは、俺は、ずっと、侑斗の姉さんが侑斗を好きだって勘違いしてたってことか?
「いいか。姉ちゃん。俺は六年の夏のことをまだ許しちゃいねーぞ」
侑斗が、興奮した声で叫んだ。
「あいつ、恵太が引っ越した翌日、姉さんに階段から落とされて、足の骨折ってしばらく入院してたわ」
この案件は、山田のデータベースに載るべき案件だったらしい。山田DBに載った数少ない案件ならば、正確に、かつ詳細に記憶されているはずだ。
「おかげで、あの夏休み、侑斗は、恵太ん家に泊まりに行けなかったんだよな」
恵太が東京へ引っ越して、落ち着いた頃の八月末に、山田と侑斗が恵太の家に泊まりに来る約束になっていた。だけど、侑斗は足の骨を折って来れなくて、来たのは山田一人だった。
その原因を作ったのが、亜矢ちゃん?
亜矢ちゃんって、そんな乱暴な子だったっけ…?
「だから、あれは悪かったって、何度も謝ってるでしょ」
「うるせー。俺は許してねぇんだよ」
謝られたのに許さないなんて、侑斗にしては珍しい。
「なんだ、あいつ! まや先輩謝ってるし、昔のことだから、許してあげればいいじゃんか」
佐田が憤る。
「あ、でも、あいつ、あの夏休みから、ほら、あれ、あれに入ったみたいだった。ほら、あの、有名なおばさんの占いの…」
山田がメガネをキラリと光らせて、知的な質問の解を答えるかのように、真面目顔で言う。
「大殺界な」
「そうそう、それ。大殺界っていうの? あれに入ったっぽかったよね。川上は引っ越す、山田は受験で遊ぶ暇なし。つるむ友達が減ったことで、女にモテ始めて、男に嫌われ、浮き始めたんだよね。それが中学でも続いて、半ボッチみたいな生活送ってたわ。顔がいいから、いじめられキャラまではいかなかったけど。あれであんたたちみたいだったら、かなりヤバかっただろうね」
佐田は軽くディスってきたが、山田も恵太も慣れているせいかそこは聞き流した。
佐田は何か考え込むように斜め上を見上げて、二人を見て、ニカッと笑った。
「川上も戻ってきたし、うちらももう高校生だし、あいつはそろそろ、大殺界を抜けるべきだよ」