佐田に嫌疑をかけられる
「鳥みたいな寝癖、ついてるよ」
水曜日の昼休み、一人ベンチでコーヒー牛乳を飲んでいると、つむじのあたりを誰かに触られた。びっくりして振り向くと、小学校の時、仲がよかった佐田歩が、会わなかった分だけ、大きくなって立っていた。
「まったく、寝癖ぐらい直してきなよ。もう高校生だよ」
今朝は親が早出だったから、下の妹の世話をしながら家事もして、自分まで手が回らなかった。それに、つむじのところって、寝癖がついてても全く見えない。男子にとって、完全に死角なのだ。
恵太の寝癖を直そうと、佐田は、がりがりと頭をなで付ける。
「佐田、お前もこの学校だったんだ。なんで今まで声かけてくれなかったんだよ」
佐田は、しつこい寝癖を直すのを諦めたのか、頭をがりがりするのをやめて、恵太の隣にどさっと座った。
「そりゃ、あんたがいつもあいつといるからよ」
「あいつって…?」
「真中、侑斗」
なんで?お前も侑斗と仲よかっただろ?と言おうとして、恵太はハッと気づいた。そのガサツさゆえに、見過ごされがちだが、佐田は結構美人なのだ。
「あー、うん。言わんとすることは、なんかわかった」
佐田は、そんなことはどうでもいいと言わんばかりに、恵太の方に身を乗り出す。
「それより、あんた! まや先輩と付き合ってんの?」
恵太は慌てて否定する。
「なわけないだろ!」
「週末、あんたがまや先輩と映画館にいるところ見たんですけど?」
「あれは、他に行く人がいないっていうから、頼まれただけ」
「そうなの?まや先輩の相手があんたなんて、ほんっと、ありえないからね。違うんなら、うん、そりゃ、よかった」
外見が変わっても、こいつの男みたいなところは、全く変わってないなと恵太は思う。
「私、弓道部で、まや先輩の後輩なんだ。部活のみんなが、まや先輩があんたと一緒に帰ったりしてるって話してたからさ。そんなのありえないだろ、と思ってたら、あんたと先輩が映画に行くとこ見ちゃったし。これは一回はっきりさせないとと思ってね」
「ご心配には及びません」
恵太の口ぶりに、佐田は愉快そうに笑った。
「だよね。あんたとまや先輩はどう考えてもありえないわ。はー、スッキリした。それより、あんた、こっち帰ってきたんだね」
よっぽどスッキリしたんだろう。佐田は、やっと恵太のことを聞いてくれる気になったらしい。
「うん。親の仕事の都合でね。今は駅前のマンションに住んでる。小学校のやつらは元気?」
「さぁね。高校入って、みんなバラバラになっちゃったから、あんまりわかんないけど。元気なんじゃない?」
いかにも佐田らしい答えだ。
「そうだ。あんたたちが仲よかった山田に、最近駅であったよ。相変わらず、ガリ勉メガネだったけど。ヒョロいチビだったのが、でっかくなってたから驚いたわ」
「昔は、山田の家で、四人でよくゲームして遊んだよなー。俺も、山田に会いたいわ」
「連絡してやったら喜ぶんじゃない? あいつは昔と変わんないよ」
山田が変わらないと聞いて、恵太は侑斗のことが気になった。
「そうだ、佐田。侑斗のことなんだけど…」
ここまで言いかけた時、佐田が慌てて立ち上がった。
「やっばい。真中だ。私、もう行くわ。あいつ、こじらせてて、ほんと、やりにくいんだ。全く、厨二かっての。じゃぁ、またね。川上」
佐田は、侑斗が来たのと反対側へ、すごい速さで姿を消した。