女子専用の店
映画館を出て、恵太がを帰ろうとすると、まや先輩が言った。
「恵太くん、お腹、空いてない?」
確かに、そういう時間だった。
「私、お腹すいちゃった。暇だったら、お昼付き合ってよ。一人で食べるのさみしいから…」
あれだけポップコーンを食べたのに、不思議なことに、恵太も少しお腹が空いていた。一人でご飯を食べたくない気持ちも少しわかるし、ファストフードぐらいなら付き合ってもいい。
そんな、軽い気持ちでOKしたのが始まりだった。
「行ってみたいお店があるんだ。ここからすぐだから、そこでいい?」
そうして連れて行かれたのは、おしゃれな女子が棲息する、流行りのカフェ。
店の前で、人の視線に耐えること、30分。
やっと入れたと思ったら、今度はその雰囲気に圧倒される。
恵太以外は全員女子。しかも、みんな、おしゃれで可愛い。
思わず後ずさった恵太の左上腕を、まや先輩が、両手でがっしりと掴んだ。
…ここに入れっていうのか!?
恵太は、すがるような目でまや先輩を見た。
まや先輩は、ニヤリと口角を上げて、店の奥まで恵太を引きずっていって、有無を言わさず座席につけた。
「恵太くん、何にする?」
「えーっと、俺はAランチにします。ドリアの…」
「あ、それいいよね。でも、私、Bも食べたい。そうだ!私、Bにするから、一口ちょうだい」
女子特有の、相手の食べ物を一口もらうという、謎の習慣がここでも出た。
お店で何か頼んだ時、妹たちが必ず言うやつだ。
妹だったら、いいよ、と言うけれど、さて、どうしたものか。
恵太はちょっと考えて、いいですよ、と答えた。
自分が食べる前に、一口あげれば何の問題もない。
そうして、まや先輩はパスタのBランチ、恵太はドリアのAランチを頼んだ。
先にパスタが運ばれてきた。
「伸びるから先に食べてください」
恵太がいうと、まや先輩は礼を言って、パスタを食べ始めた。
…食べ方も綺麗だわ。
思わず見とれてしまって、はっと正気に返る。
…それよりも、どうやって、侑斗との仲を進めるかだ。
自分が取り持つ?
いや、それはあり得ない。
恵太は相談には乗るが、取り持ったりはしないと決めている。
侑斗には、誰を選ぶか自分で決めてほしい。
恵太が積極的に関わって、侑斗の気持ちに影響が出ないように、気を使っているつもりだ。
…まや先輩が、自分で動き出してくれるまで待つしかないか。
美味しい、美味しいといいながら、パスタを食べるまや先輩を見ながら、恵太は、まや先輩、頑張ってくれよと思った。
「Aランチのドリアです」
恵太のドリアが運ばれてきた。
「まだ口をつけてないんで、どうぞ」
恵太は、まや先輩のサラダのお皿の空いたところに、ドリアを一口置いてあげた。
まや先輩は、嬉しそうに、早速ドリア食べる。
「美味しい!」
餌付けしてるみたいで、なんだか可愛い。
「あ、そうだ。お礼に私のも一口あげる。ごめんね?もう食べちゃってるけど」
そういって、まや先輩は、スプーンの上で、フォークを使って器用にパスタを丸める。それから、そのスプーンを恵太の口元に差し出した。
「あの…」
「ん?」
「いや、その、俺のスプーンに乗せ替えるか、お皿においてもらっていいですか?」
「え? どうして? このままでいいよ」
そういうと、まや先輩は恵太の口にさらにスプーンを近づけた。
そして反論不可能な笑顔で、にこりと微笑んだ。
恵太は、おとなしく、まや先輩のスプーンを口に入れた。
その後も、まや先輩は、なかなか恵太を解放してくれなかった。選んで欲しいものがあるとか、本屋に付き合って欲しいと言われて、それに疲れたらまたお茶をした。
そんな感じで、気がついたら夕方になっていた。
「恵太くん、今日は付き合ってくれてありがとう。とっても、楽しかった」
帰り際に、まや先輩が最高に可愛い笑顔で言ってくれた。
…まや先輩が楽しんでくれたなら、それでいいや。
いろいろあったことも、すっかり忘れて、恵太は、心からそう思った。