ガリ勉メガネ山田との再会
改札を出たところで、恵太は、かつて住んでいた街の懐かしい空気を、鼻腔いっぱい吸い込んだ。
恵太が小学校6年まで住んでいたこの辺りは、今住んでいるところと同じ市で、大して変わりないはずなのだが、それでも、二駅離れると、街の雰囲気はだいぶ違う。
「恵太!」
恵太と違う制服を着た高校生が、手を振りながら歩いてくる。
「久しぶりだな。恵太」
目の前に立った山田は、すっかり背が伸びていた。
ヒョロいガリ勉チビメガネ改め、スマートなインテリ眼鏡といったところか。
メガネは、つける人によっては、有効な変身アイテムになるらしい。
「山田。大きくなったな」
山田は、いかにも頭の良さそうな、一重の細い目をさらに細めてうっすらと笑った。
「大きくなったなって、お前、親戚のおじさんかなんかか?」
「いや、ほんとに。大きくなったよ。前は俺と同じでチビだったのに」
実際、山田はちょっと恵太を見下ろしている。
「毎晩、膝とかギシギシ痛いからなー。お前も、伸びてるだろ?」
夜に骨がギシギシ痛いなんてのは、恵太はまだ経験したことがない。急に背が伸びるやつっていうのは、そういうものなのだろうか。
「どっか入ろうぜ。あそこでいい?」
山田が選んだ店は、駅前のロータリーがよく見える、ハンバーガー屋だった。
恵太と山田は、おやつと称してバーガーのセットとナゲットを頼んで、まずは貪り食う。
「俺、運動とか無縁なのに、しょっちゅう腹減るわ〜」
山田はそう言って、青白くて細長い指で、テリヤキバーガーの包みを開き、かじりついた。最初は形を保っていたテリヤキバーガーも、山田の手にかかれば、パンとパティとレタスがずれて、しまいには訳のわからない食べ物になってくる。
「おっまえ、相変わらず、食い方汚いなー」
「いうな。これでもマシになった方だ」
山田は、とにかく不器用だった。
受験して、中学から県内一の進学校に進むほどの秀才なのに、そのせいか、かなりとぼけてみえる。
月日が、山田をインテリメガネに成長させたかのように見えたが、山田が変わったのは、外見だけらしい。
「侑斗のことだけど」
とりとめもない話が一段落ついた後、恵太は今日、山田を呼び出した最大の目的へと話を進めた。
「侑斗?あいつがどうかしたの?」
山田は、ナゲットのタレに、ポテトをぶすぶすと刺して味をつけている。
「あいつ、俺がいない間に、何かあった?」
「何かって?」
山田には、言外を読むのは到底無理だ。はっきりと言う必要がある。
「こっち帰ってきてみたら、侑斗、なんだかすごく女子に態度が悪いんだよ。その、特に、…綺麗な女子にだけな。あいつ、もともとモテて嫌そうにしてたけどさ、前はそこまでキツくなかっただろ? でも、今はほんと、ひどくて。このままじゃ、学校で嫌われちゃうよ。お前、何があったか知らない?」
違う味も試してみたくなったのだろう。山田は、恵太のソースにポテトをグリグリと突っ込んだ。
「侑斗か…。うーん。詳しくは知らないけど、あれじゃないか?あの人…」
山田は目をつぶって人名を思い出そうとしている。基本的に、山田は人の顔と名前を覚えられない。
「ええと、あの人だよ、ほら…、侑斗と色々あった…」
山田は恵太にわかるだろ?と言わんばかりに目を向ける。
「いや、誰だよ? わかんねぇわ」
「ほら、あの人だよ」
たまたま店外に目を向けた山田が、いきなり立ち上がった。制服が引っかかって、トレーがひっくり返りそうになるのを、恵太がとっさに押さえる。
「あの人!あの人!」
山田がさす方向をみると、部活帰りと思しきまや先輩が、薄暗くなり始めたロータリーを足早に歩いていくのが見えた。